第5話「略奪の」

 「お腹空いたのです……」


 ナナが静かに呟く。

あれから少し歩いたが、景色はさほど変わらない。強いて言えば少しだけ樹木が増えただろうか。

サラはナナの呟きに頷いて返す。


 「そういえば、朝からなにも食べていないね」


 「じゃあ、きゅうけいしようか」


 そう言ってノエルは立ち止まると地面に左手を添える。

するとその手を中心に、半径3メートル程の結界が貼られた。それはまるで透明な床ができたように見える。


 「わあ、すごい!」


 「乗ってもいいのです?」


 「どうぞ、のってのって」


 「オレも疲れた……」


 ゾロゾロと皆そろって結界の上に乗り込む。そして全員同時に座り込んだ。

ナナとキャロルは即座に寝転がって「ふぅ」と息をついている。

レイが結界を撫でながら言った。


 「きれいな結界だね。ノエルは結界式が得意なの?」


 「うん、そうだよ」


 そう言ってノエルは唐突に上空を指さした。

レイとサラは揃って上を見上げる。

すると何かが見えた気がしたので、レイとサラはよく目を凝らした。


 「あれは……」


 「結界……?」


 距離は掴めないが、かなり上空に結界のような物がガラスドーム状に貼られている。


 「サラ、せいかい」


 再び二人揃って目を見開く。

まさかこれは……


 「もしかして、キャロルみたいに……?」


 「うん。へいげんぜんたいに『こういきけっかい』をはってるんだ」


 「そんな……」


 レイはノエルとキャロルを交互に見る。

この二人は何者なんだ。


 「ん、広域結界ってなんです? さっきの降格魔術みたいに、なにか特殊な結界なのです?」


 ナナが起き上がって聞いてきた。

するとサラが興奮した様子で答える。


 「特殊な効果は無いの。『広域』ってついてる通り、広範囲特化の結界だよ。でもこんなに広いなんて!」


 「ふふ、ありがとう、サラ」


 ニコニコとした笑顔で答えるノエル。

キャロルのように照れたりはしていない所を見ると、ノエルはやはり落ち着いた性格のようだ。


 「いきものがにげないよう、ぼくがけっかいをはって」


 「そんで暴れないように、オレが降格魔術で弱めてるって訳だ」


 サラはそんな二人をキラキラとした目で見つめていた。

こんなに凄い魔導士は、レイとアラスター以外に会ったことがない。


 「二人で協力してるんだね。すごいなぁ!」


 「フフ、今日のサラは『すごい』しか言っていないのです」


 「だってだって、凄いんだもん!」


 楽しそうなサラを見てナナの表情が緩んでいる。レイと同様、サラが楽しいのが嬉しいようだ。

ふと、レイはあることを思い出して辺りを見回す。


 「ねえそういえば、ずっとアラスターいなくない?」


 「そういえば」


 「どこ行ったのでしょう……あ」


 辺りをキョロキョロと見回していたナナが何かを見つける。

それは空を飛んでこちらへ向かってきていた。


 「アラスターです。おーい、こっちですよー」


 「どこ行ってたんだろ」


 サラの呟きを聞きながら、レイはよく目を凝らす。

近づいてくるそれは確かにアラスターのようだった。

しかし……


 「……違う」


 「えっ?」


 レイの発言にサラは戸惑う。

しかしレイの浮かべた緊迫感のある表情を見て、脳は一気に警戒心で満たされた。

飛来する謎の存在を睨みつけてレイが呟く。


 「あれはアラスターじゃない」


 その言葉と同時に、アラスターに似た何かが急激に形を変化させる。

表面が砕けるように割れたかと思えば、岩のような物が体中から生えてくる。

アラスターに似ていた部分は完全に崩れ去り、その代わりに岩石の巨体が姿を表した。


 「うそ……です……?」


 「で……でっかー!」


 サラが大声で叫ぶ。

既にサラ達は眼前まで到達していたソレはその場に停止して、こちらを威嚇するように吠える。


 そこには、全長100を超える、異常なまでに膨れ上がった岩石の巨体が居座っていた。

超大型ゴーレムだ。


 「ゴーレム……?」


 「すごい……超でっかい……」


 「いいい、言ってる場合じゃないです、逃げ、逃げないと……!」


 ゴーレムに見惚れているサラを無理やり引っ張るナナ。ノエルは床代わりの結界を解き、全員その場に立ち上がる。レイはゴーレムをよく観察しながらサラやナナの一歩前に出た。

これほど巨大なゴーレムには出会ったことがない。熊のような造形をしており、眼球と思われる部分は空洞になっている。

まるで山だ。


 「なんで急に……」


 「レイ」


 声をかけられ振り返る。

そこにはノエルが少し困ったような表情で立っていた。

その横にはキャロルが呆れたと言わんばかりの顔をしている。


 「ノエル……?」


 「ダイジョーブ、きけんはないよ」


 「え?」


 困惑しながらゴーレムの方へ振り返る。

確かにゴーレムは威嚇のような姿勢を保ったまま、こちらへ攻撃しようとはしていない。一体どうなっているのか。

すると今度はキャロルが面倒くさそうに言ってくる。


 「レイ、こいつを


 「……壊す? このゴーレムを?」


 「ああ、話はそれからだ。なるべく少ない攻撃回数で頼む」


 レイは疑問符を浮かべながら再びゴーレムを見上げる。

山のようにそびえ立つその巨体は、未だに動こうとはしない。威嚇の姿勢は保ったままだが、ノエルの言う通り今のところ危険は無さそうだ。

 

 「降格魔術でやりにくいとは思うけど、今解くと平原全体の方も解けちまうんだ。悪いな」


 「それは別にいいけど……分かった、やってみる」


 そう言ってレイは右手をゴーレムの方へ突き出す。

それと同時に、右手の周りの空気が歪みだした。魔力を収束させているのだ。

そのまま手のひらを開いた状態で、右手をわずかに後ろに引く。


次の瞬間。

レイの右手からゴーレムの方へ向けて、広範囲の爆撃が放たれた。


 「わお」


 「嘘……だろ……」


 ノエルとキャロルが驚愕の声を上げる。


 放たれた爆撃は全長100メートルを超えるゴーレムの巨体を、前方に見える風景の全てが燃え上がる炎で見えなくなる。

目の前で噴火でも起きたかのような光景に、キャロルはその場に座り込んでしまった。

それと同時に硝煙が辺り一帯に立ちこめ、サラ達は思わず目を閉じて咳き込む。


 「ごめんごめん、調整が難しかったんだ」


 「こういうのこの前もあったような……」


 先日の魔導士試験の日の事を思い出しながらサラは目を開く。

すると再びレイの右手から突風が吹き荒れ、辺りの硝煙を霧散させる。

そうして出てきた光景を目にして、キャロルが再び驚愕の声を上げた。


 「い……一撃……?」


 そこに先程までの巨大な影は無く。

粉々に砕け散った岩石がそこら中に散らばっていた。

サラとナナは特に驚く様子も無くその岩石に近づいていく。


 「……レイはホントにすごいまどうしなんだね」


 「いやすごいってか、怖いぞおい」


 ノエルとキャロルはあっけにとられながらも、同じように岩石に近づいていく。レイも辺りを見回しながらそれについて行った。

そしてノエルとキャロルに気になっていた事を問いかける。


 「ねえ、このゴーレムは何だったの? 何か知ってるみたいだったけど」


 「ああ、こいつはな……」


 キャロルが答えかけたその時だった。


 「クククク……」


 「?」


 どこからか笑い声がして、サラはキョロキョロと辺りを見回す。

そして先程までゴーレムがいた場所の中心。まだ岩石が転がっているその上にそれはいた。


 「え……」


 その姿を捕らえたサラは、

それは笑う。


 「クククク、ハハハハ、ハハハハハハ! 良い、良いぞ、実に良い! ハハハハハハ!」


 高らかに笑うそれは、

黒いコートに黒いハット帽を被ったそれを、アカによく似ているとサラは思った。

しかしアカとは違う。

その姿を、サラは知っている。


 青い炎の顔を持つ魔法使い。


 「略奪の、魔法使い……!」

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