Snow Moon.ー2

渚の友達がバイクを保管しているレンタル倉庫は山の方にある。狭い県内なので気候が大きく変わることは無いが、やはり空が狭い。ちょっと北に目を向ければ山なのだ。初めての場所での待ち合わせ。僕はなるべく早く到着するようにしていた。ATフィールド標準装備(見た目からしてヤクザの情婦)をナンパする勇者はいないだろうが、馴染みのない場所で待たせるわけにはいかないだろう。待ち合わせは午前11:00、僕は10:30に到着した。先に渚が到着していたので(遅かったか)とは思ったが、考えてみれば待ち合わせ時間の30分前。特に気兼ねする必要も無いだろう。


「ごめん、待った?」

僕は弱い。

「早いねー、まだ朝だよ?」

「朝って言っても10時半じゃないっすか。とりあえず缶コーヒー買っていい?」

「寒い?」(笑)

「そりゃ寒いさ。なんだこの駅は」

駅前ロータリーは吹きっさらしだ。

「洋ちゃんちよりも田舎だし」

「渚は何か飲む?」

「大丈夫。友達が待ってるから、早く買ってきな」

「待ってる?」

「アレ」

 渚が後ろに停まっている白いクラウンを示した。流石は「お水」である、クラウンときたもんだ。運転席には金髪の美人が座っていた。何でこうも渚の友達は派手なんだろう?僕は待たせても悪いので、缶コーヒーは諦めて渚の後ろを付いていくことにした。


「こんにちは~」

うわ、血圧の低そうな子だ。

「こんにちは。安元と言います」

「私、近藤・・・えりなでいいよ」

「えりなさん?」

「そうでーす」

「洋ちゃん、手を出したら修羅場だからね?」

「あほー。渚以外に興味はないわ」

「キャー、熱い熱い」

 話が散らかるなぁ。いつもは渚と二人きりだかから、賑やかなのは苦手になった。仕事でも、相手は機械なので会話しないし、機械相手に会話してたら危ない人だ。


「バイク置き場まで10分ぐらいよ。あ、何か必要なものはある?」

えりなさんは快活である。血圧は上が95っぽいが。

「バイクを見ないと分からないなぁ。工具は車載のヤツで十分だし」

「そうなんですか?」

「車載工具でいじれないレベルなら、俺の手に余ると思う」

「あ、えっちゃん。あそこの自販機の前で停めて」

渚が気を利かせてくれた。渚は助手席に座っている(先回りされた)

「ちょっと待ってて」

渚が車から降りて缶コーヒーを買いに行った。なんて良い子なんだろう・・・


「ねぇ?」

「はい」

「渚との付き合いはどのくらいだっけ?」

「10か月?いや8か月だな。知り合ったのは1年ぐらい前」

「あの子さぁ?」

「はい」

「丸くなった」


尻のことだろうか?腰のあたりの充実っぷりは、僕がベッドで「エキスパート」に仕上げたが、尻は相変わらず薄めのような・・・」


「前は、凄くツンケンしてて、ソレが原因で彼氏と喧嘩ばかり」

「はぁ」

「あ、ごめん。前の彼氏の話とか聞きたくないよねっ!」

「洋ちゃん、口説いた?」

黙れ邪魔者。

「口説かないって。缶コーヒーくれ」

「えっちゃん、タバコ吸っていい?」

 実に気配りの出来る子だ。渚は僕がタバコを吸いたいと察してくれたようだ。流石に初対面の女性の車でタバコは吸いにくい。

「どーぞ。親の車だし大丈夫」

あ、クラウンは親の車か。

「洋ちゃん、吸っていいってさ」

「ありがとう」

 タバコを吸い終える頃には倉庫に到着した。街道わきに真新しいレンタル倉庫が並んでいた。そのうちの一つ、中ほどの並びにある倉庫の中にバイクがある。えりなさんがシャッターを開けると、無造作に頭から突っ込まれたバイクのテールランプが見えた。意外なことに「ナンバー付き」だった。


