第6話 頑張ってみようと思います!

 馬の蹄が甲高い音楽を奏で、失踪する大地に響き渡る。吹き抜ける風が戦闘後の熱を冷ましてくれる。だが俺の意識はどこかまだ覚めきっていないようで、手綱を握る腕にも、何故か力がこもり切っていなかった。


「ちょっとハイム大丈夫? 落馬しないでよね」

「あー、大丈夫大丈夫」


 正直、大丈夫かどうかはわからない。なんというか……眠いというか、まだ夢の中というか……上手く説明がつかない、未知の感覚が俺を支配している。落馬で死ぬなんてやってられないので頑張るが、もし魂がぶっ飛んだら、ローゼに運んでもらうと

するか。


「ねぇ、本当に大丈夫? どこかまだ痛むんじゃないの?」

「いやぁ……そんなんじゃねぇよ。心配すんなって」

「……なら、いいけど」


 ローゼが俺のことをここまで心配してくれるなんて、いつぶりだろうか。五、六歳くらいの頃に、膝傷に未熟な回復魔法をかけてもらった時のことを思い出す。この話は特に関係ない、俺の独り言だ。

 ——死ぬほど殴られたあの時から、俺は何をしていたのだろうか。

 ローゼは、あのアークゴーレムを倒したのは俺だという。だが俺には、やつに反撃の刃を向けた記憶も、その巨躯を地に叩きつけた記憶もないのだ。

 一体どうなっているのか。ローゼは俺が何度聞き返しても


『あんたが倒したんじゃない! ……寒いかっこつけまでしてさ』


としか返ってこない。まぁ、実際に俺とローゼは五体満足で生きているわけで、結果的には最高の形に落ち着いたわけだが……寒いかっこつけ方って何だ?

 腑に落ちない疑問を抱えながらも、俺は意識を前に向け直し、手綱を持つ手に力を込めた。


   ————————————————————————————


「おーい。こんなに近くにいるのにわからないかな~」


 耳元でホラー風に囁いてみるが、やはりハイムは僕の声に気づかない。腰元に僕の手が巻き付いているというのに。何度も息を耳とか首に吹きかけているのに。完璧な無視を決め込まれている。

 間違いない。僕はまた、認知の外に出てしまったようだ。

 一度状況を整理しよう。ハイムの身体を借りてアークゴーレムを打ち倒し、ローゼに初めてのマウントを取ったあの瞬間、筆舌し難い羞恥心を享受すると共に、僕はハイムの身体から強制的に離脱し、また幽霊状態に戻ってしまった。

 さらに二人のやりとりからもわかるように、ハイムは僕と一心同体になっている間の記憶がなくなっている。さらに言えば、一心同体の瞬間に認知してくれたはずの僕のことも、綺麗さっぱり忘れてしまった。自分の生み出したキャラクターに忘れられるとは、それなりに心にくる。普通に泣きたい。

 そんなこんなで、とにかく一緒に行動するのがいいはず! ってことで、今はハイムと一緒の馬に跨っている。馬の息遣いがローゼの馬と変わっていないことから、きっと僕の質量は感じていないのだろう。悲しい。

 状況の整理と説明を終えたところで、僕はこれからの未来について思考を回す。

 ひとまずはこの世界での生活基盤を固めなくては。恐らく二人が向かっているのは『創天の騎士団』の本部があり、このハルバード平野からすぐ近くの都市——ケルダン。確かこの世界でも屈指の大都市として書いたはずだから、職には困らないはず……っていうか、認識されないから無理だわ。ヤバい。本当に幽霊になるかもしれないぞこの状況。

 決めた。この世界に長居するのはやめよう。現実世界に帰って、さらに田舎に帰ろう。もうシナリオライター人生はやめだ。なけなしの金で安い土地買って大根でも作ろう。それがいい。


「でもどうやって……ねぇ、どうやったらいい?」


 もしかしたら気づいてくれるかも? 的な望みをかけて話しかけてみるが、ただのキモい幽霊の独り言と化す。これではっきりわかった。今の僕がどんなアプローチをかけようが、誰かに認知してもらえる可能性は0ということだ。


「完全ソロプレイで異世界脱出か……何か手がかりは——あ」


 頭に静電気レベルの電撃が走り、僕はあの固っ苦しい名前を思い出す。

 ——特殊魔法起動装置。

 そうだあいつだ。あれが僕をこの世界に呼び寄せたんだ。なら現実に帰る術も、きっとあいつが握っているはず……。


「じゃああれがある場所に……あれ? あの装置って、どこにある設定だったっけ?」


 なんだよ全く。考えれば考えるほど問題ばかり出てくるじゃないか。異世界ってもっと楽に生きられる世界なんじゃなかったのかよ。ラノベ作家は嘘つきばかりってことか。目指さなくて正解だったな。


『あの装置はどでかい機械のつもりで書いていたはずだから、そう簡単に誰かが持ち運べるようなものじゃない。場所さえ突き止めれば……』

「そういや、騎士団が連邦政府から託された巨大機械って、もうそろ届く頃だよな」

「ええ。なんでも、人間が本来使えない魔法を実現可能にする、最新鋭の精密兵器だって聞いてるけど。本当なのかしらね」


 はい異世界サイコー。一切の努力なしでてがかり獲得、これが異世界ライフってもんよ。ラノベ作家マジで神。というかこの世界を単純に描いた僕天才じゃね? あの編集長がやっぱり馬鹿だったんだな。

 というわけで、しばらくの行動基準は決まった。装置を見つけるまでは、彼ら二人の背後霊と化して生活しよう。まだ序盤の二人は騎士団の新米隊士。あまり深い事情は教えてくれないだろうし、何故か僕の身体は認知されないくせに、物体の干渉はウケちゃうポンコツだし。


「よぉ~し、頑張って見つけr——っでぇぇぇぇ!」


 ……乗馬の際は話し過ぎないこと。これ鉄則。

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