第13話「もうすぐ夜」

 サラが橋から落ちそうになり、それをナナとレイが救出していた頃。


 「もう、落ちたらどうするんです!? 死んじゃうかもですよ!?」


 「だから安全にって言ったでしょ!? 話聞いてた!?」


 「ご、ごめん……いやほんと……」


 鬼気迫る勢いでブチギレているレイとナナに、サラは言われるがままだった。弁解のしようもない。

橋から引き上げられ、近くのツリーハウス前の広場に投げ出される。サラからすれば二人はまるで親のようだった。


 「お前案外怖いもの知らずだな、気に入ったぜ」


 キャロルが陽気に語りかけてくる。その後ろでノエルはにこやかに笑っていた。


 「あはは……以後気をつけます……」


 「ホントでしょうね……」


 「頼むよ……」


 笑って誤魔化すサラを憐れみの目で見つめるナナとレイ。二人は信じてはいないようだ。そもそもサラが自分の安全に対して不用心なのはいつものことである。


 「ふふふ、皆さん仲が良いんですね」


 「まあねえ……」


 アルスが楽しそうに笑いかけてくるが、レイからすればとても楽しそうと言える雰囲気ではない。サラにはもう少し自分を大事にしてもらいたいものだ。

そんなこんなで影森庭園を案内してもらっていた時のことだった。一際大きなツリーハウスの前までたどり着く。


 「これだけ大きいですね……ん?」


 他のツリーハウス10個分はあるであろう、大きめの住宅並みのツリーハウス。それにナナが驚いていると、何やらツリーハウスの中からドタバタと音がする。

それが足音だと気づいたサラはハッとして何かを察した。


 「まずい、来る……!」


 「な、何がです?」


 困惑するナナにサラが返答を返す間もなくそれは訪れる。ツリーハウスの正面扉が開き、はやってきたのだ。


 「あっ、お客さんだー!」


 「あ」


 ツリーハウスから出てきた彼らを見て、レイはこの影森庭園にやってきた時の事を思い出す。下からこのツリーハウスを見上げたとき、確かに彼らが見えたのだった。


 「わーめずらしー!」「人間だ!」「あっ聖霊の人だ、すげえ!」「キャロルねえとノエルにいお帰り-」「アルスーちょっと来てー」「ロメリア-」「いらっしゃーい」「こんにちはー」


 「ど、どうもです……」


 「こんにちは」


 子供、子供、子供。ツリーハウスから出てきたのはレイ達よりも小さな子供だった。その数ざっと20人以上。

少し戸惑っているナナに対し、レイはかなり落ち着いていた。いや、どちらかと言えば心配していたのかもしれない。子供だろうと大人だろうと、遭遇した数が多いほど正常でなくなる者をよく知っているからだ。


 「わあ人間だ!」「お姉さんこんにちはー」


 「あ……こ……ちは……うぇ……」


 子供達に詰め寄られたじろいでいるサラ。この展開は予想していた。

しかし、どうやらいつもとは違う様子が見られる。


 「い、いや、ごめ……あ、あれ? これって……」


 子供達の波に揉まれていると、サラが何かに気づいた。


 「……えっ、羽!? もしかして妖精なの!?」


 「あ、うん、私妖精だよー」


 「あ、僕も僕も!」


 サラの目の前にいる少女。そしてそのとなりにいる少年。

その背中に、手のひらサイズの小さな が生えている。羽毛とは違い、どちらかと言えば虫のそれだった。緑の半透明で透き通っており、それが木漏れ日を通してキラキラと輝いているように見える。羽の生え際だけ服の背中に穴が開いており、妖精用の服だという事が窺える。

レイは先程パライソが言っていたことを思い出した。


 「そういえばみんな異形なんだっけ」

 

 「あ、この子尻尾生えてるのです」


 ナナの前にいた子供の腰のあたりから、まるでトカゲのようなしっぽが生えていた。茶色く濁った色をしているが、腰とどう繋がっているのだろう。


 「妖精初めて見たよ! それも二人も……って、ええ!? 」


 再びサラが驚きの声を上げる。子供達に言い寄られたり、妖精がいたりで困惑して気づかなかったようだ。

長い爪。獣の体毛。水色の皮膚。

その場にいた約20人の子供達。その全てに、異形とおぼしき身体的特徴があった。ウサギを人型に改造したかのように全身に体毛、耳、尻尾が生えている少女。ナナのようにフラフラと宙に浮いている少年。生物かも怪しい造形のスライムのような者もいる。


 「かわいい……いいなこれ」


 「レイちょっと黙るです」


 早くも独自の変態性を発揮しているレイをナナが黙らせる。こんな純粋そうな子供達にこれを見せてはならない。

対してサラは別の意味で歓喜していた。


 「聖獣! ホントにモフモフだね! あっ、鉱人もいるんだ! すごい、みんなすごいよ!」


 「えへへ」「お姉さん面白いねー」「人間も珍しいよ?」「かわいいー」


 「サラが馴染んでいる……だと……?」


 「いやこのパターン何回もあったでしょ」


 驚愕するレイにツッコミを入れるナナ。サラは昔から自分の趣味に通ずる会話なら流暢に話せる、という謎の特性を持っていた。今回もそれを発揮しているようだ。

だがこんなにたくさんの人と同時に話していた事はないかもしれない。


 「お姉さんこっち来てよー」「向こうにまだいるよ」


 「えっ、ホントに! あ、ちょっと行ってくるね!」


 そう言ってレイ達に手を振るとサラは子供達の群れに紛れ、橋を渡って行ってしまった。子供達は全員サラより小さいので、普段小さなサラが保護者のようだ。もっとも一番はしゃいでいるのはサラなので、会話のみを聞いているとどちらが子供なのか分からないのだが。


 「嵐のようです……」


 「久々の客で嬉しいんだよ。ここに来るのなんてアラスター合わせても4、5人くらいだからな」


 キャロルが慣れた様子で話す。言っているキャロル自身の表情も少し緩んでいた。子供達が楽しそうなのが嬉しいんだろう。レイもその感覚には覚えがある。


 「ふふ、キャロルもたのしそうだね」


 「う、うるせえよ」


 ノエルに言い寄られてキャロルがたじろいでいる。ノエルは見た目や口調こそ子供らしいが、言動はキャロルよりも落ち着いていた。二人は仲が良さそうだが、まるっきり違う性格のようだ。


 「じゃあぼくたちもいこう」


 「ですね」


 ノエルに誘われて、レイ達はサラ達が渡っていった橋へ足をかけた。彼らを薄暗い木漏れ日が照らしている。

日が落ち始めていた。

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