record 3 パレードは終わらない




 今日もまた誰かに向けた旗を出しネバーランドで返事を待った




   1


「ん? なんか変だったないま」

 肩より少し上で切り揃えられた水色の髪を秋風になびかせながら、オートマチックドールが立ち止まり、いま歩いてきたばかりの道を振り返った。そこにはいつもと変わらない、規則正しく並ぶ石畳があるだけだ。何か、本来あるはずのないものが見えた気がしたのだが、あの違和感はなんだったのだろう。いつもと違うことをしただろうか、とオートマチックドールは先程までの自分の行動を思い返す。

 今朝もいつもと変わらない日課をこなしたはずだ。いつもどおりメインゲートの傍にあるフラッグポールへ色鮮やかな旗を掲げ、いつもどおりエントランス周りの掃き掃除をし、いつもどおり噴水の縁でしばらく日光浴を楽しんだ。気が付いたら昼近くになっていたのだが、それもいつもどおりだ。今日は倉庫にある楽器の手入れでもしようかな、なんて考えながら歩いていた帰り道だった。そのとき一瞬だけではあったが、何か見えた気がしたのだ。

 視界の端に感じた違和感を放置するのはどうにも気が引けたので、手頃な高さがありそうな建物を探す。ちょうど近くにあったメリーゴーランドの屋根の上ならば、見晴らしも良さそうだ。オートマチックドールは乗り物の周りに備え付けられた安全柵に足をかけ、勢いをつけて軽やかに屋根へと飛び移った。予想通りそこはかなりの範囲を見渡すことが出来たので、違和感の正体もすぐに見つかる。噴水より向こうに、それはいた。オートマチックドールは目を凝らしながら、制服の胸ポケットから小型の通信機を取り出す。

「こちらカガリ。エントランスにて異常事態発生。誰か応答願います」

 ジジッと通信機特有のノイズが入り込んだあと、カガリの呼びかけに答える声がした。

『こちらイサリビ。何があった?』

「メインゲート付近で人影発見」

『人間か?』

「や、たぶんドールですね。僕らと同じ」

 そうか、とイサリビが少しだけ残念そうな声色を出したが、気を取り直して『どちらにしろ、ネバーランドへの来園者に違いない。門を解錠してくれ。出迎えよう』と続ける。

「はいはーい。……あっ」

『どうした』

 左手に通信機を持ったまま、カガリは額にもう片方の手をかざしてさらに注意深く正門の人影の様子を伺う。

「片方の黒髪のほうがちょっとなんか、力ずくで門を開けようとしちゃってますね。あーあ、そんなんしてもロックがかかってるから開かないのに……すげーガシャガシャしてます」

『強引だな。片方ということは、複数いるのか』

「いますね。オートマチックドールが二人と……なんか犬みたいな猫みたいなやつです」

『猫のペットロボか何かか?』

「どっちかっていうと犬に近い気がします。猫みたいな犬みたいな」

『おい、さっきと順番が変わってるぞ』

 イサリビってば細かいですねぇ、とうんざりした声で返しながら、カガリはメリーゴーランドの屋根の上を少し歩いて、来訪者たちの様子を見やすい位置へ移動する。門が開かないと知って諦めたかと思われた黒髪のオートマチックドールが、なぜかメインゲートの傍に設置されている街灯を蹴り倒した。ちょうど細いポール部分にうまく力を入れたのか、街灯が真っ二つに折れる。

「うわ怖。なんだあのドール、リミッター外れてんのかな?」

 経年劣化でもろくなっていた可能性も否めないが、それにしても乱暴な動きだ。

「なんか、来園者たちっていうより荒くれ者どもって感じなんですけど、それでも出迎えます?」

『いまお前から受けてる報告だけでは、判断のしようもない』

 頼むからもう少し詳細に報告してくれ、とイサリビが大きな溜め息を吐く。

「見た方が早いですって。イサリビいまどこにいるんです?」

『いまそっちに向かってる。引き続き監視を怠るな』

「了解」

『相手が妙な動きをしたら忠告するか、事前に取り押さえろ。何か起きてからじゃ遅いぞ』

「妙な動きってどんな動き……あ、切れた」

 どうしたものかと通信機を胸ポケットに戻しながらカガリが悩んでいると「おーい、大丈夫そ~?」と下から声がかかった。通信相手のイサリビとは違って、高くて間延びした声だ。メリーゴーランドの安全柵にもたれかかった、ピンク色の髪をひとつに束ねたオートマチックドールが「いまどんな感じ?」と状況を尋ねてくる。

