第4話 試練を越えて

 澄みわたる空の下、陽光が地上にいる者達を容赦なく突き刺す。


 ジリジリと肌が焼けるような暑さの中でも、そんなことは関係ないと言わんばかりに激しくぶつかり合う二人ふたりの男達。


 雅司がこの世界に来て23ヶ月が過ぎ、気温が上がり本格的に夏に入る季節―――― もうすぐでちょうど2年になるというのに変わらず、ここ【肆煉島しれんとう】での組み手は、いまだに続けられている。


「もらったー!!」


 ガジンの攻撃をかわし、ふところに入り込んだ雅司は自分の両手の付け根を合わせて両腕を突き刺しガジンの体にてのひらを触れさせると、それを回転させるように押し込む。


もだえ苦しめやジジイ!! 浸透崩天掌しんとうほうてんしょう


 雅司は相手の体内に氣を送り込み相手の内臓にダメージと氣の流れを乱す技をガジンに放つ。


「ふん! ぬるいわぁ!! 氣のりが甘い!」


 技をくらったはずのガジンだったが自身の氣で雅司の氣を跳ね返す―――――― 跳ね返された氣は雅司の腕に伝わり、雅司の腕からは破裂するような痛みと痺れが襲い腕が上がらなくなるほどの深刻なダメージを与える。

 雅司は激しい痛みに「いっ」とうめき耐えながらも素早く後ろに下がり距離をとる。


 ガジンから離れた雅司は、すぐにでも集中して【乱れた氣の流れ】をただして、使えなくなった腕を治そうと試みるが間を空けず追ってきたガジンがそれは許さぬとばかりの細かい拳打を打ち続ける。


 集中力を乱されて治療の出来ない雅司はガジンが止めの一撃で大振りになるところを見計らって自身の現在出せる最大威力の蹴り技を放つ。


「立て直すのが遅すぎるぞい! 殺塵拳せつじんけん


「オリャア!! 猛蹴撃もうしゅうげき


 靈壊殺塵りょうかいせつじんの下位互換である赤く光る拳打の殺塵拳せつじんけんを紙一重でかわして同じく赤く光る波動のちからまとった蹴りを放ちガジンをその場から吹き飛ばす。


 吹き飛んだガジンは空中で体勢を整えると何事もなかったように着地をし、再び雅司にせまる―――――― が、距離が最初より空けていたおかげでガジンがせまり来る前に雅司は気合いのこもった息を吐き、動かなくなっていた腕を治療すると、すぐさま目の前にいるガジンを迎え撃つ。


鬼爪角きそうかく


「うぉぉ!! 鬼哭砲きこくほう流転丸るてんがん


 ガジンが突進力と貫通力のある赤光の貫手を雅司の右胸を狙って放ち雅司は相手の中に衝撃を伝え氣を乱す掌底技とそれでは足りぬとばかりに波動技との合わせ技でもってガジンの貫手を打ち挙げようとする―――――― が、完全には軌道を反らすことが出来ず、ガジンの貫手は雅司の肩をかすめ僅かばかり肩が裂けてしまい、そこから血が流れ出す。


 それでも構うかと雅司はさらに踏み込みガジンに殺塵拳せつじんけんを叩き込む―――――― 乾いた音が聞こえ、自身の赤く光る拳の先に目を向けると、そこには―――――― 雅司の拳をてのひらで包んでいるガジンのニヤけた顔が現れる。


 雅司はすぐに離れようとするがガジンが拳を掴んでいる為、離れられない――――「ならばその腕を」と決意して、雅司の拳を掴んでいるガジンの腕に空いている腕で赤光の手刀を振り下ろす。


「離しやがれ! 鬼手吭斬きしゅこうざん


「うぉっと……危ないのう。貴様、今のは本気で儂の腕を斬り落とそうとしおったな?」


 雅司の振り下ろした手刀はガジンに腕を掴まれたことによって阻まれ、そのまま腕を持ったまま投げ飛ばされては地面に背中から叩きつけられ――――――「うっ」と呻く雅司の頭をガジンが踏みつけている。


