第25話 ユーザーの反応――くそみそブレード――

 手にした一本のフルート。

 これには邪悪な魔物を倒す聖なる力が込められている。

 これでメロディーを奏でれば、魔物はたちまち倒れてしまう。

 奏でるメロディーによっては、空からミサイルや極太の破壊光線が降ってくる事があるので、これを利用して多数の魔物を一網打尽にする事もあった。

 こうして魔物の総本山たるダンジョンにやってきた。

 ダンジョンは地下迷宮。石のブロックで造られているようだ。

 奥の方から、小さい鬼のような魔物が向かって来るので、フルートを取り出してメロディーを奏でる。

 爽やかな春風のようなメロディーが、辺りに響き渡る。

 小鬼は向かって来る途中で止まり、苦しそうな表情になりながら、倒れて消滅した。

 演奏を終え、口からフルートを離す。

 しかし、フルートは同じ音を出したまま鳴りやまない。



「何、これ……バグった?」

 中学生くらいの少女が、独り言を漏らした。

 彼女の手にはゲームパッドが握られており、それと接続されているゲーム機は、大型テレビにも接続されている。

 ゲーム機の中には『49アドベンチャーズ』が入っている。

 テレビのスピーカーからは、同じ音がずっと鳴りっぱなし。

 爽やかなはずの音色も、延々と鳴り続けると、耳障りである。

 テレビ画面の奥から小鬼が向かって来て途中で止まってはもだえ苦しんで倒れてを、何回も繰り返している。

 何気無く、彼女はゲームパッドを操作して、映像のアングルを変えた。

「うわあーっ!」

 テレビ画面には、顔が逆さまになった主人公の女性が、映し出されている。

 首の辺りに髪の毛があり、重力に逆らうかのように上に向かっている。顎は天井の方を向いている。

「このシナリオはやめて、別なシナリオをプレイしよう」

 彼女はゲームパッドを操作して、シナリオを終了し、メニュー画面から別のシナリオを選択した。

 次にプレイするのは、三十番目のシナリオである。



 公園にやって来た。

 街灯で照らされているので、公園内は暗くない。

 夜、この辺りに出没するならず者共と戦えばミッションクリアらしい。

 公園の中を歩いていると、目の前にそれらしき連中が現れた。

 連中は、いずれも目つきが悪いか、サングラスを掛けているかのどちらかであり、いかにも自分達はワルだと主張するかのような髪型や服装をしている。

「やんのか、てめえ!」

 連中が襲い掛かってきた。

 パンチにキック、金属バット、鉄パイプが嵐のように襲ってくる。

 連中を相手にパンチやキック等で応戦するも虚しく、敗れてしまった。

 ゲームオーバーかと思いきや……そうはならなかった。

 視線を上に向けると、連中の姿がある。

「こいつには、お仕置きしないとな」

 連中の一人が、そう言いながら背を向けた。

 背を向けた男は、ズボンとパンツを脱いだ。

 そして、しゃがむ。

「ぅぅう~んんんっ!」

 りきんでいる男の尻から、茶色いものが出てくる。

 ぼっ! とん!

 ぶっ! ぶじゅっ! ぶじゅじゅじゅじゅ……っ! ぷりっ! ぷうっ!



「いやあああーっ!!!」

 少女の悲鳴が茶の間に響き渡る。

「どうしたの!?」

 ふすまが開き、四十代くらいの女性が入って来る。

「あっ……お母さん? 何でもない。ゲームをやってたら、何か変なシーンが出てきたから、思わず声を上げただけ」

「変なシーン? 何これ……」

 母親がテレビ画面を除くと、そこには茶色いものが映し出されている。ひび割れや胡麻ごまのようなものまで丁寧に描かれており、他のグラフィックと比べるときめ細かい印象がある。

「このゲーム、確か対象年齢十二歳以上だよね……」

 母親は顔を引きつらせながら、少女に尋ねた。

「パッケージには、そう書いてあるよ。だから、わたしがプレイしても問題ないはずなんだけど……」

 少女は母親に『49アドベンチャーズ』のパッケージを見せた。

「そうだよね……。このパッケージ、少しの間だけ借してくれる?」

「いいよ」

 母親はパッケージを持って茶の間から出て行った。

 再びテレビ画面を見ると、主人公の男性が、茶色いものを無理やり食べさせられている。

「うわぁ……」

 少女は思わずテレビ画面から、顔を背ける。

 しばらくした後で、再びテレビ画面を見ると、主人公のへらへらした顔が、アップで映し出された。明後日の方向を向いた目は、狂気に満ちあふれており、開けっ放しで舌をだらんと垂らした口の周りには、茶色いものが付着している。

「あわわ……」

 少女は震え出す。主人公の顔を見て怖くなったのだ。

 ゲームパッドを操作して、このシナリオを終了させようと思ったところで、テレビのスピーカーからファンファーレが聞こえてきた。

「えっ!?」

 シナリオクリアになったらしい。彼女は、きょとんとしている。

 彼女がほうけていると、いつの間にかメニュー画面に移っていた。

 ――今度こそ変なシナリオになりませんように。

 彼女は、そう願いながらゲームパッドを操作して、三十九番目のシナリオを選択した。



 前方には黒装束の忍者が数名。いずれも敵である。

 らねば殺られるので、腰に差してある刀を抜く。

 だが、白銀色に輝く刃は……無かった。

 その代わりに、茶色い木刀のできそこないのようなものがある。

 よく見ると表面にはいくつかのひびが入っており、胡麻のようなものがぽつぽつと付いている。

 ――これって、さっきの……

 敵が襲い掛かってきたので、を振って応戦する。

 敵に攻撃が当たった……はずだが、敵をすり抜けてしまった。

 ――あれ!?

