第18話 ラプラスの悪魔

 頭にホットナイフを刺されたような痛みに、身体がよじれる。

「――――――――っ!!」

 痛い痛い痛い。頭が割れるようだ。

 ビービーと電子音が鳴り響き、俺がカプセルから飛び出す。

「なにをした!? 保」

 俺は怒りの声で保を呼ぶ。

「なにって、これまでのデータを解析・処理するためにお主の脳を借りただけじゃが?」

「それで、なんでこんな痛みがともなう!」

 俺は激高のままに、言いたいことがまとまらずに叫ぶ。

「そりゃ、データを脳に送っておるからのう。少しばかりの痛みはともなうじゃろ」

「死ぬほど痛かったぞ!」

 怒りのままに保につかみかかる俺。

「半間くんのサイコ粒子を利用すれば未来予測が可能だ。そのためなら犠牲もいとわない!」

「そんなに未来がみたいか! 俺は嫌だね!」

 保のにやけづらが気に食わず、互いに怒りをぶつける。

「お主の犠牲でこれからの人類のあり方が分かるのじゃぞ! 光栄だとは思わんのかね?」

「俺がいなくなれ、ってことかよ! とんだマッドサイエンティストだな!」

 俺が死ぬのを見過ごすような社会なんて消えてしまえ。

 そう思い、保を殴りつける。

 反動で身体がよろめき、その場にへたり込む。

 衝撃でメガネが落ち、ふらつく保。

「保先輩! 何をやっているのですか! 大丈夫ですか? 半間さん」

 仄日と言ったか。一人の若い女性が話しかけてくる。

「まさか。研究目的を話したのですか? 保先輩」

「いや。そこまでは話していない。ただ未来予知の可能性を実験しておった」

 仄日が目を丸くし、保に食ってかかる。

「その話もしちゃいけないでしょう! それに検体の脳負担を軽視してはいけないと、あれほど言ったのに!」

 怒りを露わにする仄日に、たじろぐ保。

「すいません! 半間さん」

「い、いや……」

 仄日の申し訳なさそうな、所在なさそうな顔に当てられ、毒気も抜けた。

 しかしながら気になることを言っていたような。

「研究目的、って?」

「おお! よくぞ、興味を持ってくれた!」

「保先輩!」

 話したがっていた保を遮るように、鋭く言い放つ仄日。

「そうじゃった。そうじゃった」

 たはははと乾いた笑いを浮かべる保。

「もう一度聴く。研究目的はなんだ?」

「……」

 今度は保も仄日も黙ってしまう。

「何か問題でもあるのか? あるんだよな。俺たちに黙っている必要が」

「しかたありませんね。話します。ただし他言無用で」

 仄日はため息を吐き、ようやく口にする気になったらしい。

「お、おい。仄日くん」

「大丈夫です。プランBです」

 仄日は唇に人差し指を当て、しーっと言う。

「さて。この世界にはスキアがいます」

「知っている。夢の世界で散々聞かされた。それにこっちでも退治した」

 それはまぎれもない事実。五分前に作られた話じゃない。

 ただ怖かった。それがスキアに抱いた感情だ。

「で。そのスキアは人間の負の感情から生まれる、って俗説があるんです」

「負の感情?」

 疑問に思い訊ねる。

「はい。その研究のため、みなさんから負の感情をもらっているのです」

 仄日が壁一面に貼り付けてあるカプセルを見やる。そこには老若男女の人々が閉じ込められている。ただ、若い人が多いように感じるが。

「それで、スキアはできたのか?」

「いえ。スキアがよってくるのは証明されましたが、それ以外のことは……」

 スキアにとってのフェロモンか、何かなのだろう。ということはずば抜けて明るい人は襲われにくいというのか。逆に陰キャは襲われやすい、と。

 なんとも世知辛い世の中だ。

「でも研究結果のお陰ですが、半間さんのサイコ粒子がスキアに有効と分かりました。これだけで世界の救世主ですよ! 他のコロニーの人々にも希望を与えています! 感謝です!」

