第20話
宮崎紗弥加との歪んだ関係を後悔したことがあった。
いつの間にか俺達は普通の友達という関係に戻っていた。セックスはもちろん、ハグさえもしない。
でもあの日、宮崎はその関係を崩そうとした。そうなれば、きっとまた歪んでしまう。俺達は同じことを繰り返してしまう。
だから、それじゃダメで。
俺は宮崎が好きだ。今までも、今でもずっとその気持ちは変わらなくて。
その気持ちがあるのだから、答えはもとより一つだった。
人を好きになって、そうなると自然と生まれる感情。誰もがそうなることを願う幸せのカタチ。
「……俺は、宮崎を支えたい。これから先もずっと、彼女の笑顔を見ていたい。友達としてじゃなく、セフレとしてでもなく、恋人として」
ただ、それだけだった。
答えは最初から俺の中にあった。
でも、それを認めるのが怖くて気づかないふりをして、悩み続けた。たったそれだけのことだったのに。
寛子さんが、一歩踏み出す勇気をくれた。背中を押してくれたのだ。
「だったら、やることは一つだよね」
「……はい」
この人に出会えてよかった。
セックスフレンド。世間ではそれを悪く思う人がほとんどだ。
セックスが愛を確かめ合うことだと思っているからこそ、好きでもない相手と体を重ねることに嫌悪感を抱く。
間違った関係。
最初の出会いはそうだったとしても、こうして大切だと思えるくらいに存在が大きくなることはある。
俺は寛子さんとの出会いが間違いだとは思わない。
「ありがとうございます。やっぱり寛子さんに相談してよかった」
「そうでしょ? 私はこう見えて、頼りになるお姉さんだからね」
「知ってます」
そう言って、俺は笑った。
すると寛子さんは立ち上がり、俺の横に移動してくる。肩が触れ合い、彼女の体温が伝わってくる。
「もし、翔太クンが宮崎さんとお付き合いすることになったら、私達の関係はそこで終わりだね」
「え?」
突然語られるそのことに、俺は思わず声を漏らす。
俺と寛子さんを繋ぐのは快楽の糸だ。セフレという関係は、確かに恋人がいるなら本来あるべきものではない。
「寛子さんから、それを言うんですね?」
「どうして?」
何となくだけど、このままずるずると関係は続けていこうと提案されるかもとか思ってしまっていた。
「いや、何となくですけど」
誤魔化すように言うと、寛子さんはくすりと笑う。
「セフレっていうのはね、互いの利害が一致して初めて成り立つ関係なんだよ。どちらか片方が関係を拒んだ時点で、それは終わる。翔太クンが、彼女作って幸せになろうとしてるんだよ? 私と一緒にいたらきっと不幸になっちゃうから」
寛子さんの顔は見えない。
俺の肩に頭を乗せて俯く彼女は今どんな顔をしているのだろうか。
「そんなの嫌じゃない? 私、こう見えて君のこと結構好きだったんだ。ここまで人を好きになったのは、学生のとき以来だと思う。あんまり人に執着はしないタイプだったから」
「寛子さん……」
「勘違いしないでね。だから付き合いたいとか、そういうことが言いたいわけじゃないから。宮崎さんを応援する君とどこか似ているのかも。私は、心の底から君の幸せを願ってる」
その時。
彼女の手が俺の手と重なり、指が絡められる。俺はそれを拒まずに受け入れた。
「ねえ、翔太クン」
「はい」
「私の最後のお願い聞いてくれるかな? 今日の相談料とでも思ってさ」
「大金は持ち合わせていないので、それ以外なら何だってします」
「最後にセックス、しようよ」
寛子さんがそう言うことは何となく分かっていた。
これでも結構長く一緒にいたのだから、それくらいは察してしまう。
「恋人がいる人とするのはいけないこと。でも、君は今はまだ……」
「分かりました」
縋るような寛子さんは、今まで見たことがないくらいに弱々しく見えて、だから俺は優しく答える。
「ほんとに?」
「ええ。楽しみましょうよ、最後に、全力で」
多分。
それが俺にできる彼女への最高の恩返しになるのだと思う。だって、俺達は今までずっとそうだったから。
でも、だからと言って別に同情だけで言っているわけではない。
彼女との別れを惜しんでいるのは俺も同じ。
俺達を繋ぐセックスというものがなくなれば、その関係は瓦解する。
だったら。
最後くらいは全力で楽しもう。それが寛子さんから襲わった大切なことの一つだ。
「ハードなことしてもいい?」
「可能な限りは付き合います」
「一緒にお風呂も入りたい」
「もちろん」
「君の性液空っぽになるまで吸い尽くしてもいい?」
「ええ、もち……それはできれば勘弁していただきたい」
「だめ」
そう言った寛子さんは俺の顔を見上げる。そして、おかしそうに笑った。
「最後だもん。とことん付き合ってもらうからね?」
その日。
俺達は時間が許す限り、互いを求めあった。
本当に空っぽになるまで付き合わされるとは思わなかったけど、最後かと思うとそれも名残惜しく思えたり……は、しなかったけど、時間の経過が惜しいと思ったのは久しぶりだった。
こうして。
中野翔太と佐橋寛子の関係は終わった。
終わってしまった。
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