第14話 取材

 六月下旬。

 外では、しとしとと雨が降り、かたつむりが、あじさいの葉の上をっている。


 D社一階にある応接室。テーブルを囲むようにして三人の男性が座っている。いずれもスーツ姿。

 下座の肘掛椅子に座っている男性二人は、D社営業部の社員である。

 一人は中肉中背で年齢は二十代後半くらい。もう一人は大柄で年齢は二十代前半くらい。大学を卒業したばかりと思われる。

 中肉中背の社員は捨間朱人すてまあけと。営業部の中堅社員で、細い目が特徴的。

 大柄な社員は地園。今年入社したばかりの新人だが、その割に肝が据わっているように見える。

 上座のソファーに座っている男性は、『週刊ウォミ通』というゲーム雑誌の編集部員である。

『週刊ウォミ通』の正式名称は、『週刊ゲームウォーミング通信』だが、長ったらしいので、略して『週刊ウォミ通』という雑誌名にしている。

 熱くなれるゲーム、心温まるゲームを取り上げようというのが、この雑誌のコンセプトである。

 編集部員の年齢は、二十代くらい。体格は捨間とあまり変わらないが、こちらは目がぎょろりとしている。


「はじめまして。ディスクリミネーションソフトの地園です。本日は弊社にお越しくださり、誠にありがとうございます」

 地園が編集部員に名刺を渡す。

「こちらこそ、はじめまして。週刊ウォミ通編集部の菱棚ひしだなです。本日は、ご訪問させていただき、ありがとうございます」

 菱棚と名乗る編集部員が、地園に名刺を渡す。

 こうして地園と菱棚は名刺を交換した。

 捨間との名刺交換は行われなかった。以前の取材で面識があり、名刺交換済みだからである。


「早速ですけど、捨間さん」

「はい」

「御社にて新作を開発されているという事を伺ったのですが、それはどのようなものでしょうか」

「『49アドベンチャーズ』の事ですね」

「新作のタイトル、『49アドベンチャーズ』と言うんですか?」

「はい」

 菱棚は手を素早く動かしながらメモを取る。

「続きをお願いします」

「ジャンルはアクションアドベンチャーで、多数のシナリオを自由に選んでプレイできます」

「はい」

 菱棚はメモを取りながら返事をした。

「飯蛸拓太郎、筒抜海作、焼畑陸智の三人がシナリオを書きます」

「なんと! 有名なシナリオライターや作家が……」

 菱棚が驚いたような声を上げ、表情も目と口を開いた相応のものになる。

「キャラクターデザインは烏峰明春」

「烏峰明春って、あの大人気漫画家の烏峰明春ですか……」

「そうです」

「音楽は音波狂研と炎代譲治」

「前作で音楽を担当した音波狂研に加え、凄腕ギタリストの炎代譲治も参加するとは……凄い豪華なメンバーですね」

「はい」

 ただでさえ細い捨間の目は、更に細くなる。

「いつ頃から開発しているんですか?」

「今年の四月からです」

「そうですか。それでは、発売日はいつ頃になりそうですか?」

「今年のクリスマスイブを目標にしています」

「今年のクリスマスイブ!?」

「はい」

「すみませんけど、そんなに早く発売できるものなのでしょうか?」

 菱棚は怪訝そうな顔をしながら尋ねた。

「そのためにスタッフを増員して、一生懸命開発を進めています。今年のクリスマス商戦は必ず勝ち取ってみせますよ。何と言っても、今回のは超大作ですしね」

 捨間は自信満々に話した。

「期待しています。それでは捨間さん」

「はい」

「企画開発部の様子を見せていただけないでしょうか」

「わかりました。私についてきてください」

 捨間が席を立つと、他の二人も同様に席を立った。

 捨間は後輩の地園と週刊ウォミ通編集部の菱棚を連れて、企画開発部のある三階に向かう。



 捨間達は企画開発部オフィスの前に辿り着いた。

 菱棚は入室の際に「失礼します」と声を掛けながら、お辞儀した。

 入室した直後、捨間達は体をビクッと震わせた。