「アレ?ナンバーあるんだ」

「乗るつもりだって言ったら、じゃ廃車しないで名義変更するって言われた」

「助かったわ。コレで書類も無いバイクだったらどうにもならんから」

「だよね。書類付きって言われたけど、乗るなら名変の方がいいって」

「車検は無い・・・ね」

「とっくに切れて、前の持ち主の親だかが捨てたらしいよ」

「親?」

「息子さんかな、死んだとかじゃない?」

「事故車ではないな。事故車は怖いからな」

「なんでー?」


お前、邪魔。


「俺の知ってる話では・・・」

「寒い日に怪談は嫌かな?」

「あるカーブに差し掛かると、ハンドルを取られるそうだ」

「だからー、辞めてってば」

「そのカーブには・・・」

「詳しく教えて」

えりなさんは興味津々のようだ。

「バイクはスズキのGSX1100S、通称”刀”と呼ばれたモデル・・・」

「なんか怖そうな話ね」

「そのカーブは見通しが悪くてね」

「更に怖い」

「カーブの出口には怖い人が立っていることが多かった」

「えっ?」

「刀ってバイクはハンドルがアップハンになっててカッコ悪いから」

「は?」

「オーナーの多くが輸出仕様のクリップオンハンドルに交換したんだ」

「何が怖いの?」

「ソレが違法改造ってことで、ハンドルを警察に獲られる事案が・・・」

「その場で獲りゃしないでしょ?」

「いや、知人がその場でバイクごと持っていかれた」

「やだ、怖い」


 なんだかんだとくっちゃべりながらバイクを引きずり出した。さて、ここからが問題だ。


「渚、ちょっと後ろの席に座ってみ?」

「後ろ?」

「そーそー、二人乗りする時に乗るところ」

「こう?」

僕には中々乗らないくせに、バイクには素直に乗った。

「で、ちょっとピョンピョン跳ねてくれ」

「こう?」


僕の上に乗った時よりも軽やかに腰を使いやがって・・・


「あー、分かったからいいよ」

「何が?」

「リアサスの具合。フロントはきっちり動いてたから」

「どうなの?」

「直せますか?」

えりなさんはたまに敬語になる。

「車体は中程度かなぁ、俺が乗るならシェイクダウンするぐらいかな?」

「シェイクダウン?」

「乗りながら不具合を探して直すってこと」

「乗らないと無理ですか?」

「この場では”走れるようにする”のが限界だなぁ」

「でも、エンジンがかからないんです」

「だろうね・・・バッテリーも死んでるし」

「どうしよう?」

「車にジャンプケーブル、積んである?」

「ジャンプケーブル?」

「あー、バッテリーが上がった時に、他の車に電源を借りるためのコード」

「無いと思う」

「どうすっかな。バッテリーを買っても無駄かも知れないし・・・」

「買いに行きます?」

「近所にホームセンターとかあるかい?」

「ちょっと行けばあります。いくらぐらいしますか?」

「安いのでいいから3千円もしないはず」

「分かりました。他に必要なモノはありますか?」

「ちょっとでいいから、ガソリンを分けてもらおう」

「あ、ガス欠?」

「それだけじゃ無さそうだけど、テストぐらいはしないと分からない」

「じゃ、買いに行きましょう」

「お腹空かない?」


黙れ、はらぺこあおむし。


「お弁当でも買おうっか」

「えっちゃんが全部出すんだよね」

「はいはい、全部私が持ちます」


 ちょうど昼飯時になっていた。作業だけならすぐに終わるんだが、なんやかんやと女子二人がうるさいので捗らない。ホームセンターでケーブルを買い、レンタルの軽トラ用のガソリンを分けてもらった。違法だが大目に見て欲しい。わざわざ携行缶を買って、スタンドで2リットル3リットルと買うのは馬鹿らしかった。コンビニ弁当とお茶を買ってもらった。渚は容赦なく、600円の弁当を買ったが、僕はなるべく安い弁当を選んだ。倉庫の傍には自販機があるので、このあと寒さにくじけても、ホット飲料が買えるのが救いだ。


 ガソリンタンクに500㏄ほど注いだ。倉庫内にあったバイクなので、タンク内はすっからかんだった。ふと気づいて、キャブレター前にある「ストレーナー」をチェックした。ここは簡単に外せる。予想通り、真っ赤な錆と黒いゴミが詰まっていた。ポリ容器に入れてもらったガソリンで洗った。「こっちに来るなよ?」と釘を刺す。女の子さんは「ガソリンの怖さ」を知らない。


この寒さなら簡単に引火はしないと思うけど注意は必要だ。


ストレーナーを戻す前にフューエルコックを開けてガソリンが流れてくるのを確認した。どうせ数時間で錆がまた流れてくると思うが、取り敢えずは「エンジンが生きてるか?」の確認は出来るだろう。説明しながら作業をするのは疲れる。しかも姫様は暇を持て余してる。クラウンの中で寝てればいいのに、「洋ちゃんの浮気を見張る」と言う崇高な理念で、ダッフルコートの前を合わせて僕を見ている・・・

