水槽の中の脳

第27話 カプセルの中の人。

 保の脳はマザーコンピュータとつながれ、大切に保管された。これまでの科学の進歩を二百年は縮めたという。

 その脳は今でも大事にコンピュータとして保護されている。サイコ粒子のコピーで残った脳を保管してある。他にも著名人やスポーツマン、医者、弁護士などなど。様々な人々の脳を水槽に入れ、保護されている。

 彼らには一つの特徴があった。それはサイコ粒子の量が多いことだった。

 新しく産まれた保はそれをテーマに研究を始めた。

 ワトソンと一緒に消え残った〝スワンプマン計画〟。その傍らでサイコ粒子の研究を行ったのだ。

 水槽の中の脳。

 二代目、保の脳は今でも生きている。脳だけになりながらも。それは他の著名人やスポーツマン、医者、弁護士などにも言えたこと。

 この研究所の中で今もひっそりと生きている。

 彼らの頭脳を持って今のマザーコンピュータは機能している。


 時間が経ち、カプセルアクア01に映る顔がある。

 半間はんま博人ひろと

 その特異性に注目され、量産のため、クローン人間を十数名作成した。

 彼は特異なサイコ粒子の持ち主だった。それを足がかりに、サイコ粒子欠乏症を治す、治療薬として彼を保存した。

 その粒子供給のお陰で抜きん出た結果をもたらした。

 すべての精神疾患の回復。

 それが新聞の見出しにのると、民衆はまたも保をはやし立てた。

 その頃にはもう保の心はすり減り、疲弊していた。自分のやっていることがどんなものかも分からずに。

 眠っている遺伝子の活性化にも寄与した。

 そんな中、進みすぎた人類の科学を否定する反政府組織〝ギリトーゼ〟が立ち上がった。

 保は国際条約により保護され、未だに研究を続けていられた。名前も姿も変え。

 ギリトーゼに身柄が割れたのは俺、半間の存在が世に知れたから。

 コロニー内部を案内されたとき。そのあとのご老人・半間さんの存在だ。

 彼らの行動から保の居場所を割り出し、ギリトーゼは攻めてきた。

 暴力で解決しようとするのはいつの時代にもいる。

 そう諦観し、保は自分のオフィスから出ようとはしなかった。これで本当に終われる、と。安堵したのかもしれない。

 半間のサイコ粒子を元にラプラスの悪魔・未来予測を行った。その結果は保は死ぬまで研究に使われ、最後はギリトーゼのコンピュータにされる、ということだ。

 そんなになるなら。と諦め、保は運命を受け入れた。

 死にたくても死ねない。誰も死なせてはくれなかった。

 そんな〝死〟に対する憧れのようなものを抱く保は、今度は半間によって生きながらえようとしている。


「まだやることがあるだろ! 保!」

 俺は叫び、彼の悲痛な思いを聴いた。

「わしはもういいんじゃ。年じゃよ。もう死なせてくれ」

「それだけの才能を持っていて、なんで活かそうとしない! お前一人の命なら、死んでもかまわん。でもまだ数千の命が、お前には救えるんだぞ!」

 俺は意識の中で保の胸ぐらをつかむ。

「それはこれから起こる拷問で分かるじゃろうて」


 ザザッ。

 ノイズが走る。


 視界が、宇宙服をきた人に映る。ヘルメットをかぶっているため、男か、女かも分からない。俺は椅子に座っていた。

 その手に握られた鉄パイプを見て、ぞっとする。

 その人は何度も、何度も陰部を鉄パイプで叩き始める。

「これで分かった? 保博士、あなたは救世主なんかじゃない。ただの悪魔・マッドサイエンティストよ!」

 ようやく声で女と分かる。

 しかし、保は救世主として生きたわけじゃない。

 自分の論文を捨てるほどに人類を、人を愛していた。それがいつからか歯車が壊れ、研究に没頭するようになった。

 その恩恵を受けながらも、科学の進歩を否定するギリトーゼ。

「これで白状する気になるかもね」

 一本の注射針が保の腕に刺さる。

 自白剤とわかり、俺はもがくが、手かせも足かせもされていては抵抗のしようがない。

 全身を巡る自白剤。

