El Estafador ~詐欺師~

平中なごん

Ⅰ やり手の大商人

 聖暦1580年代末……。


 遥か海の彼方に未知の大陸〝新天地〟を発見し、世界屈指の大帝国となったエルドラニア……。


 そのエルドラニアが新天地で初めて造った植民都市が、南洋に浮かぶ〝エルドラーニャ島〟最大の町――サント・ミゲルである。


 エルドラーニャ島を含むその周辺海域は新天地への入口であり、故にサント・ミゲルは旧世界との貿易航路の中継地として、孤島にある一都市ながらも大いに経済発展を遂げていた。


 エルドラニア人貿易商リカルード・テランツも、そんな新たな世界において巨万の富を築いた者の一人である。


 もともとそれなりの商人だった彼は新天地に金儲けの臭いを嗅ぎつけてエルドラーニャ島へ渡ると、サント・ミゲル総督府の役人と癒着することで貿易業へ食い込み、そこで得た利益を元手にさらに手広く商売を広げていた。


「――旦那さま、ヨシュアと名乗る商人が面会を願ってきております。見た感じや言葉の訛りからして、どうやらアングラント人のようですが」


 サント・ミゲルの港に面して建てられた、総督府にも比肩するコロニアルスタイルの大豪邸……そのテランツ商会の社屋も兼ねたリカルードの邸宅の書斎で、秘書であるチュス・イドォが彼に伝言を告げる。


「ヨシュア? 知らん名だな。仕事の話か?」


 大きなマホガニー材の机で書き物をしていたリカルードは、いかにもエルドラニア人らしい立派な口髭を蓄えた浅黒い肌の顔を上げ、強欲さの滲み出た眼光で秘書を見やりながら問い質す。


 そのがっしりとした体には金糸を存分に使用したほぼ金色に見えるシルクのプールポワン(※上着)を着込み、一見にして全身から成り金・・臭をプンプンと臭わせている。


「はい。本国へ商品を運ぶ船を用意したいので、ぜひ共同出資を願いたいと」


 対して地味な黒のジュストコール(※ジャケット)をビシっと着込んだ初老の秘書は、主人の質問に静かな口調でそう答えた。


「投資か? 儲かるんなら乗ってやらんでもない。よし。とりあえず話を聞こう。通せ」


「かしこまりました。では、お連れします」


 リカルードにとって、人間の判断基準は極めてシンプルだ……即ち金儲けになるか? ならないか? である。


 少しでも儲け話に繋がる可能性があるのならば、会ってみる価値は充分にある。


 リカルードはイヤらしい笑みを口元に浮かべて秘書に命じると、その見ず知らずの商人と面会することにした――。




「――と、言うわけでして、今回、本国へ向かう護送船団(※艦隊による輸送船)に便乗して、この島のプランテーションで採れたコーヒー豆を運ぶ船を自分達でも仕立てたいと……」


 数分後、リカルードの前には一人の商人風の男が立ち、自らの事業計画について説明していた。


 ダークグレイのストライプ柄ジュストコールを羽織り、首には白いジャボ(※ひだひだのスカーフのようなもの)を着け、黒髪をオールバックに撫でつけると細い目には片眼鏡を嵌めている。


「なるほどな。重武装の護送船団と一緒ならば海賊に襲われる可能性も低く、護衛の経費もかからん。安全かつ安上がりな商売ができるというわけだ」


「はい。荷はすでに準備できてます。船とそれを動かす人員もこちらで用意しますんで、テランツ商会様にはそのための資金を用立てていただければと……」


 相手を値踏みするように見つめて説明に頷くリカルードに、そのヨシュアと名乗る片眼鏡の商人は、手をすりすり擦り合わせつつ、愛想笑いを浮かべて本題を切り出す。


「こちらは何もせず、ただ金を出すだけでいいということだな……よし。いいだろう。それならお安いご用だ」


 すると、わずかに思案の時を置いた後、リカルードは意外なほどあっさりと頷いてみれる……かに思えた。


「ただし、売り上げの分け前は8:2だ。もちろんこちらが8だ」


 しかし、リカルードはその代償として法外な分け前の率をふっかけてくる。


 大帝国の豪商とどこの馬の骨ともわからぬ無名の商人、出資する方と金を借りる方……その力関係を楯にアコギな取り引きをしようとしているのだ。


「8:2!? そ、それじゃあこちらの儲けになりませんぜ! やっぱりここは5:5…それがダメならせめて6:4にしていただかねえと……」


 無論、そんな悪条件を飲むことはできず、ヨシュアは驚きに細い目を見開くと、思わず片眼鏡を落としそうになりながら慌てて交渉を始める。


「なら、最大に譲歩して7:3だ。それが嫌ならこの話はなしだ」


 すると、リカルードもすかさずわずかに譲歩した案を提示して、なおも自らに有利なように話を進めようとする。


「7:3……うぅ…仕方ありやせん。それで飲みましょう」


「フン。いい判断だ。金はすぐに用意してやるから安心しろ、ガレオン船一艘仕立てられる分でいいな?」


 金を借りる側の立場ではやはり逆らえず、渋い顔で唸りながらもやむなく条件を飲むヨシュアを満足げに眺め、リカルードはニヤリと口元を歪めると見るからに悪どくほくそ笑んだ。


「はい。どうぞよろしくお願いいたしやす。また船の手配ができましたら、かかった経費の額をお伝えにきやすんで。今日のところはこの辺で……」


 口では礼を言いながらも、ヨシュアは眉間に皺を寄せたまま挨拶をして部屋を出てゆく。


「旦那さま、よろしかったのですか? 見ず知らずの者の話を簡単に承諾してしまって……」


 来客が姿を消すと、早々、秘書のチュス・イドォがリカルードに尋ねた。


「なに、かまわんさ。何もせずに金が増えるんだ。乗らん手はない。大した出資額でもないしな」


 対してリカルードは再び口元を歪めながら、まったく問題はないというように答える。


「とはいえ、確かに念には念を入れるべきだな。一応、身元を調べておいてくれ」


「はい。かしこまりました。では、さっそくに……」


 だが、それでも一代でのし上がってきた大商人、用心深いリカルードは簡単に商売相手を信用はせず、予期せぬ危険も回避すべく秘書にそう命じた――。

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