 目をらんらんと輝かせて、俺への賛辞を述べる仄日。

 俺はこの仄日をあまり知らない。だが、その瞳の奥には心の強さが見てとれる。


 ――この人なら信頼できる。


 そう直感したのだ。

「これからもよろしく頼む」

「それで、保先輩は何をつかんだのですか?」

 仄日が眉をつり上げ、問い詰める。

「い、いやちょっとしたシミュレーションじゃよ。スキアの行動原理を理解しようと――」

「その研究はもう終わったでしょ。彼らに知的生命体としての能力はない、そう学会でも決まったはずです」

 中止した研究を、彼は諦めていないというのか。

 しかし、スキアの行動原理か。確かに、不明瞭なところは多いが、なんの理由もなしに人間を襲ったりするのだろうか?

 地上、地球ではどう過ごしているのかも気になる。

 彼らはどこからきて、何を求めているのか。

 その行動原理を理解できれば、確かに予防や倒すことなく、地球を奪還できるかもしれない。

 夢で見た、あの青々とした地球がまた人間の手に戻る。それは望ましいことなのだけど……。

 どうも保の意見には引っかかりを覚える。

「すまんな。様々な理由から半間くんにはカプセルでいてもらっておる」

「それはいいですけど、何をインプットしたのですか?」

 俺の記憶にはグロテスクなものやスキアに食べられる人間の記憶・感情が入り込んできた。あれは身体が拒絶反応を示すわけだ。

「死ななかったのは、それに合わせて幸せな日々もいれたからのう」

「それで、何が分かったんです? 保先輩」

 仄日が苛立ちを見せる。

 ここの人間関係は複雑そうだ。

「なに、ちと先の未来を予知したのじゃよ。隕石群の飛来じゃ」

「隕石!?」

 仄日が泡を食ったような表情を浮かべる。

 ピンと来ていない俺は首をかしげる。

「どうして悪いんだ? 大気圏で燃え尽きるだろ」

「な、何を言っているのですか? ここはスペースコロニー、宇宙に浮かぶ、人工の島ですよ!」

 スペースコロニーは大気圏よりも上の、宇宙に存在する。なら大気圏で隕石が燃え尽きることはない。その前にぶつかる。

「じゃから、わしが提案した圧縮炉を使う時がきたのじゃ。隕石回避ができるぞい」

「すぐに上層部に掛け合ってきます!」

 仄日が言ってしまうと、残された俺と保はバチバチと火花を散らす。

 先ほどの件が片付いたわけではない。

「もう一度寝るかい?」

「冗談でしょう?」

 先ほどの話を聞き、痛みを覚えている以上、否定するのは当たり前だ。

 それよりも、相当量のデータをインプットさせられたが、記憶を探っても訳の分からない情報ばかり。

 これが本当に予測に必要なのか?

「ラプラスの悪魔は、そのデータ収集と計算力が問題じゃった。だが、今の時代ならそれも可能。これは胸躍る展開だとは思わんかね?」

 先ほどよりも冷静になった保はそう告げる。

「未来になんて興味ありませんね。知ってどうなるというのですか?」

「さっき、役だったばかりじゃないか」

 仄日の焦った顔が思い浮かぶ。

「隕石の回避」

「そうじゃ。だからわしは研究を続けておる」

 確かに実用性は高いが、俺は計算機ではない。個人の意見・人格を尊重しないやり口に憤りを覚える。

「だからって、俺が犠牲になる必要はどこにあるんですか?」

「特殊サイコ粒子を持つ、覚醒者ウエイカーは通常よりも脳の回転が速い。じゃからスーパーコンピュータ《如月きさらぎ》よりもより高水準なデータを収集できる」

 そう言ってパソコンのモニターを近づける保。

 そこにはコロニーの地図と、そこにいる人々が赤い点で記されている。

「これがなにか?」

「まあ、見ておれ」

 クリックすると、赤い点と重なるように青い点が現れる。しかも青い点が先に移動し、その後を赤い点が追いかける形で動いているではないか。

「これって……?」

「未来予知の完成じゃ!」

 にやっと口の端をつり上げる保。いかにもやってやったぞ、と言いたげだ。

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