第23話「強襲開始」

 「サラ?」


 「……へ?」


 唐突に声をかけられ振り返る。

日は昇り、影森庭園が賑わいだした頃。サラ達はツリーハウスの一角で、子供達とともに食事を取っていた。食卓には野菜を中心とした鮮やかな食事が並べられており、大食いのナナはそれらをモリモリと頬張っている。

サラも隣でそれらを頂いていたのだが、ボーッとしていたところをレイに呼び止められてしまった。


 「大丈夫? なんか上の空だけど」


 「ああ、いや、大丈夫だよ、うん」


 レイを安心させようと取り繕うサラ。レイは世話焼きなので、あまり心配はかけたくない。そう思って話題を逸らす。


 「そういえば今日、アラスター帰ってくるんでしょ?」


 「うん。それから、また別の魔法使いのところに行くんだって」


 「次は誰だろうな~楽しみ~」


 話を逸らすためにこの話題を選んだが、実際魔法使いに会うのは楽しみだ。パライソに会えただけでも十分光栄な事だが、出来る事なら他の魔法使いにも会ってみたい。


 「ん、他にはどんな魔法使いがいるのです?」


 「ふふ、気になるよね!? まずは、『久遠の魔法使い』! 今この世にいる生命で一番長生きって言われている魔法使いでね──」


 (あ、始まった)

サラのマシンガントークが開始され、ナナがその餌食になる。この手の話を始めたサラはしばらくずっとこの調子だ。止まらないサラにナナが威圧されている。

それを見守っているとキャロルが声をかけてきた。


 「ああ、じゃあもう出るのか?」


 「そうだね、今日か明日には」


 「そっかー、ざんねんだよ」


 ノエルが残念そうに言う。レイもここでみんなと過ごしているのは楽しいので、もう少し残っていたい気持ちはあるが、いつまでもここにいる訳には行かない。


 「え……あ……」


 「ん?」


 見るとロメリアが、何か言いたそうな顔でこちらを見ている。いや、正確にはレイのとなり、サラダを頬張っているサラをだ。

すると視線に気づいたのか、サラがマシンガントークをやめてロメリアへ話しかける。


 「あ、どうしたの、ロメリア?」


 「うぇ、あ、いや、その……もう、帰っちゃうん、ですか?」


 それを聞いて、レイは少し驚いた。

先日までのロメリアは、あまりこちらに干渉してこなかった。人見知りなのだから仕方ないと思っていたのだが、何やらサラと関係が出来上がっている。いつの間に仲良くなったのだろう。