 オフィス内では、社員や常駐スタッフ達が、パソコンのディスプレイと向かい合いながら作業している。

 一見、ありふれた職場の風景に見えるが、どこかが普通ではない。

 従業員達の顔が青白い。目の下にはクマができていて、頬はこけている。

 まるで生けるしかばねのようだ。

 ――以前は、こんな雰囲気ではなかったはずだ。

 菱棚は以前、取材のため、ここに訪れた事がある。

 その時は、こんな雰囲気ではなかった。みんなもっと顔色が良く、頬もこけていなかった。生気も感じられた。

 だが、今回はまるで違う。


「須分君、紺倉さん……」

 同期の変わり果てた様子を見て驚愕きょうがくしたのか、地園の口からぼそりとした声が漏れた。

 ただでさえ地味な須分は、幽霊のように影が薄くなっている。体全体が透けて、向こう側まで見えてしまいそうだ。

 紺倉の可愛らしかった顔は、やつれて、本来の外見的魅力が損なわれている。

「捨間さん……」

「何でしょうか?」

「新作は、もしかして『バイオハザード』みたいなゲームですか?」

 なぜ、そういう質問が出るのだろうと、捨間と地園は思った。

 現在、梅雨であり、じめじめとした憂鬱な天気が続いている。

 しかし、従業員達が死人のようになっている原因は、梅雨だからというわけではなさそうだ。

 彼らの先月の時間外労働時間は、二百時間以上。今月も同じくらいになると思われる。

 過労により青白くやつれた姿になっているのだ。

 一人だけ健康そうな顔色をしている従業員がいる。

 岩蟻である。

 パートタイマーの庶務である彼女は、新作の開発に携わっていないので、長時間働く必要が無いのだ。

「……じきに、プランナー兼ディレクターの椎尾から教えてもらえますよ」と、捨間は答えた。

 捨間達は格樹の席に向かって歩いていく。


「格樹さん」

「おお、捨間君か」

 捨間に声を掛けられて振り向いた格樹の顔は、他の従業員同様、青白くて頬がこけている。しかし、目が異様にぎらついており、悪魔が憑依ひょういしたような印象を受ける。

「ひっ!」

 捨間がのけぞった。捨間だけではなく、地園や菱棚も。

「……週刊ウォミ通編集部の菱棚さんをご案内しました」

「ありがとう」

 格樹は捨間に礼を言った。

「お疲れ様です、菱棚さん。それでは、開発中の新作を紹介しましょうか」

 格樹が菱棚に向かって言った。

「お願いします」

 菱棚がお辞儀すると、格樹が立ち上がった。

 格樹は三人を連れて、ゲームの実機が置いてあるデスクに向かう。


 菱棚はD社から許可を得て、ここに来ている。

 通常、企業の開発部門に外部の者が立ち入る事は、機密保持の関係上、許されない。

 だが、D社としては新作をアピールしておきたい。

 そこで、営業部は企画開発部と相談した上で、週刊ウォミ通編集部に新作の事を伝えた。

 すると、週刊ウォミ通編集部は是非とも取材したいという事で、菱棚をD社に行かせた。

 新作をアピールしたいとはいえ、機密保持の事があるので、格樹立ち会いのもと、取材を行う事になった。


 デスクの上にはゲームの実機とディスプレイ、スピーカーがあり、電源さえ入れればいつでも動かせるように接続されている。

 格樹はディスプレイとゲーム機、スピーカーの電源を入れた。ディスプレイにゲーム機のロゴが表示される。

 やがてD社のロゴが表示され、ゲームのタイトル画面が表示された。ここで格樹はゲームパッドのボタンを押す。

 メニュー画面に移った。ピアノをメインとした落ち着いた雰囲気のBGMが流れる。ここで「物語の世界へ」を選択する。

 すると、シナリオ一覧が表示された。開発中だからか、数は少ない。

「今はこれだけですが、製品版ではもっと沢山のシナリオを選べるようになります」と格樹が説明する。

「はい。ところで、これのスクリーンショット、いただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 菱棚からの頼みに格樹は快諾した。

