第5話 記憶の狭間で

 僕は、あのとき助けられないと思った。

 その判断は間違っていた。僕ならば、恐らく救えた。


 「超同調スーパーハーモニックゾーン」に入っていた僕は、敵艦隊の弾着地点をすべて予測できていた。だから、無理だというのはわかっていた。


 僕は、わざと見捨てた。

 危険をおかしたくなかったからだ。


 無理だというのは自明だった。

 現に、再度同じ条件でやっても救えなかった。


 データ上の敵艦隊をあざむくのは簡単なのに、僕はわざとそれをしなかった。どうしてか?

 怖かったからだ、僕の判断が間違っていると認めるのが。


 無理な話を、僕はいつまでも悔やみ続ける。

 僕が、僕ならと思ってしまうから。今の僕なら、できるから。


 今の僕なら、できることをその時の僕ができなかったわけではない。

 本来できたはずの事を、あえてしなかった。

 それは、怠惰だ。それは、罪だ。








 「艦長!!」


 桜蘭のさけびごえが聞こえる。


 「桜蘭、か?」

 「そうです、大丈夫ですか!?」


 桜蘭が手を差し出す。

 いつの間にか倒れ込んでしまっていたようだ。


 「今の時間は…?」

 「あの時からずっと変わっていません。レーダーの表示も変化なし…、動き出した!? システム内の情報変動指数が0なのに?」


 情報が移動できないのに、何故かレーダーの表示が変化。

 それだけでなく、光学カメラの映像などもすべて変化しつつあった。


 「どういうことだ…?」


 いよいよ理解不能だった。

 システム内の時刻は不動だ。にも関わらず、情報が変化?


 いや、それ以前にこの時刻が正しいのか?


 「いやな予感がする」


 ほぼ直感だったが、いやな予感がした。

 愁が過去と邂逅したがゆえに、この空間の系が変化しつつある気がした。というよりも、因果律が崩壊しつつある気がした。


 「レーダーに反応、ですが…」

 「どうした?」

 「光学カメラに何も写っていません、一体何が…?」


 これは、試すしかないだろう。


 「桜蘭、戦闘機を出す。二機あるから、二人で探索だ。その座標を戦闘機に焼き付けておいて」

 「艦長、何が起こっているかもわからないのに、それは無謀すぎませんか?」

 「そこにメビウスのなにかがあるかもしれないんだ。これはせっかくのチャンスなんだ。その座標をおしえてくれ」


 桜蘭が、分かりました、と諦めて座標をおしえてくれる。


 「ジョンストン環礁の中央部ってことになるのか…」

 「で、どうします。いきますか?」


 自明だ、と言う。


 「二人で、この怪しい点を調べる。これほど怪しいものをみすみす見逃すわけにはいかない」

 「分かりましたよ、私は艦長に託しますよ」


 桜蘭が首から下げているブローチが、少し揺れた。

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