沈浮 ‐しずみうく‐

自分は運が幼い頃から良かった。


ほんとは単に売られるだけで、一生廓の中で過ごすはずが、

親父が必死に頭を下げたお陰で朝霧だけは同期で一人年季があった。


病気の母の薬のために親父は朝霧を売ったそうだが、

廓の親方と幼馴染みであったため、朝霧の借金は何とか返せるものらしい。


親方は幼馴染の親父に義理立てて、父母が死んだあとでも約束を守り、

無茶な客とりを朝霧にさせなかった。


それでも10やそこらの頃は、朝霧は自分を売った親父が許せなかった。


たかが顔も覚えておらぬ親だ。


今は別に構いやせぬ。


ただ年季が明ける日まで、生きていてくれれば帰る場所もあったものをと時々悔しくなってしまうだけだ。


父は母の薬代のために無茶をして殺されて、その後母もすぐに逝ったそうだ。


男ではないので敵などとという気持ちはさらさら湧かず、

ただ自由を憧れていた自分にとって忘れていた感情が蘇るようで鬱々とした気分になる。


男や女の惚れた腫れたなど馬鹿らしいと思っていたのに。


これは恋というものだろうか?


否、違うはずだ。


ただ純粋なあの子の言葉に自分が汚いと思っちまっただけだ。


まさかまさかあの一言で惚れちまう訳がない。


暫く窓は閉めるに限る。悪いもんはこれで入ってこないだろう。

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