神様に無理矢理生き返させられた

羽春 銀騎

第1章

第1話

「逃げてー!」

 叫びながら森の中を走る。幼なじみは腰を抜かして座り込んでいた。石を投げて彼女から離れるように動くと、1番大きなウルフがじっと見つめてくる。いきなり走ると一斉について来た。逃げろ!すぐに捕まるな、少しでも遠くに。

「はぁはぁ」

 村の中で速いと言っても1番ではないし、ウルフから逃げられると思ってはなかった。1人だったら諦めて食べられていたはず。エイシェトが生きているなら、少しでもアイツ等の気をそらすために全力で走る。


 痛い!


 腕から血が出ている。牙か爪か分からないけど、攻撃された。怖い、どっちに行けばいいのかわからない。

 

「!%#%!@¥」


 痛すぎて言葉にならない、痛い。もう、止まりたい。だって左腕の肘から下がない。それでも走ることはやめられなかった。少しでも遠くへ。彼女が生きていますように、お願いだ、誰でもいい助けてあげて。


 !!


 足が、足が。ウルフ達が群がって体中を痛めつける。逃げられたよね。もう、いいよね。


 痛い、助けて、誰か、助けて、痛い、痛い、たすけて、タスケていた・・・い





 生きてる。痛くもない。だけど、体の感覚が一切ない。目は見えてて、森の中にいるのはわかる。わかることはそれだけ。父さんは魔物に殺されたって、こんな感じだったんだろうな。母さんは父さんが死んでから、無理し過ぎて突然死んだ。それが半年前。目の前で倒れて冷たくなっていく。実感なんてない。何日かしたら、もう帰ってこないのだけわかって、寂しくて泣いた。そういえば、明日の食べ物はどうしよう。今日はお手伝い出来なかったから。あれ?動けないんだ。死ぬんだ。明日のこと、考えなくていいんだ。

 エイシェト、無事ならいいな。目が霞んでくる。






「生きたい?」

 柔らかな声が聞こえる。誰だろうか、聞いたことのない声だ。

「生きたい?」

「いや」

「どうして?」

「お腹空く、殴られる、何もできない」

 手伝いをうまくできないと、蹴られたり殴られたり、ご飯をくれなかった。

「何でもできたら、生きられる?」

「子どもができる訳ない。職業もスキルもないのに」

 一方的に話を進められる。自分の思い通りにしたいんだろうな。周りの大人と一緒。

「何でもできたら、生きられる?」

「いや」

「どうして?」

「あなたが嫌い。だから」

 声がとぎれた。目の前が暗くなっていく、つらいのはこれが最後。お母さんが死んでからずっとお腹が空いて、つらかった。手伝いの度に殴られて痛かった。家族がいなくなって寂しかった。もう、全部なくなる。良かった。

 目の前に白い空間が広がる。どこからかさっきと同じ声がする。

「ねえ、死んだほうが幸せ?」

「うん」

「君の両親は生きて欲しいって、死んでいったのに?」

「死んだら、もう関係ない」

 職業の祝福を受ける15歳まで育てるのが両親の努めとされている。貴族など余裕があるなら見習いや学園が終了するまで面倒を見る。

「じゃあ、育ててくれる人がいればいい?」

「いらない」

「もう、どうしろっていうのよ」

 声が怒ったようにしゃべり出す。目の前には光だけが見える、女性の神様?

「死後の世界に早く連れて行ってよ」

「それができないから困ってるのよ」

「女神様なのに子供1人も連れていけないの?」

「くっ、ムカつくわね。出来ないからこうしてるのに」

 死後の世界には行かせてくれない?なんで?