 格樹が一番最初のシナリオを選択すると、メニュー画面が消えて、画面はシナリオの世界に移った。


 舞台は中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界。

 かつての国王が残したと言われる埋蔵金を、冒険者が探しに行く。

 ここはハーフティンバー様式――半木骨造――の家が立ち並ぶ町中。管楽器とストリングスによるのどかなBGMが流れている。

 格樹がゲームパッドを操作すると、一人の男性キャラクターが動いた。冒険者である。

 冒険者は精悍せいかんな顔と引き締まった体格を持っており、それらがメリハリのある少年漫画的なタッチで描かれている。

「烏峰明春先生がデザインされたんですね。これのスクリーンショットもよろしいですか?」

「もちろん」

 冒険者は町中で住民達と会話して、埋蔵金に関する情報をいくつか得た後、町を出た。


 町を出ると、そこには草原が広がっている。離れた所に木が少しばかり見える。

 BGMはオーケストラ調の勇ましいものに切り替わった。

 遠くからおおかみがこちら目掛けて走ってきたので、格樹はゲームパッドで冒険者を操作して、剣で狼を斬り伏せた。

 菱棚は「おおっ」という声を上げた。

 冒険者が草原を走っていく。

 途中、くすんだ緑色の小鬼――ゴブリン――や、ゼリー状の魔物――スライム――が、冒険者に襲い掛かってきたが、それらは剣で斬られて難なく倒されていった。


 冒険者は廃墟はいきょに辿り着いた。目の前には崩れた古城らしきものがある。

 冒険者は、そこに入っていった。

 BGMが寂しい雰囲気のものに変わった。

 寂れた風景の中に、人間の白骨死体らしきものがあり、近づくと動いてきて冒険者に襲い掛かる。それを冒険者は斬り伏せる。

 廃墟の中は、そんなに複雑な構造ではない。

 冒険者は大きな穴を見つけると、そこに入っていった。


 そこは洞窟のようになっている。

 BGMが暗い雰囲気のものに変わった。

 通路は入り組んでおり、まるで迷路みたいだ。

 蝙蝠こうもりが冒険者目掛けて襲い掛かってきた。

 宙を飛んでいる上、体が小さいので、こちらの攻撃が当たりにくい。

 冒険者は、攻撃を何回もかわし、剣を何回も振り回した後、ようやく蝙蝠を倒した。

 更に進んでいくと、冒険者よりも一回り大きい植物が視界に入ってきた。

 頂きの部分に赤い大きな花が咲いており、根っこが地面からはみ出ている。

 冒険者が近づくと、植物は根をたこの足のように動かし、冒険者に近づいてきた。

 そして、種をこちらに飛ばしてきた。

 冒険者は種をかわしながら、駆け足で植物に近づく。

 すると、植物はとげが生えた枝を、鞭のように振り回してきた。

 冒険者は、それをしゃがんだり、ジャンプしたりしながらかわし、少しずつ近づく。

 植物が剣の射程圏内に入ると、冒険者は花を剣で叩き斬った。

 すると、植物はしぼんでいき、やがて消滅した。

 こうして冒険者が探索を進めていくと、奥に扉が見つかった。


 冒険者が中に入ると、そこには石でできた巨大な人型ロボットのようなものがある。

 冒険者が近づくと、人型ロボットが動き出し、殴りかかってきた。

 BGMが、ディストーションのかかったエレキギターで奏でられる激しいものに変わった。

「ボスですね」

 菱棚が格樹に話し掛けた。

「そうです」

「ところで、このBGM、炎代譲治の曲ですか?」

「はい」

「かっこいいですね。特にギターの速弾きが凄いです」

 菱棚が言う通り、この曲は炎代譲治が作ったものである。

 しかし、データの作成者は祐奈である。

 菱棚が称賛するエレキギターサウンドは、サンプル音源系ソフトウェアシンセサイザーの打ち込み演奏によるもの。

 しかし、彼らはそんな事には気付いていないし、気付いたところで、どうでもいいと考えるだろう。