「シラヌイ! イサリビより早かったですね」

「ハーバー広場でエルモくんの手入れしてたからね~」

 右手に持っていたデッキブラシで、自分の背後にかすかに見える、広場のクマの銅像を指し示す。だから清掃係の制服着てたんですね、とカガリが納得の声をあげる。

「てか、途中からちゃんと通信聞いてなかったんだけど、イサリビはなんて~?」

「妙な動きしたら忠告しろって言ってました」

「おっけ~。で、妙な動きってどんな動き?」

「それがさっぱり。こんな感じですかね?」

 全身をくねくねと揺らめかせて謎の踊りをはじめたカガリを見て「あは、おもしろ~」とシラヌイが手を叩いて笑う。屋根の上で踊るなんて器用なことだ。「でもなんか違う気がする」

「僕もそう思うんですけど。ていうか、忠告ってどうするんですかね」

「コラーッて言うとか?」

「ここから? 声届かなくないですか?」

「じゃあ門のところ行こうよ」

「でもイサリビが監視を怠るなって」

「え~。動いちゃ駄目ってこと?」

 まあアイツがなんとかしてくれるよ、と楽観的なことを言うシラヌイの言葉に、通信機越しではないイサリビの声が響く。

「お前らはなんでいつも俺任せなんだ」

 セキュリティスタッフの制服をきっちりと着こなしたイサリビが、シラヌイがやってきた広場とは反対側の、この遊園地の目玉でもある城に繋がる道からやってきた。走ってきたのか、前髪が乱れて、傷の付いた左目があらわになっていたが、さっと手ぐしで整え、いつもどおり片目を隠した髪型に戻す。

「お! さすイサ~」

「なんだそれは」

「さすがイサリビ僕らが困ってるとすぐ助けに来てくれる~の略じゃないですか?」

「略しすぎだ。状況は?」

「えーと、なんか黒いのが、折った街灯のポール使って門を壊そうとしてますね」

「めちゃくちゃ妙な動きしてるだろうが! 器物破損に不法侵入未遂だ!」

 慌ててメリーゴーランドの屋根の上に登ったイサリビが、カガリの隣に立って自分の目で確認する。言葉通り、黒髪のオートマチックドールがバットでも振るようにぶんぶんとポールを振って門の解錠を試みている。かすかに変な音がすると思ったらこれか。けれどあんなもので壊れるほど、門もやわなものではない。取り押さえに行くか、とイサリビが呟くや否や、今度はポールを投げ捨て、黒髪は器用に門を登り始めた。開かないなら乗り越えようという魂胆らしい。これはもう不法侵入確定だ。

「まずい! 止めに行くぞ!」

「言ってる間になんかもう登りきっちゃいそうですよ」

「じゃあ撃ち落としちゃう~?」

「どうやって」

「これ~」

 下からシラヌイが、一緒に持ってきたデッキブラシを軽く持ち上げて見せる。なるほど、あれを槍投げの要領で投げ、侵入を防ぐということらしい。しかし当たりどころが悪ければ最悪の事態も考えられる。

「ドールを大切にしろって神様に怒られちゃいません?」

「ネバーランドに神は不在だ。いけシラヌイ」

「おけおけ。指示よろ~」

「二時の方向、正門中央、上の方目掛けていっちゃってください」

「ほーい。疑わしきは罰せよ~っと!」

 右手にデッキブラシを持ち、助走をつけてシラヌイが勢いよく投げた。デッキブラシは綺麗な放物線を描き、目標地点へと飛んでいく。その様子を屋根の上から、両手を額の上にかざしてカガリが実況する。

「シラヌイ選手、投げたー! デッキブラシ投げ、自己ベスト更新ではないでしょうか。どうでしょうイサリビ」

「どうもこうも自己ベストってなんだ。まるでいつもやってるみたいな」

「いや~今のはちと調子悪かったかも~。いつももうちょいキレイに飛ぶじゃん?」

「昨日の台風の名残でちょっと風が強いですからね。しょうがないですよ」

「いつもやってるんだな」

 で、状況はどうだ。イサリビの質問に、カガリがわくわくした声で返す。

「さすがシラヌイ選手、ベストコンディションじゃなくてもちゃんと命中してますね。門乗り越えようとしてた黒いやつの頭に」

「やば~。壊したかな?」

「地面に落ちてから一切動いてませんね。あ、なんか白い方がワンちゃん抱っこしてます」

 黒いのがやられたから逃げるんですかね、と首を傾げて問う。カガリの報告に、イサリビも同じように門の方角を見るが、片目ではカガリほどよく見えない。

「……んん? なんか振りかぶって……あれ? もしかしてワンちゃん投げました?」

「は?」

「あ。イサリビ、避けたほうが」

 白髪のオートマチックドールによって投げられた、犬のような猫のようなペットロボは、きれいな放物線を描き『許しませんよユズリハー!』と叫びながらイサリビに衝突した。顔面に直撃を受けたイサリビが、バランスを崩してそのままメリーゴーランドの屋根の上から落ちる。

