第4話 ジョンストン環礁沖の血戦

 敵艦隊からの砲弾は止まない。

 敵艦隊は辛うじて戦列を維持しており、このままではいくら愁といえども時間がかかり、さらにいうならば、演算能力にゆとりがなく、脳の処理能力も飽和を迎えつつある「桜蘭」側は逆転を許しかねないような状況にあった。


 つまり、ヘマに時間を稼がれれば、「桜蘭」は演算能力の限界を迎え、処理不能になりかねないということだった。


 「桜蘭、魚雷を放つ」

 「…、正気ですか?」


 流石の桜蘭といえども、そう言わざるを得ない。

 現在の砲戦距離22,000mからでは、魚雷の命中率はあまりにも低い。


 「敵艦隊を混乱に追い込めればいい。その間に、コンピューターの冷却を行う」


 魚雷で敵艦隊の戦列さえ崩せれば、止めの一撃を放つことができる。

 というよりも、正確に言うならば敵艦隊を「詰み《チェックメイト》」に追い込むことができる。それさえできれば、こちらの勝ちだ。


 「艦長の直接誘導、魚雷発射」


 愁の三次元ホログラムに、演算ストレージ残量19%と表示される。


 「敵ミサイル、イエローゾーンにてSADMと交錯、…、全弾命中を確認。敵ミサイル群残り150発」

 「…、冗談じゃないよ…」


 泣きたくなる愁。

 発射したSADMは90発。文字通り、残弾すべてを一気に吐き出した。


 本来安全のために60秒の間隔を開けた発射が前提のミサイル発射管に、無茶を承知で2秒間隔の発射を命じた結果、全てのミサイル発射管が使用不能に陥ったものの、30×三段(上中下の発射管。採用こそされども、基本的には上段のみからの発射。それを愁は、全ての段にミサイルを装填して発射したので90発)のSADMの発射に成功した。

 それでも150発残るとなると。


 「これで敵も、ミサイル切れ。状況はお相奴だ!」


 状況をあいこに戻した愁は、そう言って不敵に笑う。


 「敵三番艦、四番艦、五番艦、六番艦の測定開始、完了。敵艦四隻の座標を正確に測定。敵艦全てがK級Ⅰ型と断定。弾薬庫への命中コース計算終了、最適仰角、旋回角、発射秒演算終了」

 「敵艦斉射!? 敵艦、斉射に移行!!」


 どうやら、業を煮やした敵艦隊は、無理にでも命中弾を得るために斉射で、移動可能な範囲全てに砲弾を撃ち込むつもりのようだ。


 「なら、遊んでやろう」


 目に、眼光に。

 狂宴の光が宿る。


 「貴様らの敗因は「二冠の魔女」を相手取ったことだ!」


 そういういうと、桜蘭がブロックしていた最後の扉を開く。

 それは、もはや未来予知を通り越した何か。


 敵弾全てのコースを演算終了。


 そして、それを神業のような操艦術できり抜ける為の演算すら、ほぼ一瞬で終える。タイミング、するべきこと、そしてその結果まで、すべて計算づく。

 敵艦隊の動きも演算終了。


 敵艦隊への魚雷命中コースすら計算を終える。


 【警告!警告!

  演算ストレージ残量1%】


 艦のコンピューターが悲鳴を上げる。

 しかし、必要な演算は全て終えた。


 「指定プログラムを除く全ての演算回路を急速冷却」


 舵や誘導プログラムなどを除くすべてのプログラムが一時処理停止。そして、その部分の計算を行っていた演算回路が急速冷却されていく。




 「桜蘭」の動きは、もはや神業以外の何物でもなかった。

 全ての弾丸を回避、否、弾が避けていった。


 それは、人がなし得た、最恐の回避行動だった。


 一発は、舷側から僅か3メートルに満たない距離に落下した。

 一発は、艦首の目の前に落下した。


 しかし、全ての弾丸は、当たらない。


 まるで、弾が避けていくかのようなありえない機動。


 「まさに、神業…」


 桜蘭が、ふとそう口にする。

 愁は、ニコリと笑いかけるだけだった。


 「さて、狩りの時間といこうか」


 そこにいるのは、神ではない。人間だ。


 しかし、その人間がなし得た、とんでもない機動。

 これが、人間の限界なのだろうか?


 それとも、まだ先があるというのか?


 「砲塔、艦長の脳外端子と直接リンク」


 そして、致死の一撃を振り下ろすべく、砲塔との直接リンクが始まる。それは、味方にとっては頼りになるものでも、敵艦隊にとってはただの死神だった。


 「サイドスラスター、100%噴射、20秒。その後、50%、18秒」


 砲塔の仰角が上げられていく。

 そして、その砲身の角度は全て別だった。


 「砲弾発射のタイミングは全て艦長が指示」


 砲弾の装填が完了。

 そして、致死の鎌が振り下ろされる。


 「サイドスラスター点火、一発目発射!」


 そこから始まったのは、回転しながら砲弾を放つという、常人からは信じられないような光景。

 そして、その弾丸は全て敵艦へと向かっていく。


 しかも、全てが弾薬庫へと。


 「再装填よし、再度サイドスラスターを点火、先程の通り」


 再装填が終えられた砲身から、再び砲弾が飛ぶ。

 そして、それも全てが弾薬庫へと向かう。


 敵艦隊に、魚雷が到達して混乱した瞬間に撃ち込まれていった致死性の弾丸は、敵艦隊を壊滅に追いやるには十分だった。


 文字通り、一瞬の出来事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る