第21話「温泉回、女子パート」

 「はぁ〜、あったかーい……」


 「はい……」


 視界を真っ白に覆うほどの湯煙の中、サラとナナは熱い湯が張られたその湯船に体を沈め、一日の疲れを癒やしていた。風呂の構造は男子風呂とあまり変わらず、外壁以外はほとんど石造りだ。


 「疲れたぁ……」


 「サラ、今日何してたのです?」


 「フフ、内緒だよ〜。パライソが話しちゃ駄目って言ってて」


 サラは自衛の手段を身につけるため、何かしらをパライソに教わっている、という話をナナはレイから聞いていた。しかしその内容は秘密だという。


 「ナナは何してたの?」


 「レイと一緒に授業みたいな感じだったのですけど……よく分かんなかったです……」


 「えー、私も受けてみたかったな〜」


 サラは羨ましそうにしているが、ナナにはパライソが何を言っているのか、その半分も理解できなかったのだ。

アルスの話はなんとなく分かったが、あの「強化式」というのはナナとは相性が悪かったらしく、それをモノにすることもできなかった。つまりナナは今日、何もしていない。


 「ロメリア、流すぞー」


 「う、うん」


 湯船の端の方から桶のような物でお湯をすくい、全身泡だらけのロメリアにかけるキャロル。モコモコした白泡が流れ落ちてゆき、長い銀髪や小さな体が露わになる。


 「じゃ、入るか」


 そう言ってキャロルは湯煙の立つ湯船に体をつける。フワフワした青髪が軽く湯面に浮かんだ。ロメリアもそれに続いて、ゆっくりと湯船に入ってくる。


 「猫なのにお風呂嫌いじゃないのです?」


 「オレは猫じゃねえよ? 獣人よ?」


 キャロルが猫であるという前提で問いかけるナナ。風呂場でも帽子をかぶっている訳には行かないので、流石にベレー帽は外していた。よってキャロルの猫耳は丸見えだ。

そして昨日確認できなかった部位も、全裸であることによって露わになっている。


 「あ、尻尾だ。かわいい〜」


 「あんま見んなっつってんだろ……」


 やはり顔を赤くして恥ずかしがっているキャロル。湯船に浸かっているのでお湯越しではあるが、耳と同じように小さな尻尾が、腰のあたりから生えているのが見える。


 「それにしても触り心地良いですね〜」


 「だっ、触んなってばっ、オイッ」


 猫耳をサワサワと撫で回すナナに、キャロルは必死の抵抗を見せる。湯船の中で立ち上がり、湯面を揺らしながら取っ組み合いのようになっていた。

そのまま、湯船にはサラとロメリアだけが残される。


 「あはは……なんかごめんね……」


 「い、いえ……」


 相変わらず消極的なロメリア。サラには気持ちがよく分かるので、なるべく接近しすぎないように気をつけて話す。


 「えっと、強化式が得意なんだって? 凄いね、ロメリア」


 「ふぇ、え、いえ、そんな……」


 必死に首を振るロメリア。とても可愛らしいが、同じ人見知りとしてロメリアの内心がわかる身としては少し落ち着かない。

人見知りの先輩としてここは頑張らなければ。


 「やっぱり生き物の世話って大変?」


 「あ、えと、少し、はい」


 (これじゃないか……えーっと)

 ロメリアが食いつきそうな話題を探すが、どうしても脳内引き出しから出てこない。そもそもロメリアとマトモに話したのはこれが初めてである。

ふとサラの脳内に、あの魔人の姿が思い浮かんだ。青い炎の魔法使い。


 「あのね、今日パライソさんの話を聞いたんだけど……パライソさんって凄いんだね。生き物の世話だけじゃなく、平原の事色々やってて」


 それを聞いて、ロメリアの顔が僅かに上がる。長い前髪で覆われていた目元がちらりと覗き、ゆっくりと口を開いて喋りだす。


 「えと、ぱ、パライソは、凄いですよ。その、管理とか、一人だし……」


 (あ、これだ)


 「へえ、パライソさんって他に何やってるの?」


 「あ、えと、ごはんの用意とか、あと、このお風呂も作ってくれてますし……」


 少しずつ饒舌に話し出すロメリア。

パライソを尊敬しているのか、この話題には食いついてくれた。サラは魔法の話であれば人見知りが剥がれて問題なく話せるので、ロメリアも同じかどうか試してみたのだ。結果サラほどではなかったが、それでもロメリアは先程までとは見違えている。


 「あれ、二人とも話してますね」


 「お、ロメリアにあそこまで喋らせるとは……サラすげえな」


 流暢に話す二人に驚くナナとキャロル。いや、一般的な「流暢」と比べれば、二人の会話はたどたどしいものだが、今までのロメリアとは比較のしようがないほど、ロメリアはスラスラと話していた。

キャロルは驚きつつも、どこか嬉しそうにロメリアについて語る。


 「ロメリアは消極的だが、ああ見えてパライソにぞっこんでな、パライソを褒められて嬉しいんだろ」


 「ロメリアはパライソが好きなのです?」


 「あー、いや……」


 キャロルは少し顔を赤くして、頭を掻きながら考える。そしてロメリアを見つめると、わずかにほほえみを浮かべながら言う。


 「あいつはもともと身寄りがなくて、家族がアルスだけだったんだが、そん時にパライソに拾われたらしくてな。だから好きっつうか、恩人って感じだろ」


 「拾われた……キャロルもです?」


 ナナに問われ、目を丸くするキャロル。

しかしすぐに表情を取り戻し、たどたどしい会話を続けているサラとロメリアの方へ目線を向ける。

自分は、どうだったのか。


 「……そうだな。ま、よく覚えてねえや」


 適当に返事をして、ナナにニカッと笑ってみせる。あまり心配はかけたくない。

ナナはなんとなく察しながらも、それを問い詰めることはしなかった。

辺りは暗い。

それでもまだ、その火は消えていなかった。


 

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