26.引きこもり、外へ
ドーチェさんにアリシア様とアマンダさんへの伝言を頼んで、やっと出店を巡ることが出来る。
その間は虎徹に遊んでもらったりして時間を稼いだつもりだけど、何故かモモは満足そうにして勉強を再開してしまった。
僕が伝言を残してきた意味がなくなってしまうし、何より僕とアリスがせっかく楽しみにしていたこともあってモモを説得した。
たこ焼きや焼きそばを買うことで決着がつき、僕たちは昼頃にようやく部屋を出ることで来た。
「焼きそば♪ たこ焼き♪ フランクフルト♪」
モモが楽しそうにしている。
もしや……あれは僕たちに買わせるための演技だったのか?!
僕は数が増えていることを指摘することすら出来ずに愕然とした。
実はもしかしたらモモが策士だったのかもという疑問を抱きながら、約束通りに焼きそばとたこ焼き、フランクフルトを買いながら出店を回っていると、時々知らない人が声をかけてくることがあった。
たこ焼きを買いに少しの列に並んでいる間。
「お姉さん。可愛いね、これから遊ばない?」
アリスがナンパされていた。
大人びた外見とクールな物言いのアリスはどうやら上級生のこの人には年上に見えたようだ。
「あれ? 弟さん? 可愛いね、お姉さんちょっと借りていくね」
ついでに僕のことをアリスの弟だと勘違いをしてアリスを借りていくと言い始めた。僕は怒ったけど別に怒ってもしょうがないので黙っていた。
でも、それがアリスの勘に触ったみたい。
アリスは初めてナンパしてくる上級生の顔を真っすぐ見ながら言った。
「黙れ」
これには上級生も声を失って、どこかに消え去ってしまった。小さく悲鳴を上げていた気もする。
正直僕も怖かった。僕はこれからアリスをお姉さんと呼んだり、年上扱いをすることは絶対にしないと誓ったよ。
場面は変わって、モモが僕に今度コツを教えて欲しいと言っていたゴーレムキャッチャーをしている途中だ。
僕は手本として何個か景品を取りながらどうやるのか説明をしていた。そして次はお金を渡してモモが実践をする番だ。
そんなときに何やら整髪料で髪を決めたチャラチャラした男がやってきた。
「犬耳のお嬢さん、この前に面倒な奴に巻き込まれているのを見ていたよ。そしてそこの子供が君を騙しているところもね。そんな頼りない奴よりも、俺は絶対に君を守る、どうかな? この手を取ってくれるかな?」
そう言ってモモに差し出された手は綺麗にスルーされ、モモはクレーンを動かすことに夢中だ。
チャラチャラした男は気分を害した様子もなく、言葉を重ねた。
「遊びに夢中になっている君も可愛いね。でもこの手を取ってくれればこれからは俺が君の望むものを与えるよ。金でも、おもちゃでも、その景品だっていい。」
そのセリフを訊いたアリスは何やら嫌な顔をして僕に耳打ちをしてきた。
「多分集団で頭があまりよくない獣人を対象に詐欺をしているグループよ。表沙汰にはなってないし、本人たちは騙されてる自覚も無いらしいけど、アマンダさんから気を付けろって言われてた奴よ。」
それを訊いて、どうしてチャラチャラ男がモモに無視されてもイラついていないのかが分かった。
もとより騙す気で話しかけているのだから無視されたり騙すことが出来なくても次があるから大丈夫ってことか。
お仕置きがしたくなった僕はアリスと一緒に作戦を立てて、チャラチャラ男に天誅を下すことにした。
まあ、もし間違えていても楽しく遊んでいたところに水を差したんだから納得してほしい。
計画通りに僕はそれとなくモモをこのゴーレムキャッチャーの最高難易度の台に誘導した。
そしてここからはアリスの仕事だ。
なおも声をかけ続けているチャラチャラ男を無視しつつ、アリスとモモは会話を始めた。
「この景品なんか可愛いね。」
そこには僕がこの間とったヴィーゼルの人形が飾られている。
アリスが僕からもらった人形で、モモは持っていない人形でもある。
モモが羨ましそうにヴィーゼルの人形を見ていたことからこの作戦は成功するだろう。
「モモはこれ欲しい?」
「欲しい!」
モモが元気よくそう返事した時、都合よくチャラ男が声をかけてきた。
「お嬢ちゃんなら俺がこの人形をプレゼントしよう」
カッコつけているのか、上半身を後ろに反ったような変な体勢でそう言ったチャラ男はアリスたちの前に出てゴーレムキャッチャーにチャレンジを始めた。
「惚れた女が欲しいと言っているものを取ってやるってのが男の甲斐性ってやつなんだ。絶対に取ってやるから待ってな」
その言葉を聞いて、ヴィーゼルの人形に興味を失ったように別の台に行こうとしているモモをアリスがなだめていた。
本当にモモはこの男に興味がないようだ。カタクリでさえ少しは興味を示したというのに。
モモが変な男に騙されないことを喜んだ方がいいのかな?