「おもしろ~。ドッジボールじゃん」

「いまのは顔面だからセーフですかね?」

 落ちてきたイサリビを避け、同じように地面に転がったペットロボを掴み、シラヌイが「次はどこに投げる?」と問う。痛恨の一撃だったのか、イサリビは蹲ったままだ。

『投げないでください! なんなんですかあなた達は』

 ボールのように掴まれたペットロボが、抗議の声をあげる。

「何って……」

「ネバーランドの住人だけど?」

 カガリとシラヌイが顔を見合わせて、さも当然のように答えた。






   2


「そういうわけで、ぼくとイヌハリコはあらゆる場所の記録を残すため、セイは桜を探すために旅をしている途中なんだ」

「なるほど」

 ユズリハが誰かと話している声が聞こえて、セイは目が覚めた。門を乗り越えようとしていたら突然目の前が真っ暗になったのが最後の記憶だが、一体何が起こったのだろうか。むくりと上半身を起き上がらせ、あたりを見回す。どうやらベンチの上で寝かされていたようだ。別のベンチで、ユズリハが片目の隠れたオートマチックドールと何かを喋っている。セイの胸元には蝉のようにイヌハリコが張り付いており、ちょっとやそっとじゃ離れそうにも無かったため、気にせず起き上がってユズリハたちのいる方へ近寄る。

「おはよーございます。どこですここ?」

「おはよう。ネバーランド園内のハーバー広場だってさ」

「へー。なんか知らないうちに入れたんですね。おれがのんびり寝てたってことは、結局何事も無かったんですか?」

「うん。しいて言うなら、きみが脳天直撃、イサリビが顔面直撃したから両者痛み分けってことで和解に至った」

「あっすごい。全然状況がわからない」

 あんた説明する気ないですね、とセイが呆れた表情で呟く。ユズリハにはこういう適当なところがあった。記録を残す立場としてそれはどうなんだと思う場面がこれまでにもあったが、本人曰く個体差という名の個性らしいので、直す気はないらしい。これ以上ユズリハに聞いてもまともな話は出てこなさそうだな、とセイが諦めていると、ユズリハが「まあぼくよりイサリビの方が説明上手だから」と自分隣に座っていた片目の隠れたオートマチックドールを指差す。指名を受けたイサリビがベンチから立ち上がった。座っているときはわからなかったが、自分より背の高いユズリハと比べて、さらに身長がある。表情が固いので怒っているのかと思ったが、その顔とは裏腹に穏やかな声で「目が覚めて何より」とセイへと右手を差し出すので、単にそういう顔つきらしいと察する。

「園内セキュリティ部門に所属するイサリビだ」

「こんにちは、セイです。知ってるかもしれないけどこれはイヌハリコです」

「ああ、彼には先ほど挨拶させてもらった。いろいろと行き違いがあったようですまなかった」

「どうもどうも。なんかよくわかんないけどお構いなく」

「いまは休園中で、十分に楽しんでもらえるかどうかはわからないが、きみたちの来園を心より歓迎する。改めて、ようこそネバーランドへ」

 イサリビの言葉に、やっぱり、とセイが返す。

 閉ざされていた門前で調べたとおり、ここはネバーランドで間違いなかったらしい。イヌハリコが空中ディスプレイに映してくれたずいぶん昔の映像では『笑顔が咲く島、終わらない夢のネバーランド』と明るいメロディとともに、水兵服を着た着ぐるみのクマが歌ったり、踊ったりしていて大層可愛らしかった。

「休園中はイサリビがひとりで留守番してるんですか?」

「いや、俺を合わせて三人だ。あっちのシートの上で楽器を並べている水色頭がカガリ、そこの銅像を磨いているピンク頭がシラヌイ。ふたりとも元々はパレードやショーに従事するオートマチックドールだったが、休園中はああして園内のさまざまな保守管理の仕事を割り当てている。おいシラヌイ! セイくんが起きたぞ」

 呼ばれたシラヌイが、雑巾を持ったままこっちに小走りでかけてきた。磨かれていた銅像はコマーシャルで見た、水兵服のクマのようだ。名前はなんと言ったか。

「お~起きたの? ごめんね、デッキブラシぶつけちゃって。気分はどう?」

「デッキブラシぶつけられたんですかおれ」

「実行犯はボクだけど、やれって言ったのはコイツだよ~」

「手荒な真似をして本当に申し訳ない。セキュリティ担当として、きみたちの不審な行動を見逃せず、止めることを優先した」

 不審な行動と言われてセイはようやく合点がいった。無理矢理なかに入ろうとして色々試みたが、それが不法侵入扱いになったらしい。それでもデッキブラシを投げるのはどうかと思うが、こっちも街灯を折ったりしたので、その点についてはお互い様だ。