 「あー、うん、そうだね……でも、また遊びに来たいな。また来ても良い?」


 「あ……は、はいっ、もちろんっ」


 ロメリアは少し寂しそうにしていたが、サラの話を聞いてその顔色が明るくなった。戦争中は来られないかもしれないが、それが終わればレイもまた来たいところだ。

そんなことを考えていると、子供達から悲痛な声が上がる。


 「えー、お姉ちゃん達帰っちゃうの?」「もうちょっと居ようよ-」「まだ遊びたい-」


 「あはは……ごめんね。今日はまだいるから」


 「それに、また来るのですよ」


 ざわめく子供達をサラとナナがなだめる。ここに来る客は少ないと言っていたし、子供達も寂しいのだろう。

騒がしい食卓。今日も平和だ。

するとパライソが、上から飛び降りてきた。


 「全員起きているな!?」


 普段通り怒鳴るように確認を取ると、その場の全員に聞こえるように叫ぶ。


 「今日の見回り分担を告げる! ケリィ組は東、空竜区周辺を巡回! キャロルとノエルはこの間と同じ、南の風車地帯を頼む! ジェニマ達は北東の第三森林付近を──」


 「今日はどうする、サラ?」


 レイはサラに問いかける。やることはだいたい終わったので、今日はアラスターが帰ってくるまで暇だ。


 「今日も特訓かな……レイ達は?」


 「最後かもだし、ちょっと平原を見て回ろうかと思ってる。ナナもそうだよね」


 「ん、ふぁい。ほうですね」


 口内に野菜を詰め込んだまま返すナナ。なら、これで今日の予定は決まりだ。

それを聞いていたアルスが食卓の向かい側から声をかけてきた。


 「今日ボク暇なので、案内しましょうか?」


 「あ、それは助かる。じゃあ、お願いしようかな」


 アルスは「はい」と返事をすると、楽しそうにこちらに近づいてきた。


 「じゃ、オレらも行くか」


 「うん。いってきます」


 そう言ってキャロルとノエルは食卓をあとにする。他の子供達もゾロゾロと、各自指定された見回り場所まで向かっていく。

サラは少し考えると、どことなく落ち込んでいる様子のロメリアに声をかける。


 「ロメリア、良かったら一緒に来ない?」


 「えっ、え?」


 「もちろん、暇だったらで良いんだけど。せっかく今日最後だし」


 「は、はい、暇です。じゃあ、一緒に……」


 ロメリアは再び嬉しそうな表情に戻り、サラの後ろをついて行く。少し見ないうちに、本当に仲良しになったようだ。

レイも平原を見回るために身支度を整える。


 「ナナ、もう行くよ」


 「ちょ、ちょっと待つのです。これだけ食べてから……」


 「あはは……」


 相変わらず大食いのナナにアルスは苦笑いを浮かべる。こんなに平和だと、戦争中だと言う事を忘れてしまいそうだ。

そのためかレイは、





 「なあノエル」


 「なあに?」


 「あいつらが戦争を止めようとしてるって話、聞いたか?」


 キャロルの言葉に、ノエルは目を丸くする。

ここはルーベル平原南区、風車地帯。いくつかの風車台が立ち並び、幅の小さな小川が流れる憩いの場。生き物の数は少なく、風車以外にはほとんど何も無い。生き物が居ないなら見回る必要はないと思われがちだが、逆に他の場所の生き物が移動してきていないか、というのを確認する必要があるのだ。


 「いや、はじめてきいたよ。そんなすごいことを……」


 「それでパライソに手伝ってもらおうと思って、ここに来たんだそうだ」


 「たいへんなんだね」


 キャロルは「ああ」と頷き、うつむいて少しばかり考えを巡らす。

もしサラ達が戦争を止めるため、実力行使をしようというのなら。サラ達は無事では済まないのでは無いだろうか。もしそうでなくとも、どこかしらに被害が出るのは間違いないだろう。

もちろんサラ達は、そんなこと承知の上だろうが。


 「だから、オレらにもさ、その……なんかできねえかなって」


 「ふふ、キャロルはサラたちが『すき』なんだね」


 「なっ……いや、そんなんじゃ……」


 少し赤くなって反論するが、途中でそれを遮るキャロル。

そうだ。考えてみれば……


 「……あー、いや、確かにそうかもな……」


 「? めずらしくすなおだね」


 「いや……そのな……」


 言い淀みながら、サラ達がここに来てからのことを思い出す。特に何か、感動するようなことがあった訳じゃない。ただ一緒に過ごして、馬鹿やっていただけだ。

それでもそれが、楽しかったんだと。


 「ああもう、この話やめだ。さっさと終わらせて帰るぞ」


 「うんうん」


 なんだか見透かされているような気がするが、キャロルは無視して歩みを進める。

進みながら、キャロルは考えていた。

(もし、オレが力になれるなら……あるいは……)

何か言い訳を考える。しかし言い訳を考えている時点で、自分の心は決まっているのだと気づかされる。

(いや、言い訳じゃ駄目だな……オレは……)


 「オレも、一緒に────』



 その時。

キャロルもノエルも、その存在に気づかなかった。

前を向いて歩いていたのに、その接近に気づかなかった。

いや、気づかなかったのでは無く、今この時まで、それは存在しなかったのだ。


 「こんにちは」


 「……あ?」


 「……」


 キャロルとノエルの目の前、何も無かったその場所に、ソレは突然姿を見せる。

白い燕尾服に白いシルクハットをかぶった、パライソと同じように


 「それでは、失礼します」


 炎の男が呟くと同時に、視界が眩む。

次の瞬間、キャロルの意識は闇へと消え去った。


日が昇っている。雲一つ無い、美しい青い空。

そのはずなのに、辺りは暗くなっていく。

日差しは届かない。

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