【五点】逃走

『対象Zを発見。 これより捕縛に入り、西条家に移送する 』


 何処かへ連絡を送った鈍色の鉄塊は、赤い双眼を俊樹達に向ける。

 肩のライトが点灯し、そこで初めて彼は現れた四機の姿を正確に見ることが出来た。

 全身はブースターの噴射炎のお蔭で解ってはいたが、非常にマッシブになっている。シンプルな人型は手足も胴も太く、左肩のライトとは別に右肩に銃器が鎮座していた。重厚な黒のチェインガンは人間が操ることを想定されておらず、故に引き金が無ければ人が持ち上げることすら出来ない。

 無骨でありながらも、黒の塊には確りとした殺意が込められている。

 ブースターの噴射穴は背面のバックパックに二つ、脚部に一つずつ。計四つで姿勢制御も行い、その姿は俊樹から見て古臭さを感じさせる。


 興味が無いとはいえ、授業でアサルト・ロボッツが出るのは必然だ。

 警備機構も備えたヴァーテックスがアサルト・ロボッツを使う事はあるし、教科書にも開発の歴史が記載されている。

 挿絵として当時の画像も存在し、目の前の鉄塊は最古のモデルに非常に似通っていた。そして右肩を見て、俊樹は驚きの感情を更に高める。

 三つのVがピラミッドのように積み上げられたエンブレム。それはヴァーテックスのシンボルマークであり、これを付けることが許されるのはヴァーテックスの備品だけだ。

 

「な、なんで、ヴァーテックスの機体が此処に?」


 不意に出て来た呟きに、デュアルアイは一瞬輝きを強めた。


『なんだ、お前は自分が何なのか理解していないのか?』


「なに?」


『はっはっはっは、成程成程。 だから何の対策もしていなかったという訳か。 今この段階で迎撃用の武器が一つも出てこないことを不自然に感じていたが、お前が何も知らないのであれば納得も出来る。 ――そこの男からも何も伝えられていないのだろう?』


 若い男の声は尊大な口調で彼を嘲笑した。

 明らかな上から目線であるものの、今の俊樹はそれについて文句を口にする余裕は無い。それよりも先ずは、この状況に対する明確な答えが欲しかった。

 父が何かを隠している。

 これはもう確定だ。アサルト・ロボッツARのパイロットが言うように、彼は何一つとして真実を知らずに生きてきた。

 そして、その真実が今ここで牙を剥いている。そこに行き着いた時、彼の本能と理性は別々に結論を弾き出す。

 

「俺を捕まえる!? 一体全体どうなってんだよ、説明しろ!!」


『俺が説明をする義理は無い。 説明を受けたいなら、後でいくらでもそれを聞く機会はあるだろうさ。 ……ああだが』


 本能は逃げろと訴えている。

 理性は情報を探れと訴えている。

 二つの相反する結論をごちゃ混ぜにして叫ぶ俊樹に、しかしパイロットの男は無情な台詞を吐くのみだ。

 当然と言えば当然。そも、ここで無駄話をしている暇は無い。彼等の雇い主からは迅速を求められ、その為に今回ARを使用する許可が出ている。

 これで万が一逃せば、待っているのは叱責ではない。反省文でもなければ、減給ですらない。

 即ちクビだ。それも物理的な意味での。

 だから遊べない。けれど、それでも、男は叫ぶ彼に優越を覚えたのだろう。内側で口を醜悪に歪ませ、俊樹の横で未だ横になっているフリをしている父を指差す。


『そこに居る男は排除対象だ。 西条の血を外に持ち出した人間を、あの家の人間は許すつもりは無い』


「――――」


 告げられた言葉は残酷無慈悲。

 即ち、生き残れるのは俊樹のみ。父と共に捕縛されるのではなく、彼の唯一の親だけは此処で殺される。

 思考がぶつ切りにされた。何を言っているのか一瞬理解に至らなかった。

 そんなことはない。これはきっと何かの間違いだ。そうでなければ、一体どうしてそんな理不尽な目に合わねばならない?