 頭の中が真っ白になり、気持ちよさでクラクラする。

 無意識下で、すべてを話してしまった。

 そして俺は目を覚ます。

 実際に肉体にダメージがあったわけじゃない。

 所詮、記憶だけのものだ。

 カプセルから這い出ると、理彩と玲奈が同時に顔を向ける。

「博人! 大丈夫?」

「半間くん、顔色が悪いわ」

「ああ。大丈夫だ。でも嫌なものを見た。保がこうなったのは薬物が原因だ。中和剤を投与すれば助かるかもしれない」

 俺はすかさず壁に置かれた薬剤を見て回る。

「でも、保博士の記憶を得たのなら、半間くんが指導すれば、カプセルのみんなは助かるんじゃない?」

 玲奈が軽いのりでしゃべりだす。

「そうそう。保さんはもう……」

 その先の言葉を言うのが辛いのか、理彩は言葉尻のトーンが暗いものへと変わっていった。

「いや、大丈夫だ。まだ生きている」

 俺は確信めいた声で、薬剤を見つける。

 抗自白剤。なんともネーミングセンスのかけらもない薬剤だが、基本的にはこれを処方すればいいはず。

 あとは量か。

 注射一本の自白剤を打ち消すなら……。


 俺は処置を終えると、額に浮いた脂汗を拭き取る。

 これで保はもう大丈夫だ。

 数分もすれば息を吹き返すだろう。

「保はもう大丈夫だ。代わりにカプセルの方を助けたい。手伝ってくれるか?」

 俺は理彩と玲奈に問う。

 これまでも、ここからも、人助けではある。だが、それには責任がつきまとってくる。

 人の命は重い。それを知っているからこそ、彼女たちは逡巡してしまうのだ。

「分かった。大丈夫。手伝うよ」

「私も、人助けはいいことよ」

「ありがとう」

 二人の言葉に目頭が熱くなる思いだ。

 感謝の気持ちを露わにし、俺はカプセルの中で眠るみんなのところへ戻る。


 カプセルの中ではすでに酸素管理ができていなかったのか、アラートを鳴らしている人々がいる。

 すぐに酸素供給を行い、彼らの動向を見守る。

 だが、二十二人はすでに手遅れで、酸素の供給が間に合わなかった。

 死んでいった者たちへの哀悼をする間もなく、次のアラートが鳴る。

 栄養の不足。特に鉄分の不足とある。

 カプセルの近くにあるコンピュータで一括管理されている。操作もそのコンピュータで行うシステムになっている。

 急いで鉄分を含んだ栄養を供給する。

「彼らはなんで起きないんだ……!」

 俺は苛立ちを露わにし、必死で記憶の中を探る。

 でも睡眠導入剤で俺が起きたのだ。そんな前例に基づいた解決法では無理があるらしい。

 つもるところ、なぜ目覚めたのか、分からないということだ。

 それで、俺の記憶をたどってみる。

 そうなると、強いショック。特に友人の〝死〟や、自身の〝死〟。そういったショッキングな映像により、目を覚ますらしい。

 らしいが、〝死〟の記憶を残すと、精神にダメージがいき最悪の場合、死に至る。

 そんな危険なことはできない。

「カプセルはあっちにもあったよね? 私みてこようか?」

 玲奈が気遣うように俺を見てくる。

「ああ。頼む」

「分かったわ」

 玲奈が出ていくと、俺は理彩と二人きりになった。

「理彩、どうしてこの、人たちは起きないのかな?」

 その人の中には葵もいる。

 彼女が生きているのが俺にとっては大きな意味合いになっている。

 だが、まだ予断は許さない。

 葵は一人寂しい世界で生きている。データを見ると日本の戦国時代くらいか。

「さあ。夢の中の方が幸せなのかも」

「怖いことを言うな」

「実際そうでしょ。わたしが目覚めてから悪いことの連続だし」

 理彩はどこかふてくされたような顔をしている。

 分かっている。俺がかまってやれないから、唇を尖らせていると。

「ごめんな。理彩。でも、今は人助けの方が重要なんだ」

「………………そのくらい分かっているって」

 理彩は寂しそうに呟くのだった。

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