「まあ確かに門を壊そうとしたこっちも悪かったですし、おあいこってやつですね」

「え!?」

 座りっぱなしだったユズリハが、セイの言葉に驚き余って立ち上がる。

「なんですか。ネットワークが途切れた時のイヌハリコみたいな声出して」

「ぼくが熱暴走オーバーヒートしたときはあんなに根に持ったくせに、今回やけにあっさりじゃないか」

「おれのセイは喧嘩両成敗のセイですからね」

「昨日は清濁併せ吞むのセイじゃなかったかい?」

 そういう日もありましたね、と流してセイがようやく自分の胸にくっついたままのイヌハリコを剥がす。いつものまんまるな目は、半分までとじられた瞼のせいで陰鬱とした印象を受け、眠いというよりは不貞腐れているような表情だ。

「ていうかなんでイヌハリコはこんなにおれにベッタリなんです?」

「拗ねてるのさ」

『拗ねてません。身の安全を確保しているだけです』

 ぷいっとユズリハから顔を背け、セイの腕から器用に頭までよじ登る。定位置に収まったイヌハリコの様子を横目にユズリハが、ところでさっきの続きだけれど、とセイが起きる前にしていた話に戻す。

「せっかくだから、良ければここも記録させてほしいんだ。遊園地に来るのは初めてだし」

「それは別に問題無いが……そんなもの残して何になる?」

 イサリビは快諾したものの、ユズリハの行為には疑問が残るようだ。営業中ならまだしも、パレードもショーも中止で、乗り物にだって乗れやしないのに、そんな何もない記録を残しても意味がないように思えるらしい。

「記録を残す意味については、残念ながらぼくも正直よくわかってないんだ。ぼく自身、記録を取り続けるという約束を与えられただけのドールだからさ。ただ先生が言うには、これはボイジャーのゴールデンレコードみたいなものらしい」

 聞いたことのない言葉に、なにそれ~とシラヌイが間延びした声を出す。質問を受けて、イヌハリコが空中ディスプレイにレコードの情報を映し出した。シンプルな金色のレコードに、暗号のようなものがいくつか示されている。

「お~。なんかカッコいーね」

「なんですなんです? 僕にも見せてください」

 賑やかな雰囲気を感じて話の輪に入りたくなったのか、広場で楽器の手入れをしていたカガリも傍まで寄ってきた。

『ボイジャーのゴールデンレコードは、この星のあらゆる言語、音楽、画像などが収められレコードです。地球外知的生命体や、未来の人類がこのレコードを見つけて解読することを期待して、探査機に託され、遠い宇宙に向けて放たれたのです」

 いつか誰かのもとにこの記録が届くと信じて。イヌハリコの言葉に「ロマンチック~」とシラヌイが拍手する。

「なんだかタイムカプセルみたいで素敵ですね。そうだ、せっかくここの記録を残すなら、アレやりません?」

「カガリもしかしてネバーランドツアーのことゆってる? 最高じゃん」

「でしょでしょ」

 初めて耳にする言葉に、ユズリハとセイが顔を見合わせるので「ちびっ子に人気のイベントだったんですよ」とカガリが誇らしそうに続ける。ネバーランドの中を巡りながら、ここでしか聞けない秘密のストーリーや、キャラクターのエピソードが聞けるツアーだったらしい。シラヌイが「善は急げ~」と足早に銅像の近くまで走っていき「まずはこっちこっち~」と手招くので、ユズリハたちも後を追いかける。

「じゃ~ん。これがネバーランドの人気者、セントエルモくんだよ~。エルモくんは港とみんなの笑顔を守るクマさんです」

 水兵服を着たクマを真ん中に、シラヌイとカガリが両側からきらきらと目立たせるように手を振る。そういえばこのクマそんな名前だったっけ、と映像の内容を思い出したセイが、すっきりした顔で手を叩く。

「エルモくんが見守っているのはハーバー広場です。パレードがいちばんよく見える広場で、決まった時間になるとショーもやってました。あそこのワゴンで販売してたクッキーサンドアイスが大人気だったんですよ」

「ボク、ストロベリー味が好きだったな~」

「食べられないのに?」

「見た目が好きってこと。お揃いだから親近感湧きまくり」

 シラヌイが自分の髪をつまんで見せる。たしかにストロベリーアイスのような髪色だ。

 カガリが教えてくれた移動式の販売ワゴンは、長い間そこから動かされていなかったようで、タイヤ部分がすっかり錆び切っていた。当時は商品を並べていたであろうショーケースも、ガラス部分はほとんど割れてしまっている。

「なんだかずいぶんと劣化してますね。いつから休園してるんでしょう?」

「エンダー襲来初期じゃないか? 人が多い場所はエンダーが出やすかったらしいからね。特に娯楽施設とか。夕日ヶ丘動物園みたいに、ここも一度目の大号令がきっかけで休園したのかもしれないな」

