比喩

 無理。そう言って投げ出したくなる。

 私は比喩が大の苦手だ。比喩の苦手は説明しようとする事物の理解不足だとする説もあるが、うるせーのである。知っておる。とはいえ、不貞寝をしていても比喩はうまくならない。

 だから、頭をひねる。


 比喩には直喩と暗喩がある。


「うぇーい作者くん見てるー? 今から直喩ちゃんを河馬かばのようにしちゃいまーす」


 これが直喩で、


「うぇーい作者くん見てるー? 今から暗喩ちゃんを河馬にしちゃいまーす」


 これが暗喩だ。


 とか言ってっと『渋谷はコンクリートジャングルだった』が渋谷さんはコンクリートジャングルなる病に苦しむ美少女と理解するバカがでてくる(私だ)。小説を読むの向いてないよと言いたくなるが、そういう人にワカラセするのが小説の作者だ。分からんけど。


 比喩ですよと言外に伝えつつ、魅力的な比喩を書きたい。書きたいが、書き方がまるで分からん。


 まずもって分からんのが、ため息の漏れるような比喩を書ける人の脳内構造だ。

 実は(というほどのことでもないが)、最近カクヨム甲子園2020の受賞作を読んで、うわあ、となったのである。綺麗な文章だあ、みたいな。


 この手の作品を読むと、私には逆立ちして町内一周しつつ鼻からピーナッツを食っても書けないんだろうなと、絶望する。


 これまでに私が手掛けてきた比喩で(私的に)最も秀逸だったのは、『捨てるつもりで投げた空き缶がゴミ箱に刺さったような気分』である。直喩だ。『刺さった』で止められないあたりに才能のなさが溢れておる。


 しかも私は、マジックリアリズム的手法というか、エブリデイ・マジックな趣をもつ作品をよく書く。つまり、


 私はゴミだ。


 とか書くと、マジでゴミだったりする。読みやすさを重視するなら、暗喩は封印しなくてはならないのだ。文字通り。


 たとえば私の代表作『シリアナの女王と破滅のアジフライ』では、主人公がヒロインのひとつ『扉』を濃厚に解錠する。もちろん扉さんという美少女でもない。ガチの扉だ。字面だけだと意味わからんでしょうが、それは読んでください。エログロが含まれるので苦手な人は避けるように。

 

 ともあれ、こんな作風で暗喩を使おうものなら、分からんにわからんが重なって分かわからんらんになる。だから避け、避けるから下手になる。ホントか?


 そもそも暗喩は伝わりにくいからこそ決まるとブッ飛ぶ。分からんなりに、一本の小説で一発キマればいいと思う。だが、チャンスの場面に代打で登場どんな球でもタイムリーと言われても、私は現・東京ヤクルトスワローズNo. 5川端慎吾ではない。


 一本の小説で三回の暗喩チャンスがあり、内、一発が当たればOKか。とんでもない。三割バッターは天才である。大半は二割二分から二割五分の範囲に収まる。四回のうち一発でも暗喩が決まればプロを名乗れるのだ。


 暗喩は四つも思いつかないって。


 そもそも比喩が上手い人というのは、世界が本当にそのように見えているんじゃあるまいか。私の濁った眼を通して見る世界は、そんなに綺麗じゃないぞ。鬱傾向が強い人は現実的なんて話があるように、私のドライアイを通すと世界まで乾くというか、枯れてしまうのである。昔から。なんでだ。分からん。


 なんか機会があったら、どうやったら世界が瑞々しく見えるのか聞いてみたい。

 たぶん。ほーん。って言って内心、忸怩たる思いを抱えるのである。

 分からんけど。

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