17.姫プの先には


 さて、二階層に階段を下ってきた。

 この階段は二階層の中にある崖の中から出てきているようだ。僕は確かに地下に行ったはずなのに。その先には崖などなかったはずなのに。

 僕としてはこの世界の不思議を追求するのは無駄だと考えているので思考停止でそういうものだと受け入れることにしている。


 実際には『知識』の中でこの世界はゲームの中なので、一体何を不思議に感じればいいのか良く分からない。


 閑話休題かんわきゅうだい


 二階層にやってきたわけだが、ご丁寧に地図の横にその階層に出てくるモンスターの絵が描かれている。

 一号が描いたのはデフォルメされたウサギに対して二号は現実に出てきそうなリアルなトカゲなのが個性を感じる。


 僕が一緒に連れてきた手先(?)が器用な《スライム》が描いている地図をのぞき込んでいると、ちょんちょんと僕の袖を引く感触がした。

 その方向を向くと、小丸が頭に《ウィードスライム》を乗せて僕の進行方向とは別の方向に歩き始めた《ウルフギャング》の姿を示していた。


 思念には

『スライム より 強い あっち いっぱい』

 と言っているのでおそらくは全部潰しに総力戦を仕掛けることを決定したようだ。

 主人の僕を置いて。


 あれ? 僕が最高司令官じゃないの? 命令してないよ?


 とはいえ、自主性を潰すのもそれはそれで面白くないので、予定を変更して二階層に出てくるトカゲを殲滅しに行こうと思う。

 《ウルフギャング》が居なくなるのが怖いから付いていくわけじゃないよ? 本当だからね?


 しばらく《ウルフギャング》の最後尾に小丸を抱えながら付いていくと目の前には洞窟らしき暗い穴があった。

 中にはダンジョン特有の不思議な力が働いているのか、ある線を越えたら植物が一切生えていない剝き出しの地面がある。どうやらここから先はダンジョン判定で別のエリアになるようだ。