 自問に対する答えは全身に巡る熱い血。その血に任せ、父の拘束を解いた彼は二本の足で立つ。

 目には険吞が宿っていた。あるのは怒りと憎悪。忘れるなかれと激情を滾らせ、それは一つの原動力となる。


「親父、立て」


 命令だった。嘗てのトラウマに対する拒絶反応と似た、断固としたものだ。

 父は軽く立ち上がり、崩れた金髪を元通りのオールバックに変える。緩い笑みは引き締まり、雰囲気は俊樹が見た如何なるものとも異なっていた。

 それはきっと、俊樹に隠していた父の別側面。振り向いた父は、刀が如き目で四機のARを睨む。

 

「足止めする方法、なんかあんだろ。 この状況でも」


「……急に肝が座ったじゃねぇの。 さっきまでの狼狽振りはどうした?」


「キレてるだけだ。 どうせ戻ったら震えるだろうよ」


「そうかい」


 キレていた。激怒していた。単純明快な答えに、父もまた同意を示す。

 父の脳裏に描いていた今後の予定は白紙となった。新たに絵図を用意する隙は見当たらず、であれば一先ずの安全を確保するところからだ。

 そっと、父はこれまでズボンのポケットに入れたままの携帯端末を取り出した。

 それをリモコンを向けるようにAR達に向け、三度電源ボタンを押す。

 たったそれだけ。何か大きな出来事が起こることはなく、父を除いた全員が怪訝な表情を浮かべた。

 けれど、父だけはあくどい笑みを浮かべる。それは正に犯罪者を彷彿とさせるものだ。


「行くぞ、俊樹。 今の奴等は動けねぇ」


「は?」


『貴様、何を寝言を――』


 言葉を言い終わる前に、唐突にデュアルアイから赤い光が消失した。

 ボディというボディのバランサーが切れ、四機は身体を垂らしてその場で静止する。

 突然の停止。外部からの信号受信については正確に決められ、まったく知らぬ信号を迂闊に受信することはない。

 にも関わらず、機能が完全に停止した。それは驚異の事実であり、パイロット達は全員が騒然とする。 

 俊樹もまた驚きの顔をするが、父が腕を取って走り始めたことで意識を元に戻す。

 二人は揃って車庫に赴き、古めかしかを感じさせるアルミ製の車に乗り込んで直ぐに発進させた。

 

「奴等が動けなくなる時間は五分だ。 五分の間に迂闊に手が出せない場所にまで移動する」


「具体的には?」


「人混みが多い場所だ。 街中か、それが無理なら近くでも良い。 奴等は出来る限りこの事態を静かに終わらせたいだろうからな」


 全速力で走りつつ、先ずは安全地点を決める。

 車で五分の距離となると、流石に街に到達することは出来ない。彼等が住んでいた場所は田舎で、それも人口密度が極端に少ない地域だ。幼馴染とも呼べる人物も俊樹の周囲には居らず、家の周辺で会うとすれば老人や都会を嫌った草臥れた元社会人ばかりである。

 となれば、熾烈なカーチェイスの一つでも起きるかもしれない。今の内にシートベルトを着用しつつ、そうだと父は口を開ける。


「携帯の電源も切っとけ。 あれで探知されちゃお終いだ」


「……それは、あの肩のシンボルが影響しているのか?」


「ちょっと違うが、まぁそんなもんだ。 今の俺達はヴァーテックスに追いかけられていると思った方が良い」


 国際治安維持組織から追われるなど、そんなのは指名手配犯と一緒だ。

 納得出来ないものを抱えつつも、彼は携帯の電源を落した。これで電話もメールも使えなくなったが、どだい追われるとなれば学校に行くことも出来なくなるだろう。

 

「後で全部話せよ」


「解ってる。 全部確り話す。 お前が散々聞きたがっていた母さんについてもな」


 真剣な俊樹の言葉に父もまた真剣な言葉で返した。

 そこに嘘は無い。一切の虚偽無く全てを話すと言外に告げていて、ならば今は良いと周りに目を向ける。

 木々ばかりが目立つ周囲は闇一色だ。ライトや街灯によって幾分か照らされているとはいえ、遠くからの景色を見ることは難しい。

 それは逃走には向いているとも言えるが、あらゆるセンサーを兼ね備えているARの前では夜闇の有効性は低い。

 だから、そう。唐突に聞こえた地響きに対して二人は揃って舌を打った。


「やっぱり居るよな、増援部隊!」

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