「チッ……腕を斬り落としたって、どうせくっつくんだろ? 化け物め!」


「まぁ、確かにくっくし、何よりあれぐらいでは儂の腕は斬り落とせんがな……貴様、儂に対して躊躇せんからのう。少し驚いたわい」


「何嬉しそうな顔で言ってやがる。ただでさえガバガバな隠れ方してる方言が隠れてないぞ」


「うむ、つい嬉しくてな。気分が良いから本日の組み手はこれで終了してやろう」


 ガジンが足をどけると雅司はすぐに立ち上がり自身の肩の傷を気合いの入った息を吐くことで癒すと肩の調子を確かめる。


 問題がないことを一通り確認するとタイミングを見計らってたのかガジンが腕組みしながら話し掛けてくる。


「おい雅司、予定より遅くなったが貴様には明日、試練を受けてもらうぞ」


 あまりの突拍子もない事をいきなり言われた雅司は顔をしかめて不満そう表情をしながらも続きを促す。


「いきなりだな……何すりゃいいんだよ」


「妖魔と戦ってもらう」


「本当にいきなりだな……」


 思い出されるのは、ここに着て初めて出会った青い鬼熊――――――死に物狂いで逃げ出した日を思い出し、嫌な顔をするよりも獰猛な笑みを浮かべ闘志を燃やす。

 待ち望んでいた時が来た――――――雅司はかつて追い詰められた鬼熊にいつかリベンジするのを虎視眈々と狙っていたからだ。

 それが済みさえすれば次の目標に専念できる。

 ガジンを殴り飛ばすという目標を――――雅司はいまだガジンにまともな一撃を食らわせたことがない。一度もない。恨み辛みはある。沢山ある。


「おお、闘志を燃やしておるな。しかし、やるのは明日だ。しっかりと準備をして休むがいい。儂は明日の為に、しばしここを離れる。朝迎えに来るからその時までにその闘争心を絶やすでないぞ?」


「あぁ、わかった!」


 その後すぐにガジンは何処かに消えていき、泉の側で雅司は一人になる。

 はやる気持ちを抑え、その日は念入りに型稽古をして休む。





 翌朝、雅司は目覚めるとガジンはまだ帰ってきておらず、仕方無しに型稽古をする。


(靈壊殺塵りょうかいせつじん……チッ! ……これじゃあ、ただの殺塵拳せつじんけんのままか……殺塵拳せつじんけんはすぐにでも、出来たけど赤黒くなんねぇ……どんなに溜めても練っても変わらない……どうしたらいいんだ?)


 無衣魘魎流殺法むいえんりょうりゅうさっぽうの究極の一撃――――― 雅司はガジンから教わった中でも唯一習得出来てない技を試すが、未だマグレでも成功したことはなく、本日も失敗した為、何がいけなかったのか考えながらも、すぐに諦めて他の型稽古を続ける。


 型稽古をして身体が温まったところでガジンが帰ってきたので稽古を止めてガジンの元へと向かう。


「遅かったなジジイ? もう行くのか?」


「あぁ、貴様の相手を見繕うのに少々、手間取ってな。殺しもせず弱らせることもせず闘志を高めて封じるなぞ、なんて面倒くさいことか……準備がよければ連れていくがどうする?」