 人型ロボットは殴りかかってきたり、踏みつけてきたりして、冒険者を攻撃してくる。

 冒険者は、それをかわし、隙をついて剣で斬りつける。

 想像通り、人型ロボットは固く、一回斬りつけただけでは倒れない。

 冒険者は、攻撃をかわす、斬りつける、という一連のアクションを何回も繰り返す。

 だが、それでも倒れない。

「流石ボス、強いですね」

 菱棚がうなった。

 こうして攻防は続いたが、突然、人型ロボットの動きがおかしくなった。


「何だ?」

 格樹と菱棚が同時に声を上げた。

 二人の後ろにいる捨間と地園も、口を開いている。

 人型ロボットが、その場に留まったまま、両手両足をくねらしている。さながら、薬物に犯されて神経がおかしくなった蛸のような動きだ。石でできているとは思えない程、動き方がやわらかい。

「何でしょうか、これは?」

「……恐らく、バグですね。後で修正します」

 菱棚に尋ねらた格樹が、苦々しい表情で言った。

 人型ロボットがまともに動かないので、冒険者はひたすら斬りつける。人型ロボットは倒れ、崩れ落ちていった。

「ボスを倒しましたね」

「はい」

 菱棚が声をかけるも、格樹は浮かない表情をしている。

 崩れた人型ロボットの中から、大量の金塊や金貨等の金製品が出てきた。

 どうやら、これが埋蔵金らしい。

 ファンファーレが鳴り、シナリオクリアとなった。


「面白そうなゲームですね」

「もちろんですよ」

 格樹は他のシナリオもプレイした。

 プレイしたのは、刀を持った男がバイクに乗って、敵を倒していくシナリオや、悪役令嬢が拳法を駆使して、襲い掛かる騎士を倒すというシナリオだ。

 襲い掛かる騎士が、たまに全裸になる事があったが、菱棚からの「これは?」という問いに、格樹は「仕様です」と答えた。

 全裸騎士の肝心な所は、描かれていないので、これが原因でレーティングが大きく上がる事は無いだろう。


 午後六時頃、菱棚と営業部の社員は、企画開発部オフィスから引き上げた。

「本日は、貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」

 取材を終えた菱棚は、礼を言うと帰っていった。



「ストーンゴーレムの動きを担当した奴は誰だ!」

 鞭岡が席から立ち上がり、周囲に向かってえた。大きな声がオフィス内に響き渡る。スタッフ達が一斉に鞭岡の方を向く。

「……私です」

 川鳩が立ち上がって名乗り出た。

「お前か! 菱棚さんの前で、みんなに恥かかせやがって! さっさと修正しろ!」

「すみません」

 ストーンゴーレム――人型ロボット――の蛸踊りは、バグとして修正対象となった。



 後日、週刊ウォミ通編集部オフィスにて、菱棚は取材時のメモと、入手した何枚かのスクリーンショットを元に、パソコンを操作しながら記事を書き上げる。

 だが、その表情は決して明るいものではなく、開発に携わるスタッフ達に一抹の不安を感じていた。

 ――えらい顔色悪かったけど、大丈夫なんだろうか?

 書き上げた記事は、『週刊ウォミ通』のホームページや、発売予定の雑誌に掲載された。



『ディスクリミネーションソフトから新作が発売されるのか』

『制作陣が豪華だな』

『楽しみだ』

『グラフィック微妙じゃね?』

『でも、これ開発中のものだし』

『発売予定がクリスマスイブだけど、間に合うのかよ』

『地雷臭がするな』

 ここで言う地雷とは、期待外れの駄作という意味である。

『週刊ウォミ通』のホームページや雑誌記事を見たゲーム愛好者達は、感想をインターネット上の掲示板やSNSに書き込んでいった。

 その感想は賛否両論だった。

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