「クッソ、今の取れただろうが!」
お金を何度も投入しているチャラ男が台に文句を言い始めた。むしろすぐにとれたなら僕が困る。
次第に苛立つチャラ男は本性を現したように髪をかきむしり、ぼさぼさになった頭をそのままにモモに向かってグルんと振り返った。
「別の人形でもいいかな?」
無駄に長い髪をぼさぼさにして上辺だけの笑顔を張り付けたその男は僕たちに不快感を植え付けた。
もうちょっと賢い奴が詐欺してるものだと思ってたよ。
さて、これからがまた僕のお仕事だ。
僕は無言でチャラ男が狙っていたヴィーゼルの人形を狙いに行った。
フフフ、チャラ男が良い具合に動かしてくれたおかげで容易く取れそうだ。
僕はそうしてたった一回で景品を取るという快挙を成し遂げ、計画通りにモモに渡した。
「はい、これはモモにあげる。なんかいい感じに楽な配置になってたから一回で取れたよ。」
そういってチャラ男の目の前でモモに渡そうとすると案の定チャラ男が間に入ってきた。
「おいおい、それってもしかして俺が動かしたおかげで取れたってことじゃね?」
「ん? まあ、そうかもしれないね。だから?」
僕が直ぐに気のない返事をすると分かりやすく苛立ったような口調で僕に人形をくれと要求してきた。
「じゃあ、それって俺のじゃね? お前一回しかやってないんだろ? 俺は何回も金を使ってたんだよ。ならそれは俺のものってことでいいな?」
ジャイアンの下位互換の理論で僕からヴィーゼルの人形を取ろうとするチャラ男。
そんなにステータスが強くないのか、あまり早くはなかったが、避けずに大人しく取られてあげた。
そうして目の前で僕から奪い取ったというのに自慢げにモモに見せながら渡そうとするチャラ男。
あーあ、引っかかった。
「さぁ、俺が取ってきたぞ。これが欲しかったんだよな?」
とうとう被っていた皮も面倒になってきたのか言葉遣いが悪くなってきたチャラ男は視線を合わせることもなくなり、上から見下ろしてモモにそう言った。
世にも珍しいこのゴーレムキャッチャーはとある生徒ではない御仁が経営しているものだ。
その内容が子供や学生向けだから生徒でも先生でもないその御仁が学園都市『エンリカン』から転送魔法陣を特別に使い、はるばるやってきた。
ただし、店主からはいくつかの条件を提示されたそうだ。
その条件がとても常識的なものだったので承諾したが、このバカはその常識的な条件に抵触してしまった。
「俺の店で何やってくれてんだ若造が」
そういって出てきたのはいつも穏やかに接客しているゴーレムキャッチャーの店長。
ムキムキの筋肉が見え隠れする長い袖に、なんとなく武器を隠し持っているように思える、還暦を過ぎたようには見えない風貌のヤクザの様な人物だ。
そんな人物に睨まれたチャラ男は見事に僕たちの予想通りに体を凍らせていた。
「お前みたいなやつが俺は一番、許せねぇんだよ。なぁ? なんで人が一生懸命取ったものを奪うんだ? 黙ってないで、答えろやゴラァ!」
やっぱり恫喝の仕方がヤクザだ。
この前に来たときは昔にやんちゃしてた優しいオジちゃんだと思ってたけど。ここまで怖いとは。
精々が出禁にするくらいだと思ってたよ。
「す、すいませんした!!」
店長の恫喝を真正面から受けたチャラ男は即座に身を翻して走り去っていった。
「かっこいい~!!」
モモは今度は店長の方に興味が向いたみたいだ。
確かにカッコいいけど、悪い男に捕まらないように見張りが必要かも知れない。アリスに頼もう。
「すまんな、リンちゃん。ヴィーゼルの人形は持ってかれちまった。他の人形でもいいか?」
アリスと一緒に満足気に頷きながら一連の動向を見守っていた僕に、店長が話しかけてきた。
人形が取られたから別の人形を用意してくれるそうだが、そこまでされてしまうと店長を利用しようと思ってここに来た僕の心が痛くなるので、僕のお金を使って一緒に人形を取ってもらうことにした。
店長は僕とくらいの孫がいるそうで、僕の提案に申し訳なさそうな顔をしながら嬉しそうに提案に乗って一緒にクレーンゲームを楽しんだ。
もちろん今回はアリスとモモと遊びに来たわけで、店長権限で数々の景品を取った端から補充されるというフィーバータイムに加えて、取り方を教えてもらいながらやっていたので、三人そろって両手で持てないほどの景品をゲットした。
その分お金は使ってるけど、すごく楽しかった。
この世界には『知識』ほどに娯楽がないから本当に楽しかったなぁ。
ここまでくるとクレーンゲーム以外にもメダルゲームとかやってみたくなってくるな。……作るか?
まぁそんなことは時間が出来たらの話で、今はカタクリ騒動の対処をしないといけない。
店長に心配されるほどなので、僕も有名人になったもんだ。
もう怯えて隠れる必要が無くなったので、そろそろカタクリともケリをつけたい。
あまり方法は思いつかないけど、今なら勝てるだろうし僕とカタクリでタイマンでもしてみようかな?
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