 ガソリンを少々垂れ流したので、作業場所の換気をする。吹きっさらしでも怖いもんだ。クラウンの中で15分休憩。時間を決めていたわけでは無いので大体の時間だ。

ケーブルの長さは余裕があった。クラウンを突っ込ませる必要はあったが、レンタル倉庫に足繫く通う人もいないだろう。

勢いよくセルモーターがは回るが、うんともすんとも言わない。キルスイッチを切って、アクセルを開けてセルを回してもらった。マフラーからはしっかりガソリン臭がするので、点火系に問題がありそうだ。ちゃっちゃとプラグを外して汚れを落とした。多分、えりなさんが「試しにエンジンをかけようとした」時に、プラグを被らせたのだろう。カーボン系の汚れが付着していた。コレでエンジンがかからなければ、僕には無理だ。


「ちょっと代わって。エンジンかけは割とデリケートだから」


普段から回してるエンジンではない。1年は放置されていたエンジンだろう。ガスが薄く感じたのでチョークをちょっとだけ開けてみる。あとはアクセルを僅かに開きながら・・・

「ヒュルヒュルヒュル・・・スパンスパンっ!」

よし、かかった。

騒音で迷惑をかけそうだが、アイドリングをいじって2千回転ほどで5分は回す。暖機運転は必要だろう。

 暖まってきたので、慎重にアイドリングを合わせる。途中、3回ほどエンストさせたが、再始動は簡単だった。つまり、このバイクは生きていると言うことだ。

「うわぁ、ありがとうっ!」

えりなさんに抱き着かれるのも悪くない・・・小悪魔さえいなければの話で、きっちりとブロックされていた。

「じゃ、チェックだけして終わり」

「なんの?」

「タンクを外してシートを外して、とにかく簡単に外せるとこを全部外して、と」

「それから?」

「見た目で判断。フレームの腐食とかあったら直せないと言うか、えらく高くつく」


 時間は既に15:00過ぎ。粗チェックを終わらせて、試運転・・・無車検か・・・幸い、倉庫の反対側にどこかの会社がキープしてる空き地があった。無車検車では、空き地でも試運転はアウトだが、大目に(略

「爆発するかも知れないから、遠くで見ててな?」

爆発はしないだろうが、事故は起きるかも知れない。

 クラッチが不調で発進に手間取った。エンストさせたらまたクラウンのバッテリーが必要になる。そんな面倒はごめんだ。

割と急発進させて、すぐに短制動。コレが一番危ない。自動車学校での死亡事故は、バイクの短制動の教習中に起こるってぐらいだ。ただ、コレが出来る車体なら大きな問題は抱えていないだろう。出来れば「真っすぐ走るか?」と言う点もチェックしたいが、路上に出せないから仕方ない。


 残るチェック項目を申し送るために、えりなさんにメモを取ってもらった。クラッチも怪しいし、真っすぐ走るかも分からない。タンクからガソリンを抜いて、どうしても残る分はアイドリングで消費して、タンクを外して逆さにして振った。ガソリンが赤くなっていた。

「タンク内が錆びてるから、バイク屋さんで落としてもらわないと駄目だよ。ちょっとぐらいはエンジンを回しても平気だったけど、この先乗るなら、錆落としをしないとエンジンを壊すから。車検通しの費用込みであと10万は覚悟だなぁ」

「そんなにかかりますか?」

「自分でやれる範囲をやれば5~6万円。車検費用はどうしてもかかるし」


えりなさんに駅まで送ってもらった。

「コレ、今日のお礼です」

「あ、要らないよ。渚の友達でしょ?」

「貰う。貰うから」

 姫様は封筒をひったくった。あとで確認したら1万円入っていた。貰い過ぎだろうと思った。

田舎の駅からどうにか我が街に帰り着いたのは暗くなってからだった。今日も渚をサッサと帰すつもりだった。いつものデート時間の限界まで3時間しかないし。

「行こ?」

いや、姫様。あまり時間が遅いと、電車がカボチャに戻ってしまいますぞ?

そう言えば、魔法が解けたシンデレラ、なんでガラスの靴はいつまでも残ったのだろう?

「行くのっ!」


姫様は後ろから押しつぶされるのが大好きのようだ。

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