 もう一回、敵を斬り付ける……はずが、すり抜けてしまった。

 敵が手裏剣をいくつも投げてきた。

 全てをかわす事はかなわず、一発だけ喰らってしまった。ダメージを受けたが、重傷ではない。

 敵の攻撃にも、当たらないこちら側の攻撃にもめげず、刀のようなものを振って応戦する。

 敵を斬り付けると、表情が変わった。目を大きく開いている。苦しそうにしている様子が、頭巾越しでも伝わってくる。

 だが、この時に発せられた音は、ゲームや時代劇等で使われるような斬撃音ではなかった。

 ぼっ! とん!

 ぶっ! ぶじゅっ! ぶじゅじゅじゅじゅ……っ! ぷりっ! ぷうっ!

 ――なぜ、ここでこの音!?

 ――やる気なくした……

 斬られた敵は、その場に倒れ、消滅した。

 敵を一人倒したが、敵はまだまだいる。

 敵の手から次々と手裏剣が飛んでくる。

 敵は次々と忍者刀で斬り付けてくる。

 ぐさっ! ぐさっ! ざしゅっ! ざしゅっ!

 ――敵からの攻撃は、まともなのね……



 テレビの画面には、倒れた侍に被さるようにして、「GAME OVER」という文字列が、表示されている。

 しばらくすると、倒れた侍と文字列の映像がフェードアウトして、メニュー画面に移った。

「……今日は、これくらいにしておこう」

 少女はゲーム機の電源を落とした。



 次の日、少女は四十八番目のシナリオをプレイした。



 核戦争や原発事故により、大半が放射能に汚染されてしまった地球。

 その地球を救うためには、光年木綿こうねんもめんという巨大な布みたいな姿をした妖怪の力を借りて、他の星まで行き、特殊な技術を持つ異星人を連れて来なければならない。

 だが、光年木綿との戦いに勝たなければ、力を貸してくれないという。

 長時間に渡る激闘の末、ようやく光年木綿との戦いに勝った。

 戦闘後、光年木綿は体を蛇腹のように折り畳んだ。光年木綿の体は極端に短くなった。

「私の頭に乗れ」

 光年木綿の言葉に従い、頭の上に乗って、いざ出発。

 光年木綿の体が一気に伸びる。

 ――あれ!?



 テレビ画面には白い帯――光年木綿の体――が表示されている。

 しかし、いつまでたっても、テレビ画面の表示は変わらない。

 白い帯が表示されたままだ。

「もしかして、フリーズしたの?」

 少女の口から落胆の声が漏れた。

「せっかく、光年木綿に勝ったのに。やり直しか」

 光年木綿との戦闘後、セーブしていない。最後にセーブしたのは、光年木綿との戦闘直前のところである。

 彼女はゲーム機の電源を切った後、少しだけ待ってから、電源を入れた。

 テレビ画面にメニューが表示されたら、そこで四十八番目のシナリオを選択する。

 選択後、ゲームはセーブしたところから再開されるかと思いきや……

 テレビ画面には白い帯が表示された。

「うそ……」

 少女は驚きを隠せない。

 しばらく待っても、テレビ画面がそのままなので、もう一度、ゲーム機の電源をオフ、オンする。

 今度は別なシナリオを選択した。

 だが、選択したシナリオは始まらず、テレビ画面に白い帯が表示された。

「そんな……」

 またゲーム機の電源をオフ、オンし、違うシナリオを選択しても、結果は同じだった。

 テレビ画面に白い帯が表示されたまま変わらない。

 少女は立ち上がり、茶の間から出て、台所に行く。


「お母さん、このゲームだけど、セーブデータがおかしくなったみたいだから、メーカーに問い合わせたい」

「えっ? 壊れちゃったの?」

「そうかもしれない。だから、昨日貸したパッケージを返してくれる?」

「いいわよ」

「ところで、お母さん」

「何?」

「何のために、わたしからパッケージを借りたの?」

「メーカーに苦情を言うためよ。十二歳以上対象のゲームで、あれはない」

「そう。どうしちゃったのかしら、ディスクリミネーションソフト。こんなひどいメーカーだとは思わなかったけど」

 少女は母親からパッケージを受け取ると、それに記載されているホームページアドレスに、スマホでアクセスし、メールフォームから件の不具合について問い合わせた。

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