 僕は頭に《ヒーラースライム》と両肩に小丸担当も含めた二匹の《ウィードスライム》を乗せてその洞窟の中に入っていった。

 当然ながら先頭はヴォルフで、僕は列の真ん中で警護されるように守られている。

 最後尾はルーヴなので真ん中に行くほど弱くなっているようだ。

 ……僕、一番弱いのか……


 全員が肩かどこかに《ウィードスライム》を乗せているので気配を出さずにこの大人数の集団でも未だに察知されていないようだ。


 分かれ道も無く、そのまま一本道を進んでいくとところどころに水溜まりのある大広間のような場所に出た。

 じめじめしていて、僕がブラッシングなどの手入れをして毛並みの綺麗な《ウルフギャング》たちは嫌そうにしている。


 僕としては毛並みはどんどん汚してもいいけど怪我はしないで欲しい。


 暗闇に目が慣れたのか、はっきり見えるのは保護色のように地面や壁に擬態しているトカゲの姿だった。

 大量に壁や床、天井にも張り付いている姿はアリスが見れば発狂ものの気持ち悪さだろう。僕は絶対にテイムしたくないと思ったほどだ。


 『知識』の中にもいくつかのトカゲのモンスターが居るが、このモンスターはおそらく《カメレオンリザード》だ。

 名前のように擬態をすることが特徴だが、[隠密]などの気配を隠すスキルを持っていないのでじっと見ていれば分かるようになる。


 そんなことを小声で《スライム》とヴォルフに伝える。

 すると今回は魔法を使うようで、出入り口に当たる僕たちが入ってきた道を封鎖する形で様々な魔法を使っている。


 土に水に火に光に闇や風。多様な属性から放たれた魔法は阿吽の呼吸ですべて同時に放たれた。

 爆発はしなかった。

 土はイシツブテが《カメレオンリザード》の背中をショットガンさながら勢いよく貫き。

 水は大量のトカゲを宙に浮かべて小さく圧縮した瞬間に原型を失うほどに潰した。

 火は当たったトカゲを一瞬だけ輝くの花火に変えて。

 光はピカッと光った瞬間に新しい皮に変えていた。

 闇は僕も気づかないうちに皮を大量に増やしていた。

 風もどこからともなく《カメレオンリザード》を切り刻み、抵抗を許さぬ間に手足を落とし、しばらくして失血死していた。


 わあ、デンジャラス。


 中には今の魔法一斉掃射に耐えた、もしくは当たらなかった《カメレオンリザード》もいたようで、その反応は二つに分かれた。

 出口に向かって全力疾走するのと、僕たちに向かって攻撃を始めるものだ。

 僕たちが出口を塞いでいるので、実際は全ての《カメレオンリザード》が僕たちの方に向かってきている。


 一斉に向かってくるなら都合がいい。

 僕がマロック爺さんに唯一教えられたレア属性魔法をお見舞いしてあげよう。


「僕が相手をするよ。ヴォルフとルーヴたちは下がって、もちろんスライムたちもね。」


 ヴォルフもルーヴも片方が名前を呼ばれたのに片方を呼ばないと抗議の頭突きをしてくるので今では必ず両方を呼んでいる。

 今回は不満もないようで、いや今回は何故か小丸や虎徹などの小さい組が頭突きをしてきた。

 ははは、甘えたいならもっと別の場所にしてくれ。


 頭突きの他にも袖を噛んで引っ張ろうとするのも居たが、年長組に咥えられて後ろに下がっていった。


 そうして出入り口前には僕しか居なくなったころ、僕は魔法の準備が完了した。

 今にも暴れだしそうな魔力を懸命に手に抑えている。

 この魔法は普通に知れ渡っている風や光などの属性魔法とは違い、この暴れる魔力を抑えることが大変で、どれだけ多くの魔力を抑え込めるかで威力が大きく変わってくる。

 魔力に付与するのは属性ではなく”膨張”その魔力を”圧縮”を付与した魔力で抑え込む。


 僕は目の前に《カメレオンリザード》が飛び掛かってくるのを見た瞬間。

 増幅させていた魔力だけをその場に置いて、僕は一目散に外へと走った。


 大量に《ウィードスライム》をテイムしている僕は当然カメレオンリザードよりも早い。

 僕が半分ほど道を駆け抜けた後にはまだあの魔力が置いてある場所からそう離れていないはずだ。


 今しかない。

 そう思い、制御を失った”膨張”を押し込めていた”圧縮”を遠隔操作にて解き放った。


 解き放たれた”膨張”の付与された魔力は際限なく体積を増やし、”圧縮”を付与された魔力が消え去ったことで一瞬にして異常なまでの”衝撃”を生み出した。


 ここまで下がれば大丈夫でしょ、と呑気に構えていた僕に襲い掛かるのは背後から飛んできた《カメレオンリザード》の皮だった。

 とんでもない速度で僕に衝突したその皮と一緒に僕は足が地面に付かない浮遊感を感じながら洞窟から飛び出した。


「うわーーー!!! 助けてぇぇぇぇ!!!!」


 足をバタバタ動かし、宙に浮きながら叫んでいる僕を《ウルフギャング》の皆様は助けに行く素振りを見せずに眺めていた。

 キラキラした目で僕を見ている年少組が良く見えた。


 ドスっと音を立てて僕は木の枝に当たり、そのまま地面に落ちた。


「痛い、痛いよ。」


 背中も腕も体の全てが痛い気がする。

 実際は《ウルフギャング》よりも僕の方がステータスが高いはずなのに。


 僕はちゃんと連れてきている《ヒーラースライム》から[ヒール]をかけて貰いながら次の階層への階段へと歩き始めた。

 ともあれ、これできっとこの階層にいるモンスターの素材は当分狩らなくても良いくらいに集まったはずだ。素材を回収しに行こうと思ったら何やら《スライム》が回収していたので、僕は未だに杖も道具も素材も持たない丸腰のままだ。


 《ウルフギャング》の年少組のキラキラした目と年長組の温度感が真逆の視線を浴びつつ、僕は次の階層にいるという三号の描いたモンスターの絵をのぞき込んだ。


 その絵には《ウルフギャング》と同じ狼の絵が描いてあった。

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