 ユズリハたちの会話を聞いて、今度はカガリとシラヌイが顔を見合わせる。

「休園理由か~。実はボクらもよくわかんないんだよね。ある日突然みんな来なくなっちゃったからさ」

「最後にやったパレードも、なぜか途中で終わっちゃったんですよね。ラストの花火も打ち上げられなかったなあ」

「せっかく記録を残すなら、花火もドカンと打ち上げたいよね~。倉庫とかに残ってるかな?」

「シラヌイが捨ててなかったらあるんじゃないですか? 探しにいきましょ!」

 行こ行こ、とふたりは足早にバックヤードに繋がる隠し扉の方へ去っていく。はじまったばかりのツアーが突然打ち切られてしまった。ツアー参加者のセイが、監督不行届とでも言いたげな顔で「自由すぎません? あのふたり」とイサリビを責める。

「エルモくんの紹介だけで終わっちゃったんですけど」

「すまない。あれがあのふたりの個性というか……。本職ではないが、俺で良ければツアーの続きをしよう」

「仕方ありません。それで手を打ちましょう。ここでしか聞けない秘密のストーリーは教えてもらえるんでしょうね?」

 意外とツアーを楽しんでいる様子のセイに「満喫してるなあ」とユズリハが笑う。

「そりゃそうでしょうよ。はじめての遊園地ですよ?」

「秘密のストーリーか……そうだな。じゃあ、休園の理由でもいいか?」

 うまく話せるかどうか自信は無いが、とセントエルモの銅像を撫でた。






   3


「カガリとシラヌイは今も知らないままだが、ネバーランドは一度目の大号令よりもずっと前に休園している。せざるを得なかったんだ」

 ハーバー広場を離れ、ネバーランド園内の中央にある城へと歩みを進めながら、イサリビが話し始める。城まで続く石畳には、ところどころに大小さまざまな足跡が描かれており、どうやらネバーランドの住人たちの足跡という設定らしい。

「せざるを得なかった?」

「アトラクションの故障とかかな」

「近くにもっと面白い娯楽施設ができちゃって、お客さんを取られたのかもしれませんよ」

「ライバルの登場か。ありえるな」

 足跡を眺めていたユズリハとセイが呑気な推測を立てるのを、イサリビが意外そうにする。

「あれだけの事件を知らないということは、きみたちはまだ製造前だったのかもしれないな」

「事件?」

『……』

 事前に調べて答えを知っていたのか、イヌハリコは心当たりがあるらしく、セイの頭のうえで沈黙を貫いている。あまり自分から口に出したくないらしい。いつもだったら口を挟んできそうなのに、ただ陰りのある表情を見せている。

「いつもと変わらない日になるはずだった。パレードをして、最後に花火を打ち上げて、それで終わる、いつものネバーランドの夜。けれどパレードは途中で中止になった。――その夜、大勢の人間が殺される史上最悪の事件が起きてしまったんだ」

 イサリビは、いまでもあの日のことを鮮明に思い出せる。きっと、この壊れた左目に焼き付いてしまったのだろう。もう何も見えない左目は、あれからずっと前髪で隠している。

 犯人の意図はいまなお不明だ。正常な判断能力が無かったとも、自暴自棄で周囲を道連れにして死のうとしていたとも言われているが、事件の真相は永遠にわからないだろう。なぜなら、犯人は事件の最中に自殺してしまっているからだ。

「パレードを見るために大勢の人々が集まっていた。ちょうど、城からハーバー広場へ繋がるこの道だったな。事件が起きたのは」

 歓声が悲鳴に変わった頃、この道は逃げ惑う人々で溢れかえった。当時も園内のセキュリティ部門だったイサリビは、バックヤードの制御センター内で、監視カメラの映像越しにその様子を見ていた。流れてきた映像は凄惨な光景で、犯行の様子も、凶行によって命を失ってしまった人々のことも、それ以外で死んでしまった人々のこともすべて鮮明に映し出されていた。

「それ以外?」

「パニック状態となった人々は、その場にうずくまる子どもたちに気付かなかった」

 誰もが逃げるのに必死だった。濁流のような人波に飲まれて溺れてしまった子どもたちが、救いを求めるように手をあげていた。「助けて神様」そんな泣き声が聞こえた気がした。けれど誰も助けられなかった。ネバーランドのどこにも、神様はいなかった。

「カガリとシラヌイはなんで知らないんですか?」

「事件の最中に、思考活動停止フリーズしてしまったんだ」

 ドール三原則第一条、ドールは人間を守らなければならない。

 けれど、その人間を傷つけているのが別の人間だった場合、どちらを守るのが正解なのだろうか。当時のドールに、それを判断する思考能力は無かった。三原則を行動の基盤とし、蓄積されたデータに基づいて思考するドールにとって、前例の無い状況に思考の限界が来た。パレードの列にいたカガリとシラヌイは、セントエルモの着ぐるみにもたれかかるようにして倒れていた。ふたりが覚えているのは、パレードが突然中止になったところまで。次に目が覚めたときは、何もかもが終わってしまったあとだった。


 ――ネバーランドはどうしちゃったんですか?

 ――ボクらはどうすればいいの?


