第6話

「おお。そうかそうか。俺が食べるよ。裏の畑の野菜は元気が出るからね。田中さんにはお礼を言っといてくれ」

 僕は二階の和室のポットにお湯を入れ終わり、気になって一階へと一旦降りた。おじいちゃんはキッチンの片隅の冷凍庫からやっとのことで、凍っている五人分の鮭を見つけ、母さんに目配せをしていた。

「ああ。もう食べ物が無いわね……。今日の午後に熊笹商店街へ行かないと」

 おじいちゃんの胃袋に母さんが辟易していた。

 僕はキッチンの窓から裏の畑を見ていた。

 朝の光で裏の畑の野菜全部が息を吹き返していた。

 子供たちも土の中でもう起きているのだろう。


 今では佐々木さんと大家族の田中さんが畑仕事をしていた。

「今日の朝は田中さんから貰った野菜と鮭だけで何とかしましょう」

 母さんはそういうと、広いテーブルの上のリモコンを持ちテレビを点ける。

 部屋の角にある大型のテレビには、今日は夕立に気を付けてとアナウンサーが言っていた。

「歩。傘を持って行きなさい。亜由美にも後で持って行ってと言うわ」

 母さんは鮭を焼く準備に取り掛かる。

 もうそろそろ、亜由美と父さんが起き出す頃だ。

 僕はあの子供たちを土から掘り起こして、警察の人に持って行こうと決めた。子供たちを残らず回収してくれるはず。そして、今後このようなことが起きないことになるはずだ。


 自分の部屋へ戻って6時まで勉強をした。それから、野菜を除いて朝食を食べてから、学校へと向かった。

 登校する時は決まって、僕の家から御三増駅の方へと亜由美と歩いて佐々木さんの居酒屋で一緒に友達を待った。そこで藤堂君と篠原君と一緒に登校するんだ。

 藤堂君と篠原君はいつも寝坊をするようで、僕たちのだいぶ後にやってくる。あんまりにも遅い時には僕たちだけで登校する日もあった。


 居酒屋からは学校まで歩いてだいたい20分だ。

 スクールゾーンと大きく書かれたコンクリートの道路から、熊笹商店街を通ってなだらかな坂を登れば、小学校の校門が見える。この町で唯一の稲荷山小学校には生い茂る林がグランドに面して覆うような日蔭を被せていた。


 二人は小学校へと入ってからどちらも隣の席だったからか、僕と仲が良かった。僕は学校の授業では勉強はしない。毎日、机に広げたノートに向かって空想をする。空想は自由奔放で、空には巨大な人がいて、毎日夏になると地上に向かってバケツで水を撒いたり、太陽は昼になると月にいる美人とにこやかに大きな声で挨拶をしているとか、雨の日には雲の上には龍が空を飛び回るなど他愛ない。


 稲荷山小学校は二階建てで、全校生徒数94名の小さな学校で、それぞれ約20名のクラスで静かに授業をしている。僕のクラスの担任の羽良野先生がいつも通りに黒板に何かを書いている音、休み時間やお昼休みにはみんなはしゃいだり、校庭で走り回り、男子も女子も鬼ごっこや滑り台などの遊具で遊ぶ以外は、とても静かな学校だった。

 その日も教室で羽良野先生の黒板に書いていく算数の問題を見つめながら、僕は空想に耽っていた。あの裏の畑には誰が子供たちをばら撒いたのかな……?

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