Ⅳ-Ⅵ
その夜、
カイも自宅から軽食を持ってこちらに来ており、話は自然と各々が昼間に仕入れた情報の交換となった。
アルラーシュが口止めしたため、ミリィもカイも昼間コボルトの若者に絡まれたことには触れず、ただアルラーシュの呼び方について気を付けた方が良いのではということを相談した。
ミリィの言葉を聞いて、リュカはふうんと相槌を打った。
「呼び方ですか。確かにこれからどこかの町や村に寄ることもあるでしょうし、王子とか殿下とかは
「む……」
リュカがおもしろそうに尋ねると、珍しくヨシノが言葉を詰まらせた。
真面目な彼女にとって、王子を名前で直接呼ぶなど、不敬で舌を噛み切りたくなるほどの罪悪感があるに違いない。
「えーっと、王子サマの名前って何だっけ?」
首をひねるカイに「アルラーシュだ」とルドルフが答えた。
「あ、ある、らーしゅ……か。
カイはくうっと鼻を鳴らした。
「王家の人達の名付けは変わってますから、外で呼ぶにはやっぱ目立ち過ぎですよ」
ミリィは荷物の中に入れる清潔な包帯を準備していた。彼女の横にはモノが座り、黙々と作業を手伝っている。
「私は何と呼ばれても構わない。そんなに深刻に考えなくてもよいだろう。ルドルフには私をアルと呼んでくれと言ってあるし、皆もそうしなさい。それともアルもおかしい名前か?」
やれやれ、と最初に笑い混じりの溜め息をついたのはリュカだ。
彼はヨシノに顔を寄せ、ひそひそと話す。
「……本気で正体を隠すつもりなら、呼び方以前の問題ですよ。言葉遣いや振る舞いは
「あまり馴染まれても
ヨシノは頭痛をこらえるような表情でリュカに答え、軽く咳払いをしてから、アルラーシュの方を向いた。
「では、我々はこれから殿下をアル様とお呼びします。しかし、くれぐれもご注意ください。王城にいたことがある者であれば、殿下のお顔を直接見知っている可能性があります」
アルラーシュの銀に近い金髪も深い緑色の瞳も、女王シャルザートの特徴をそのまま受け継いでいる。王城育ち故の色の白さ、肌や髪のつややかさは、たった二日で失われることはなく、多少薄汚れていても――薄汚れているからこそ、かえって “ 落ち延びた貴人 ” の感が強まっていた。
コボルトの集落にいる今はまだ良い。しかし人間の集落、それも田舎に行けば行くほど、これでは浮いてしまうだろう。
ヨシノは密かにどうしたものかと思案していたのである。
話題が落ち着いたところを見計らって、ルドルフはカイに声を掛けた。
昼間、ドワーフのヴァルデマーから聞かされた “ 変わった人間 ” についてである。
「ああ、あのニンゲンね」
カイは何でもないふうに答えた。話題を振られるまで忘れていられる程度には害の無い人物なのだろう。
「ヴァルの言うとおりだぞ。数年前から村の外れに住んでるんだ。男だ」
「何者なんだ?」
「あまり自分のことを話さないヒトだから、ここに来る前に何をしていたのかはオレも知らない。酒が好きみたいで酒場にも顔を出すし、村にはそれなりに馴染んでるけど、自警団の連中なんかはまだ嫌ってるみたいだなあ。年齢は……う~ん、子供じゃなくて大人なのは確かなんだけど」
コボルトにとって成人した人間の年齢を見た目だけで判定するのは難しいようだ。
カイはルドルフを指差した。
「オレにはルドと同じくらいに見えるけどなあ。でも、見た目だけならルドとリュカも同じくらいの年に見えるし」
何気なく発せられたカイの言葉に、リュカが振り返った。
「今のは冗談ですよね? 俺、こんなにおじさんに見えますか?」
そう言って指を差されれば、さすがにルドルフも軽く片目を細めて言い返す。
「俺は一応三十手前だ。お前はいくつだ」
「八十です」
リュカがさらりと答え、「ウソっ!」と悲鳴に近い声をあげたのはミリィである。
ルドルフは特に驚きもしない。
エルフは長命で、しかも人間で言うところの青年期の容姿を長く保つことで知られる種族だ。どこまで正確な話なのかはわからないが、だいたい人間の七、八倍は長生きだというから、四百年以上は生きるのだろう。
リュカは整った顔でにこりと笑う。そうすると周囲の者には自分の言葉の真偽がわかりづらくなると、ちゃんと理解しているのだ。
「ウソです。ちゃんと数えてないけど百三十くらいかな」
声も出せないミリィの手から包帯が落ち、コロコロと転がって白い道を作った。
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