 迷子のような表情でイサリビに問いかけるふたりに、あの日助けられなかった子どもたちが重なる。どうすればいいのか。それはイサリビが一番知りたいことだった。『来園者の安全を第一に』を使命に掲げるセキュリティ部門でありながら、何も出来なかったあの日、自分はどうするのが正解だったのか。

「どうすればいいのかわからなかったのは、カガリとシラヌイだけじゃない。それは俺も同じだった。俺たちは何の約束も残してもらえなかったドールなんだ」

 管理部門は、ネバーランドをしばらく休業すると言っていた。多くのスタッフたちも、いつか再開する日に、またネバーランドを笑顔で溢れる夢の島にしようと言い残して、去っていった。最後に交わしたのは別れの挨拶ばかりで、結局再開の日も、その間どうすればいいのかも、誰もイサリビに教えることはなかった。

「ずっと考えてるのにわからないままだ。あのときどうすればよかったのか。どうすれば、ネバーランドは無くならずに済んだのか」

「過ぎたことを悔やんでもしょうがないでしょうに」

 セイがばっさりと言い放つ。「何をしたって、もう二度と戻れないんだから」

 身も蓋もない言葉に、ユズリハが何か言おうと口を開くが、それよりも先にイサリビの胸ポケットに通信が入った。

『こちらカガリ。イサリビ、いまどこにいるんです?』

 話を聞きながら歩みを進めていたので、一行はいつのまにか城の入り口まで来ていた。昔は立派だった城壁も、経年劣化によってところどころペンキが剥がれてしまい、夢のはりぼてが剥がされていくように見える。

「城だ。何かあったか」

『異常無しですけど、見てほしいものがあるので、ユズリハさんたち連れてハーバー広場まで戻ってきてくださーい!』

『イサリビ、なるはやだよ~』

 じゃあ待ってますね、と通信が一方的に切れた。

「自由すぎません?」

「すまない。あれがあのふたりの個性なんだ」

 ついさっきやったばかりのやりとりを、今度は笑いながら繰り返す。きっと、いつもこんな調子なのだろう。三人だけでも、その日常はとても賑やかそうだった。

「どうして、あのふたりに休園の理由を話さないんだい?」

 歩いてきた道を逆戻りしながら、ユズリハが尋ねる。やりとりした限り、彼らは事件のことを何も知らないようだった。カガリとシラヌイが何も知らないままなのは、イサリビの考えがあってのことだろう。

「ここには俺たち三人しかいないんだ。だから事件のことを知らなくたって、誰にも責められることはないだろう」

 ならば、わざわざ辛い思いや、悲しい思いを共有する必要はない、とイサリビは言う。そうするべきなのだと、断言するように。この石畳の道を抜けて小さな橋を渡れば、そこはハーバー広場で、きっと自由なふたりはいつものように楽しそうに笑っているだろう。

「あいつらの笑顔を曇らせたくはない。ここは笑顔が咲く島。終わらない夢のネバーランドだったんだ」

 来園者の安全を守るのがセキュリティ部門としての仕事だとすれば、ネバーランドの住人としての仕事は、ネバーランドにいるすべての人を笑顔にすることなのだろう。イサリビは休園してもなお、それを守り続けているのだ。

 ユズリハたちの進む先では、予想通り楽しそうに両手を振るカガリがいた。

「おかえりなさーい! ほら、イサリビたちが帰ってきましたよシラヌイ!」

 おーい、とこちらに呼びかけてくるカガリの後ろには、一回り大きな姿の、水兵服を来たクマがいた。見覚えがあったのか、イサリビが「また懐かしいものを」と苦笑しながら歩み寄る。

 クマの着ぐるみは、広場まで戻ってきたユズリハたちに手を振って歓迎のパフォーマンスをする。中に入っているのはシラヌイらしい。

「どうしたんだ、それ」

「いいでしょ~。倉庫の奥でエルモくんの着ぐるみ見つけたんだ~」

「花火を探してくるんじゃなかったのか?」

「あ」

 すっかり忘れてましたね、とカガリが舌を出す横で「過ぎたことを悔やんでもしょうがな~い」とシラヌイが着ぐるみらしくオーバーなリアクションをする。

 そんなことよりこっちこっち、とシラヌイがセイとユズリハそれぞれに旗を渡す。

「本当は風船を渡すんだけど、ダメになっちゃってたからこっちね~」

「なんですかこれ」

「旗だよ。見たことない? 楽しいな~って思ったらこうやって振ってね」

 旗を持ったセイの右手ごと掴んで、シラヌイが左右に振った。片手で振れるサイズのそれは、メインゲートのフラッグポールに掲げられていた旗とは違って、クマのシルエットが描かれている。

「え〜ではでは。これよりウェルカム・トゥー・ザ・パーティーをはじめま〜す」

「パーティー?」

 その日のいちばん最初にやるパレードのようなものだ、とイサリビが説明する。クマの着ぐるみを先頭に、マーチングバンドが城からこの広場までやってきて、歓迎の挨拶をするらしい。辺りの街灯に備え付けられたスピーカーから、ファンファーレが流れ始めた。それを合図に、カガリがトランペットを高らかに鳴らす。

