29.不如意
「おい! 随分と逃げ回っていたようだな、手間をかけさせやがって!」
そう言ってズカズカと鼻息荒く近寄ってくるのは今回の作戦のターゲットである駆られる側のウサギさんだ。
見事に罠にハマった間抜けな様に思わずしたり顔を浮かべそうになる。
ただ、まだバレてはいけないので、驚いたような顔をしてカタクリの方を見る。
カタクリはそんな驚いた様子の僕達を見て得意げな表情だ。後ろにいるアリスとモモも僕と同じことをしているのかな?
そしてこのあと荒事になると予想されるので、僕はわざと遅らせて食べていたカツカレーがとても勿体無く感じてしまった。
どうしよう……。
「おいおい、なんとか言ったらどうなんだよ、なぁ!」
そう言いながらカタクリが手を出したのは今まさに勿体無く感じていたカツカレーだ。
僕に見せつけるように皿を持ち上げ、裏返した。
中身がテーブルの上に落ちていく。
空気が凍った。
皿から机へ、机から床にカツカレーが落ちていく音だけが響き渡る。
一瞬の間だけ消えていた雑談や食器の音はもとに戻り、その後には分かりやすいトラブルの気配に、食器をそのままにそそくさと逃げ出す者や、野次を飛ばしてくる者も出てきた。
「喧嘩だー! ガキと
「いけー! やっちまえ!」
「生意気なガキはぶっ潰すんだよなぁ!」
「殴れ! 殴れ!」
野次はカタクリを応援する声が多く、他はただ喧嘩を見たい者たちの声だけだ。
もしかして僕が
そう勘違いする程に周りは僕がボコボコにされるのを望んでいるようだ。
相手は貴族であり、カタクリが応援しているのも貴族だ。僕のように貴族の後ろ盾がない限り、平民は貴族に逆らわないのでそのせいだろう。
そして周りのヤジが煽っている間、カタクリと僕達は何も言わずに睨み合っていた。
これも一応、時間稼ぎをするための作戦だが、はたしてどれだけの効果があるのか。
一通りヤジが出尽くした後、唐突にカタクリがギャラリーに対して呼びかけ始めた。
「皆さん! このクソ生意気なガキをぶっ潰すのは簡単ですが、とてもいい方法があるのをご存知ですか?」
僕らに対する横暴な態度とは裏腹に、なにやら丁寧な口調で観衆に語りかけるカタクリ。
その視線の先にはカタクリよりも偉そうな見るからに上流階級のいかにも成金といったような趣味の悪い服を着た貴族たちのグループだ。
なるほど、媚を売るための口調だったのか。
「どんな方法なんだ!」
そのグループの一人がそう返す。
「それはこれです」
カタクリが取り出したのは一つの無骨なボール。なんのモンスターが入っているのかは分からないが、僕に使うために事前に用意していたんだろう。
カタクリが続ける。
「これがあれば、法に縛られることも無く人を殺すことが出来ます」
貴族グループが何かを察したのか目を丸くして驚いている中、カタクリはそれを見てニヤリと笑って、僕の前にモンスターを出しながらこう言った。
「『
変化は劇的だった。
その瞬間、僕の体は勝手に椅子に座っていた体勢から直立し、自由がきかなくなった。
自分の体のはずなのに、自分のものでなくなったかのように言うことを聞かない。
一体何が?!
そう叫びたくとも、声は出なかった。
動揺した様子で僕に声をかけるアリスとモモの声を聞きながらも、僕はこの現象の正体に気付いた。
はあ? なんでそのモンスターをお前が持ってるんだよ!!
クソ、何も出来ないからって油断した。
アリスとモモの呼びかけにも答えず、彫刻のように動かない僕に向かって、カタクリは見るからに性格の悪い笑みを浮かべると、疑問符を浮かべる周りの面々を見渡して優越感に浸った表情をしている。
僕は今、カタクリが何をしたのかは先ほど分かった。
ただ、その可能性は最初から論外だと思っていたし、何ならアリシア様も知っていてあり得ないと僕たちに話していなかっただろうシナリオだ。
「ハッハッハ!! どうした? 対抗策は無いのか? あるわけないよなぁ! のこのこ俺の前に出てきやがって、お前は俺を舐めすぎなんだよ!!」
そう言いながら、カタクリは俺の顔面に蹴りを入れた。
痛くはない。それもステータスが高いから耐えれるというわけではなく、衝撃すらも無い。
何かが当たった感覚も無いので自分とカタクリの間に何かの壁があるようだ。
それは僕が知っている《
「チッ! クソが!」
どうやら僕の周りに展開している障壁に弾かれたようで、カタクリは勢いよく後ろの吹き飛ばされて、悪態を吐いていた。
「ねぇ! リン!?」
どう見てもカタクリのケリがクリーンヒットした僕を心配したアリスが駆け寄ってくる。制止したいが僕は今、声を出すことすら出来ない。
「きゃっ!」
駆け寄ってきたアリスは僕のすぐ近くに展開している障壁とはまた別の見えない壁にぶつかって悲鳴を上げる。
これも僕の周りにあるものと同じで、《
「《
成金集団の一人がそんな叫び声を上げていた。
確かに僕が記憶しているゲームの世界でも、このスキルを持ったモンスターはその危険性から国の上層部が管理をしているはずだ
〈契約内容を確定させてください〉
歪で不安定な音が聞こえた。
僕とカタクリ以外にも聞こえているようで、モモとアリスも外野のヤジも声の聞こえた方に視線を向けた。
そこに居たのは妖精の形をした石像だ。
今にも壊れそうな
そうだ。名前も能力も思い出した。
ステータスはこの《
(コントラクトルーラー)Lv1
HP 10/10
MP 10/10
攻撃 :10
防御 :10
敏捷 :10
魔法攻撃 10:
魔法防御 :10
器用:10
スキル
《
ゲームの中ではそれ用のイベントだけに出てきて、それ以来一切登場のしなかったイベント用のモンスターだ。
確か主人公が闘技場での大会で決闘をするときに不正や薬物と言った違法行為を防ぐ、または阻止するためのスキルだった。
ただし、問題なのはそこではない。
問題なのはゲームの時は大会を運営していた国の王族がこのモンスターを使って両選手に個別に契約していたのに対して、今の僕の状況は一対一での契約をしようとしているところだ。
このスキルは名前の通りに使用した側がされた側に一方的に契約を強制するものだ。
なので今のこの状況は非常にまずい。どう考えてもろくな契約にはならない上にそれを拒むことも出来ない。
「そうだなぁ………契約内容は一週間後の夕暮れ、指定の場所で決闘をすること。」
やっぱりろくな内容じゃなかった。
「ルールその一。その際に使うモンスターは十体まで。事前に効果のある魔法、スキルを使用することも禁止する。」
外野のボルテージがどんどん上がっている。このモンスターの存在は恐らく情報統制もあり知られていないはずだが、今の様子や先ほどのアリスからどんなスキルなのかは分かったようだ。
「その二。その時に使う場所の確保はリンが行うこと。」
「その三。意図的に相手が決闘できない状況にした場合、自害すること。」
「その四。決闘時に他者の助けで勝った場合、そいつは自害すること。」
「その五。勝敗の結果は両者の合意と敗者の死のみ」
「その六。
―――この瞬間より新たなモンスターのテイムを禁止する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます