―7―


薪をくべて暖炉の火を強くする背中を見るともなく見て、落ち着かなさにすぐに視線を逸らす。見知らぬ天井、大きな机。床に引かれたラグは大きな獣の皮をなめしたもので、壁にもいくつか角や牙が飾られている。いかにも狩人らしい、野性味のある部屋だ。


……大風が吹きつける嵐の夜、私は自分の家ではなく、先日友人になった男性の家に招かれていた。つまりは、ジオルドさんの家に。


 ギルドに居残っている男性たちと違って、ジオルドさんはそういうのを気にしないタチらしい。一人暮らしの私を心配して帰してくれなかったからついてきてしまったものの、いたたまれなさに早くも後悔している。振り切ってでも自分の部屋に帰ればよかった。


「静かだな、どうした」


借りてきた猫のように大人しく椅子に腰掛けていれば、作業しながら背中越しに声をかけてくる。何でもと濁せば、視線も向けないまま、


「緊張しているのか。そういう気配だ」


的確に言い当ててくる狩人の勘。鋭くて困る。


「ええ、まあ。実のところ、誰かの家で一夜を越すのは初めてで。ましてや、男性の家では」


そうか、と相槌を打ち、火勢を確かめてからこちらを向く。炎に照らされて濃い色の瞳がゆらめく。……何となく、彼も緊張しているように見えた。


「実のところ、俺も初めてだ。が、嵐の夜に友人を家に泊めることになんら問題があるとは思わない」


ぎこちなく笑みを浮かべ、それよりも手伝ってくれないかと唐突に言ってくる。


「何を?」


椅子から立ちながら訊けば、腕まくりしながら、夕飯の準備を、と呟く。


「一通り料理はできるが、女たちほど美味いものは作れん。手伝ってくれればありがたい」


ジオルドさんが慣れないなりに場を和まそうとしているのがありありと伝わってきて、ふっと肩の力が抜けた。


「……勿論お手伝いします。美味しいの、作ってあげますよ」


近付きながら、私もこれみよがしに腕まくりした。







狩人の家には色んな食材があった。干し肉や香草、木の実、寝かせてあったボーア肉と岩塩。嵐の前に買い足していたのだろう、根菜などの日持ちする野菜類と固めのパン。どれも豊富にあって、ディナーは贅沢なものが作れそうだ。


ジオルドさんには根菜類を大きめにカットしてもらい、その間に私は肉を処理する。筋を切り、叩き、塩と複数の香草をまぶしておく。馴染ませている間に干し肉を小さめに切り水を張った鍋の中へ。切ってもらった野菜の半分も一緒に入れ、かまどにかけておく。


手が空いたジオルドさんに次は固い殻で覆われた木の実を渡し、中身を取り出すように指示を出す。私はパンを厚めに切り、鍋の蓋の上に置いておく。これで鍋が沸騰する頃には温まる。その間に早々と木の実が剥かれていたので、受け取って小さく刻み軽くローストし、蜂蜜と混ぜて小皿に取り置く。


鍋の水が沸騰したら味を塩で整え少し火を落とす。しばらく煮るようにお願いして、ようやくメインディッシュに取りかかる。肉を一口サイズに切り、フライパンで焼き目をつける。そうしたら残りの野菜と一緒に蒸し焼きに。


ボーア肉と野菜の蒸し焼き、干し肉入り野菜スープ、パンと木の実入り蜂蜜という三品ができた。それぞれのプレートに取り分け、自分の分は自分で持って席につく。いただきますと一口。二口。目の前のひとの反応を確かめながら。


「……どうですか?」


訊けば、ジオルドさんの口には合ったようで、美味いと感想が返った。それはよかったですとほっこり笑いながら食を進める。


私より倍以上多くよそったはずだけれど、さすがに体格が大きいだけあってジオルドさんはぺろりと食べきる。食後は蜂蜜ティーを入れて暖炉の前に並んで座り一服。気付けばお互い気の抜けた様子だ。私の背も、ジオルドさんの背も、緩く丸まっていた。


「……明日の『見回り』、どうしましょう」


部屋の中は穏やかだけれど、窓の外は夜も更けていよいよ荒れ狂っている。ごうごうひゅうひゅうと風が叩き付け、氷の礫がばちばちと音を立てていた。


「明日は、外に出ない方がいい。中止だ」


そうですか、と小さな声で返す。そう言われることも、そうした方がいいことも、よくわかっていた。


「……どうしても行きたい、という顔をしているな」


見下ろすようにのぞきこまれ、顔ごと視線を逸らす。ジオルドさんは後を追うでもなく首を前に戻し、暖炉の火を見ながら、ずっと不思議に思っていたが、と前置きして問う。


「何故、この厳しい真冬に、ここへ来た?」

「それは、お金を稼ぐために」

「何故、金が必要なんだ?」

「……妹が病弱で、お金がかさむもので」

「嘘だな、それは」


問われるまま答えれば、ジオルドさんは躊躇いもなくばっさりと私の答えを切って捨てた。


「……何でそう言い切れるんです?」


目つきも声も剣呑になるのが自分でもわかる。ねめつけるように振り仰ぐ。視線がばちっとあった。


「普段から見ていればわかる。お前には、金を稼ぎたい者独特のがめつさや手抜き、ぎらつきがない。それよりも、仕事に対する執着のようなものを感じる。……何故、そんなに『見回り』を完璧にやろうとしているんだ?」


何を言ってるかわかりませんと一言言えば、ジオルドさんはきっと追及してこないとは思った。けれど、その言葉は喉につかえて出てきはしなかった。


「……確かに、病弱な妹なんていません。嘘をついたことは、申し訳なかったです」


私は観念し白状した。きっとどう繕おうと、この慧眼な狩人は見抜いてしまうと思ったから。


「……私には、お世話になった恩人がいて。高齢のお爺さんなんです、そのひと」


レイナートさんの顔を思い出す。私を保護してくれた、優しいお爺さん。


「お金を仕送りしたいのは本当です。妹じゃなくて、そのひとにあげたいんです。『見回り』につい力を入れてしまうのは……わかるでしょう? 高齢になればなるほど冬眠の危険度もあがる。遠くにいるお爺さんが心配で、冬眠してるひとのことが心配で、心配でしょうがなくて、熱が入ってしまうんです」




――冬眠できない私には、眠り続けるあなたたちの姿は恐怖心すら抱かせる。




ちゃんと『見回り』しないと何か起きるんじゃないか、このまま目覚めないんじゃないかとと思って……怖い。


ぽつりとこぼした声は、少し震えていた。


「……そうか」


何を言ったらいいかわからない、そんな様子で一言だけ返事を絞り出したジオルドさんは、しばらくためらってから、私の背にそっとその大きな手を乗せた。


「お前には、そう思えるんだな」


なだめるように、慰めるように、元気づけるように背を撫でる熱に、何だか泣きたいような気分になった。

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