「ユズリハさん、ちゃんと記録してくださいね!」

 カガリの吹くトランペットに合わせて、クマの着ぐるみが広場の中心で軽快に踊りはじめる。カガリは広場のあちこちを歩き回り、スピーカーから流れる音楽に合わせて、時々楽器を変えて演奏を続けるので、ふたりだけのショーなのに賑やかに感じられた。

 まるで当時のように、ふたりは変わらず楽しそうに音楽を奏でて踊っている。

 たしかにここは『終わらない夢のネバーランド』だ、とユズリハが笑う。視線の先には、カガリとシラヌイに誘われて、旗を振りながら歌うセイと、その横で短い足を上げたり下げたりしながらリズムに乗るイヌハリコがいた。

「約束なんかなくたって大丈夫じゃないか。イサリビたちがいる限り、ネバーランドはここにある」

 楽しそうな音楽に合わせるように、秋風が広場に吹き抜ける。

 風に遊ばれて、イサリビの前髪が少し乱れた。傷ついて何も見えなくなったこの左目でも、明るさだけは変わらず感じることが出来る。

「そうか。ずっと、ここにあったんだな」






   4


「あれ? 旗がなくなってる」

 エントランスまで戻ってくると、最初に見たはずの旗がフラッグポールから降ろされていた。不思議に思いながらユズリハが何も無いそこを見上げていると「イサリビに旗を変えるように言われて、一旦降ろしたんです」とカガリがポールの傍から走ってきた。

「あの旗はイサリビの指示で上げてるのかい?」

「そうですよ」

 休園下からはずっと、この市松模様の旗と、横縞模様の旗をいつも上げてます、と先ほど降ろしたばかりの旗をみせてくれる。

「そういえばイサリビは?」

「バックヤードだよ~。全員が見送りに行ったら園内が手薄になるし、何かあってからじゃ遅いからって。アイツ真面目だからね〜」

 あの日の事件をずっと後悔してるから余計にね、とシラヌイが続けて言うので、ユズリハとセイも思わず「えっ」と驚いた声を出す。

「きみたち、事件のことを覚えているのかい?」

「覚えてないし、アイツの前では知らないふりしてるけどさ~」

「さすがに調べますよ、こんなにずっと休園してたら」

 事件の概要は、実際に見たわけではなくても悲惨なものだった。最初から最後まで実際に見て、すべて覚えているイサリビが、目に見えてわかる傷以外にどれほどの苦しみや悲しみを抱えているかなど、カガリとシラヌイには知る由もない。ただ、第三者によって書かれた記事を読んだだけの自分たちが、同じように悲しむ権利は無いように思えて仕方なかったし、イサリビも、けしてふたりに事件について話そうとはしなかった。だから、最初から知らないことにした。それが正しい方法かどうかは、いまもわからないままだ。

「イサリビはさ、なんも悪くないんだよ。言ったとおりにしただけ。だって人間を守れって決めたのは人間でしょ~」

 シラヌイの面白く無さそうな物言いに、思わず「人間が嫌いかい?」とユズリハが尋ねる。なんとなく、不満があるような声色に聞こえたのだ。

「んー、どうだろ。好きも嫌いもないかな。ボクらにとって人間は、楽しませて笑顔にするべき相手ってだけ」

 ただそれだけだよ、とシラヌイは言う。同じ気持ちだと言うように、カガリも新しい旗を用意しながら隣で頷いている。

「人間じゃないけど、ぼくらも楽しかったよ」

「そうでしょそうでしょ! ネバーランドは世界一楽しい、僕らの自慢の場所なんです」

「お客さんが来なくなっても、カガリたちは楽しい?」

「そりゃ毎日やることいっぱいで楽しいですよ。エントランスはぴかぴかにしておきたいし、楽器はいつでも吹けるように準備しておきたいし」

「てゆうかさ~、ひとりじゃないから楽しいに決まってるじゃん」

 ユズリハたちだってそうでしょ、とシラヌイが言う。

「なんだっけ、あれあれ。旅は道連れ世はあられ~ってやつ」

「アラレ?」

「あれれ?」

 まいっか、とシラヌイが笑い、メインゲートを解錠する。ぎぎぎと金属が擦れ合う音を立てながら、門が開いていく。門を動かしていたシラヌイが、通り過ぎるユズリハたちに向かって「いってらっしゃ~い」と大きく手を振った。別れのときに、さよならは禁物。それがネバーランドの決まりだと、さっきカガリが教えてくれたばかりだ。