「ああ、すぐにでも連れてってくれ」


 ガジンの確認に雅司が頷くと、すぐにその場を離れ、雅司の相手となる者の元へ向かう。

 連れてかれた場所は過去に鬼熊に追い掛け回され、足を踏入れた壁のようにそびえ立つ岩崖の麓で目の前には大きな岩が崖にくっつくように安置している。


「フンッ!」


 ガジンが安置された岩を横から殴る―― 岩は粉々に砕かれ、その先には洞窟のような洞穴が現れる。


 ガジンがその場から一瞬で離れ何処かに消えると洞穴の中からおびただしい殺気の気配がして、雅司は即座に構えて冷や汗をかきながら洞穴の中を注視する。


 やがて地面を割るかのような地響きと共に青黒い巨体が現れる――――――鬼熊だ。しかも、以前に遭遇した鬼熊よりも角や牙は鋭く体も大きい、何よりも醸し出す雰囲気で前の奴よりこちらの方が圧倒的に格上であることがわかる。


 強い闘気て闘志が萎縮する。動く勇気が出ない。この場から去って逃げだしたい。濃密な死の気配に恐怖を感じる。


「グァォウ!!」


 動けない雅司に追い討ちをかけるかのように空気が震える程の咆哮をし鬼熊が襲い掛かってくる。

 雅司の目の前まで迫った鬼熊は自身の巨腕を振り上げ爪を立てて雅司に差し迫る――――


「うぉぉぉお!!」


 鬼熊が振り下ろした腕を咄嗟とっさに雅司は雄叫びを上げながら猛蹴撃もうしゅうげきで鬼熊の腕を蹴り上げる。

 腕を弾かれ驚いて硬直している鬼熊の顔に雅司は流転丸るてんがんを放ち、怯んだところで後ろに飛び去り距離を取る。


(ハァハァ……ハハッ……何をビビってやがったんだ俺は……いつもの事じゃねぇか! 相手がジジイじゃねぇってだけじゃねぇか!!)


 そう、いつもの事である――――おびただしい濃密な死の気配を纏った殺気も闘志を萎縮させる程の場を飲む強い闘気を浴びせられる事も全部、ガジンの方が上である。

 修行の成果で差し迫る危険に身体が勝手に反応し、難を逃れたことで雅司は冷静になり闘志を新たに燃やす。


「おい! 貴様は俺が必ずぶちのめす!!」


 鬼熊に宣誓をすると雅司は駆け出す。

 怯みから回復した鬼熊は「グルルルッ」と威嚇をし、4本のブレードを出す。


 再び相まみえた両者――――先に雅司が動きだし、いくつもの流転丸るてんがんを放ち牽制しながら前へ進むと鬼熊はそれを左右に跳ねて避ける。

 左右に避ける鬼熊の着地を狙って素早く鬼熊の横に移動すると雅司はさらにそこから駆け出し鬼爪角きそうかくで鬼熊の横腹を貫こうとする―――が、鬼熊はそこから2本の脚で立ち上がりこれを避け、真下にいる雅司に口から青黒い火の玉を吐く。

 咄嗟とっさ殺塵拳せつじんけんで火の玉を殴ると、火の玉がはじけて目の前には鬼熊が――――――


「いない!? しまっ……」


 火の玉を目眩ましに雅司の死角に潜り込むと鬼熊はそこから雅司の身体を真っ二つに斬り裂こうと襲い掛かり、突然のことに動揺した雅司は身に迫るブレードに対して思わず腕でガードの体勢をとってしまう。

 鬼熊のブレードに当たった雅司はその場から吹き飛び、地面を這うようにして遠くまで転がり、やがてその身体が止まる。


「……痛ってぇな……クソッ!……ペッ」


「!? グルルルッ!」


 口から血を吐き出しながらも立ち上がる雅司に鬼熊は驚愕しながらも威嚇をして警戒をする。

 鬼熊は雅司を見ると雅司の身体は繋がっておりガードしていた腕はだけだった。


(あんなのを受けて斬られずに折れてるだけだなんて……ハハッ……大分、俺、人間やめてるなぁ……ハァッ!)


