第32話「あなたのようには」

 「……アリエル! リッキー!」


 アルスが叫び声を上げるが、無慈悲にも爆弾は勢いを止めない。分解して大量の粒をばらまき、その一つ一つが大地を抉ろうと牙を剥く。

このままでは、


 「くっ……はあっ!」


 アルスは全速力で駆け寄りながら、手に持った数本のナイフを再び投げつける。ナイフはまっすぐな軌道を描き、落下する爆弾の一部に直撃。轟音を上げながら空中で爆発した。

しかし、それだけでは終わらない。


 「まだ、あんなに……!」


 「間に合わない、です……!」


 人体ほどの大きさの爆弾が、アリエル達の上空に5つ落下してきている。

ナナは結界で爆弾を防ぐので精一杯。

アルスは投擲武器を使い切った。走っても間に合わない。

このままでは爆弾の雨に巻き込まれ、あの二人は○ぬ。


 「だめ……そんな、だめ……!」


 アルスは手を伸ばす。

わずか十数メートルの距離があまりに遠い。

(ボクは……ボクは……!)

あの時、彼が言ってくれた言葉を思い出す。今もこの平原のどこかで戦っている、あの人の言葉を。


 『ああ。アルスは、私などよりずっと優れた魔導士になる。必ずな』


 「だから、ダメ──!」


 その時。


 ガン、と、


金属を叩くような音がして。

落下していた爆弾が、何かに

その衝撃で爆弾が内部で引火し、空中で破裂する。


 「あ……え……?」


 「なん、です……?」


 破裂した爆弾は周囲に飛散し、真下にいたアリエルとリッキーには当たらなかった。

アルスとナナは困惑したまま、爆弾を貫いた『何か』が飛来した方へ顔を向ける。

そこにいた彼女を見て、二人は驚愕の反応を見せた。もっともナナは驚愕というより、困惑や疑問の色が強かったのだが。


 「サラさん……!」


 「サラ……?」


 燃え盛る影森庭園の側。ナナ達から数十メートル離れたその場所に、白髪をなびかせる少女、サラが立っていた。

いや、立っていた、では語弊がある。


 「アレ、なんです……?」


 ナナはサラ自身より、サラが手に持っているモノに視線を奪われる。


 「鉄……?」


 サラはその手に、を持っていた。片膝をつき、筒の端を左肩に乗せ、両手で複雑な造形の筒を支えている。

鉄の筒の先からは僅かに煙が立っていた。


 「おーい! みんな、大丈夫!?」


 鉄の筒を左肩に抱えたまま、サラがこちらに駆け寄って来た。鉄の筒は重量があるように見えるが、サラの走り方にそれは感じられない。外見以上に軽いのだろうか。


 「良かった、間に合って。怪我はない?」


 「うん」「ありがとうお姉ちゃん」


 サラはアリエルとリッキーの元へ駆け寄り、二人の安否を確認している。幸い二人に大きな外傷は見受けられない。


 「サラさん、無事だったんですね!」


 アルスがサラのもとへ駆け寄っていく。ナナは不安になりながらも、ノエルを背負ってその後を追った。


 「うん、二人も無事で良かった……って、ノエル、怪我が……」


 「あ、そうなんです。ノエルお兄ちゃん、出血がひどくて。一応応急処置はしたんですけど……」


 アルスは不安そうに語る。ナナもアルスも医療には疎い。ナナの神聖魔力のおかげで魔力切れは防いだが、怪我が治ったわけではないのだ。


 「ちょっと見せて…………うん、一応治療しとこう。アルス、紙持ってる? ナナは水を出して」


 「か、紙ですね、えっと」


 「分かったです」


 鉄の筒を放り捨て、テキパキと動き出すサラに焦り気味のアルス。サラの手際が良いことを知っているナナは、落ち着いたまま発水魔術で手の平に水を出す。

サラは懐から緑色の小さな瓶を取り出し、スポイトのような物で水を吸い取って小さな瓶の中に入れた。瓶の蓋を閉じて数回振ると、アルスが取り出したメモ紙に中の液体を一滴垂らす。そして緑色に染まった紙を折りたたむと、ノエルの傷口にゆっくりと塗りだした。


 「とりあえずこれで大丈夫かな……」


 「そうですか、良かった……!」


 ホッとした様子のアルス。

ナナも一安心なのだが、一息つく前に気になる事がある。サラの横に転がっているモノについてだ。どうやらアルスは知っているようだが、ナナはそれを知らない。

あるいは、知りすぎている。


 「サラ、コレって……」


 ナナは鉄の筒を指さして言う。サラはこちらを一瞥すると、ノエルを治療する手を止めないまま答えた。


 「ん、ああ、パライソさんから貰ったんだ。っていうの」


 「銃……」


 (……)

ナナは銃を見下ろす。あまり見たくない代物だ。

するとアルスが、興味津々な様子でサラに問いかける。


 「サラさん、対結界ライフルなんて使えたんですか? コレすごく難しいのに……」


 「あー、そうらしいね……。でも、なんか出来ちゃったんだ」


 「ええ……?」


 サラの発言に困惑しているアルス。ナナにはよく分からないが、サラが凄い事は分かった。サラは魔法以外の事ならだいたい得意、という事も、長年の付き合いでナナは知っている。


 「ぅぅ……」「怖いよぉ」


 「あ……これから、どうしましょう」


 アリエルとリッキーの涙を見て、アルスが不安そうな声を上げる。影森庭園は焼け落ち、爆撃機は飛び回り、キャロルは見つからない。ノエルを治療できたとはいえ、未だ状況は芳しくない。


 「考えがあるの」


 「え?」


 サラはそう言って紙と瓶を懐にしまい、ノエルを抱きかかえてアルスに突き出す。


 「アルス、ノエルとこの子達を見てて。私はナナに乗って、キャロルの所まで行く」


 「え、キャロルお姉ちゃんの場所、分かるんですか!」


 驚くアルスにサラは「うん」と頷き、そのまま空を見上げる。相変わらず暗い形相のまま、夜が明ける様子はない。


 「降格魔術の魔力の流れが、昨日までと違って乱れてる。これはたぶん、魔術式の痕跡からキャロルの場所を分からなくするため。だから、乱れた流れの元を辿ればキャロルがいるはずなんだ」


 「な、なるほど……?」


 「?」


 アルスはサラの解説をなんとか理解しようとしているが、どうやら難しいようだ。ナナに至っては全く分からない、という顔をしている。

困惑気味の二人にサラは苦笑いを返すと、抱えたノエルをアルスに渡す。そして転がっているライフルを背負うと、ナナの背中によじ登った。


 「う……重っ……」


 「ごめんナナ、頑張って!」


 ナナは苦い顔をしながらゆっくりと浮かび上がる。そしてサラと共に、不安そうにしているアルスを見下ろすと、元気づけるように笑顔で声をかける。


 「3人をお願いね!」


 「キャロルの事は任せるのです」


 「! は、はい!」


 二人に声をかけられ、アルスは僅かに笑顔を取り戻す。降格魔術が解けるまでの間、3人を守らなくてはいけないのだ。いつまでもくよくよしてられない。

ナナはサラに高度を上げると、そのまま何処かへ飛び立って行った。

腕の中で眠るノエルと、夜闇を恐れているアリエルとリッキー。二人を見つめ心の中で深く思う。

(ボクが守らなきゃ……ボクも、立派な魔導士になるんだ。アラスターさんのように)

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