 見送る手と同じくらい大きく振り返しながら、ユズリハたちはネバーランドを後にした。


   #


「イヌハリコ、ネバーランドで起きた事件について、詳しく教えてくれないか」

 ユズリハが自分の頭のうえに向かって話しかけるのを聞きながら、セイが後ろを振り返ると、メインゲートはもうすっかり閉じられていた。シラヌイたちは持ち場に戻ったのだろう。

『事件当時の映像は閲覧制限がかかっているものが多く表示が出来ませんが、一件の写真が閲覧可能です』

 こちらです、とイヌハリコが空中ディスプレイに映し出したのは、倒れた人間に駆け寄るオートマチックドールの姿だった。

「これ、イサリビじゃないですか?」

「本当だ。まだ左目に傷がついてないな」

 セイが画像を近くで見ようと、イヌハリコを頭のうえから降ろして両腕に抱きかかえる。横からユズリハがディスプレイを操作して画像を拡大させる。

「事件に巻き込まれた人を、助けようとしてたんですかね」

『いいえ。彼が助けようとしたのは、事件の犯人です』

「え?」

 詳細はわかりませんが、とイヌハリコが前置きをして、この写真が添えられていた記事を読み上げる。そこには、来園者のひとりが犯人を止めようとして立ち向かったこと、それを邪魔したオートマチックドールがいたことが記されていた。おそらく、危害を加えられた方を守るべき対象として判断し、イサリビは犯人を庇ってしまったのだろう。

「でも犯人は」

『はい。このあとすぐに自殺したようです』

 報われないなあ、とセイが呟く。イヌハリコは空中ディスプレイを閉じて『ネバーランドの事件に関して調べますと、パレードの中心部にいながら救助活動を行わず思考活動停止フリーズしたオートマチックドールや、事件の犯人を庇ったオートマチックドールについて非難する記事が多く見つかりました』と検索結果だけを報告した。イヌハリコなりにふたりのことを気遣っているのか、どれも詳細について見せる気は無いらしい。見せたいと思えるような内容でもないのだろう。

『ドール三原則に関して見直しを検討されるようになったのも、この事件がきっかけのようです』

 ――人間を守れって決めたのは人間でしょ。

 先ほどのシラヌイの言葉が、ユズリハの脳裏に浮かんだ。そうだ。イサリビは、その決め事を守った。ただそれだけなのだ。

 イヌハリコを頭のうえに戻しながら、セイが名残惜しむようにもう一度、メインゲートを振り返る。

「あ、旗が変わってますね」

「カガリが上げ終わったんだろうな。イサリビからのメッセージだ」

「あれはどういう意味です?」

 イヌハリコが風にはためくふたつの旗を見つめて『UとWの旗です』と答える。

『あのふたつで《ご安航を祈る》という意味なので、この場合、《気をつけていってらっしゃい》が適切ではないかと』

「……やっぱりイサリビ、ちゃんと意味をわかって旗を出してたんですよ。最初の旗も、イヌハリコが言ってたとおり、遭難信号だったんだ」

 今日、はじめてここへ訪れたときも、旗がふたつ掲げられていた。いまとは違う模様の旗で、イヌハリコによると、それには直ちに援助を求める意味があった。

 閉じられた門の向こう側に、助けを求めている誰かがいるかもしれない。そう気づいたから、ユズリハたちは無理矢理にでも門を開けようとした。何も、好きで不法侵入しようとしてしたわけではないのだ。遭難信号の真偽について確認を急いでいただけで。

「イサリビは助けてほしかったのか。あの日からずっと」

 夏と比べて高くなった空に、ふたつの旗がぱたぱたと、生き物のように揺らめく。しばらくフラッグポールを眺めていると、イヌハリコが『あ!』と声をあげた。

『待ってください! もうひとつ上がりましたよ、UW1です』

「それはどんな意味の旗?」

『UW1は《あなたの協力に感謝する。ご安航を祈る》です。《ありがとう。気をつけていってらっしゃい》といったところでしょうか」

 ユズリハが両手を額のうえにかざし、今度はそのメッセージの意味を噛み締めながら、空で踊る旗をじっと見つめる。

「ありがとうだって。ぼくらはイサリビを助けてあげられたんだろうか」

「あっ。また考えても答えが出そうにないことを」

 いーっ、とセイが大袈裟に歯を見せる。

「ありがとうって言われてるんだから、素直に受け取っときましょうよ。イサリビが感じたことも、考えてることも、それはイサリビにしかわからないんですから」

 それもそうか、とユズリハが答えると同時に、遠くで口笛のような音と、破裂音が鳴った。驚いて空を見上げると、遠くに見える城から、花火が打ち上がっていた。何発も、何発も、あの日咲けなかった分を取り戻すように、大輪の花が真昼の空に咲いては散っていく。

 あれはイサリビからだろうか。

 花火に応えるように、セイが大きく両手を振っている。

「いってきまーす!」

 別れのときに、さよならは禁物。それがネバーランドの決まりで、きっとこれからもずっと変わらない。

 ネバーランドがここにある限り、ずっと。


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