 折れた腕を元に戻し、その腕で口に付いた血を拭うと雅司は鬼熊をにらむ。


「まさか口から火の玉が出るなんざぁ思いもしなかったけどなぁ……二度は効かねぇぞ! オラァ!」


 再び、駆け出す雅司に鬼熊は脚を二本立ちにして迎え撃つ――――鬼熊の横に回り込もうとしている雅司を2本のブレードを振り回して防ぎ、鬼熊は常にお互いが対面する形になるように雅司を抑え込む。

 鬼熊の死角に入ることを諦めた雅司は「ならば正面から打ち砕いてやる」と鬼熊の前へ歩を進める。

 鬼熊はそんな雅司を自身の爪とブレードでもって斬り裂こうと腕を振り回す。


 右から横凪ぎにブレードが振り下ろされるのを雅司は腰を落とし避ける――――すかさず、鬼熊は火の玉を吐き出すが雅司は赤光の拳を乱暴に振って弾く。

 鬼熊の返す腕で爪を立てた巨腕が押し寄せるがこれを雅司は鬼哭砲きこくほうを両手で放ち、歯を食いしばりながらもその巨腕を押し上げる。

 そこへ新たに空いた方の腕で横殴りの爪が襲い掛かる――――――殺塵拳せつじんけんで弾き飛ばし、鬼熊はついに無防備な胴体を曝す。

 歩を進めた雅司はようやく鬼熊に触れると


「くたばれ! 浸透崩天掌しんとうほうてんしょう!!」


 分厚い肉の壁に触れる手から鬼熊の内臓が衝撃のダメージを受けて移動し回転を加えたことから筋肉繊維と共に内臓もねじ切れる感触が伝わり、鬼熊の口から大量の血が吹き出すと鬼熊は雅司に向かって前に倒れる。


「チッ! 仕留め損なったか! 殺塵拳せつじんけん!!」


 倒れてくる鬼熊を雅司は自身にのしかかってくるものだと勘違いをした雅司は殺塵拳せつじんけんで鬼熊の心臓を打ち抜き、その巨体を吹き飛ばす。

 赤光の拳で撃ち抜いた際に心臓が潰れる感触に手応えを感じると雅司は地面に膝をつき肩で息をする。


「随分、梃子摺てこずったようだのう。妖魔は個体ごとに同じ奴はただのひとつもいない。見た目が同じだからと言って以前の奴と同じ攻撃方法だと思い込むと足元をすくわれるぞ」


 何処から現れたのか、ガジンが雅司に話し掛ける。


「ジジイ……」


「なんだ? 震えておるのか? 命を奪った感触にまだ慣れておらんか……フッ、未熟者め」


 ガジンに鼻で笑われながら言われたことで、雅司は自身の身体が震えてることにようやく気付く。


「これはガチで疲れてんだよ! 鼻で笑うんじゃねぇ!」


 ガジンの物言いが気に食わなかった雅司はガジンに噛み付くように言うとガジンに更に笑われる。


 ひとしきり笑った後、ガジンが再び、口を開く。


「はっはっはー……さて、飯にするにはまだ時間があるしのう。ほれ、雅司、組み手をするぞ。はよ立て」


「は? 何言ってんだジジイ? 疲れたから普通に嫌なんだが」


ひとつの死闘を終えた後だからといって他の敵が待ってくれるとは限らんぞ? 問答無用だ!」


「うわっ!? このクソジジイがぁ!!」


 ガジンが突然、襲い掛かり雅司が反撃をしたところで組み手が開始される。

 昼飯時になって一度、組み手を中断するが食事が済めば、すぐに再開する。

 夜になるとボロボロになった身体がついに限界を迎え、寝床に倒れるとまるで死んだように眠る。


 こうして雅司の初めての試練が幕を閉じるが、その日を境に雅司の修行の日々に変化が生じる。


 度々、ガジンが「試練だ」というと突然に妖魔との死闘が加わるようになった。

 時には虎のような妖魔や、トカゲや蛇に似た妖魔と闘い、果ては鬼を彷彿させるような人型の妖魔との死闘を繰り広げる。





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