「あなたの母親が隠しレアスキル持ちだったのよ。このまま連れて行きたいけど、行くと世界の理が壊れて、世界崩壊してしまうからだめなの」

「なんっていうスキル?」

「女神の守護」

「?」

 母さんが守護されている?死ぬ前に何とかなるような。

「守護されてない」

 無理してるのがわかったし、日に日に衰えて、洗濯や料理も僕が出来ることは替わりにしていた。でも細くなっていって。

「したわよ」

「何で死んだの?」

「それは」

 無言だった。

「僕の母さんは女神に殺されたんだ」

「ちがっ」

「どう違うの?女神の守護って。祝福でも超有名で誰も知ってるぐらいなのに?それ以上に聞こえる守護がついていて死ぬの?働き過ぎで」

 何も聞こえてこない。

「もういいから死後の世界に連れて行ってよ。女神の何とかって意味ないって、わかったからさ」

「無理よ」

 頑として死んでいる僕を連れて行こうとしない。

「何で?死んだものを連れて行く、導くのも仕事だよね?」

「それは天使の仕事」

「天使さーん!ここにいますよ!連れて行って!助けて!死んでるよ」

「ちょっ」

 目の前には教会によく描かれている、かっこいい天使が現れた。

「僕、ウルフにやられて死んだので連れて行ってください」

「女神様?んっ。ちゃんと死んでいるか調べるね」

 目を閉じて光るとすぐこちらを見る。

「死んでるね。女神様、連れて行きますね」

「だめよ。神様に祝福を受けて職業を与えられ、成人になるまで約束させられた子なの」

「でも死んでますよ」

「天のお導きを」

「本人も導きを求めており、死を受け入れておりますので、我々としては連れて行くしかありません」

「今から生き返れば間に合うわ」

 首を振る。

「さすがにそれは、神様に裁量を仰ぎたく、お願い申しあげます」

 おじいちゃんがいきなり現れた。なんかかっこいい感じがする。

「女神様が死後の導きを拒否されるのです。この子自身、死を受け入れ導きを望んでおります」

「ふむ、そうか。本人が導きを望んでいるのなら」

 今まで姿を見せなかった女神?が現れた。

「お待ちください、神様。例の子なのです、例の」

「なんじゃと!?わずか半年と?その子の母を守護できず、だがその母の願いを叶えることで、お主に慈悲を与えることとしたはずだが?しかもこの子が戻りたくもないとは職務怠慢もはなはだしい。問答無用、これより煩悩を取り除く!」

「待ってください。それだけは、それだけはお許しを」

 大きな雷が女神?に注ぐ。思わず目をつぶった。恐る恐る目を開けると、神々しい女神がいた。さっきまで黒いものがふわふわしてたから、女神?って思っていたけど、今は女神様って感じがする。

「君にはとてもつらい思いをさせた。すまない」

「でも、もう終わりなのでかまいません」

「・・・生き返ってもらわなければならない」 

 それを聞いた瞬間、記憶がフラッシュバックして涙がポタポタ流れた。

「イヤです。天の導きを」

「汝ランスよ。神の名において守護と祝福を」

「いらない、死後の世界に連れて行って!」

 帰りたくない。帰る場所なんてない。誰もいない。

「女神の名において守護と祝福を」

 涙が止まらない。ヤダ、痛くてひもじくて寂しくて冷たい世界になんか帰りたくない。帰れないならここでもいい。帰りたくない。

「ランスよ、すべての職業を与える」

「いらない、死後の世界に連れて行って」

「ランスよ、全てのスキルを与える」

「何もいらない、いらないから、生きたくない。おかーさーん、置いてかないでやだよー。おがーさーん。あーーーー」

 イヤだ。いやだ。

「いかん、魂にヒビが」

 やだーーーーーーーーーーー



















 目が覚めた。死んだはずなのに。殺された場所そのままに、服もボロボロ。不思議と体は傷すらなく、食べられたはずの腕や足もあった。やっぱりお腹は空いている。帰ったとしてもパンもない。山を登っていけば父さんを殺した魔獣もいる。行けるかな?


 足が痛くて、すぐに歩けなくなった。高い木々が空を塞いで、周りは薄暗く視界は良くない。ちょくちょく音がするから振り返っていたけど、だんだん気にならなくなった。登っている方に行けば何とかなる。穴とかうまく回り込んでいたんだけど、中に落ちちゃった。水ない、ご飯ない。足痛い。徐々に赤く腫れ上がっていく。上を見るとすごく高い。どっちにしろあがることはできない。こういう時は寝る。



 何か這いずるような音で目が覚めた。目が慣れたのか、何となく見える。音のする方向を見ていると大きなものが現れた。ヘビ!頭だけで僕より大きい。魔物かな?こちらに気づいているようで、真っ直ぐに向かってくる。口を大きく開けて、僕の体に牙を突き刺した。体中が熱く、張り裂けそうになる。口の中に血の味がする。

 ブハッ

 口の中から液体が出てくる。



 気がつくと穴の上にいた。何で死んでないんだろう。

「ねえ、村に戻ったら?」

 小さい羽の生えた人が浮かんでいた。ちょっとキラキラしている。これはなんだろうか?母さんからは聞いたことがないと思う。

「聞こえてる?」

 関係ないか。行こう。

「ちょっと、無視しないでよ。あなたが村に戻らないと困るのよ。ちょっとぐらいなら、お願いを聞いてあげられるから」

「邪魔」

 さっき魔物に食べられた。なのに死んでもなく、ケガすらない。生き返ったときと同じだ。さっきから目の前をチョロチョロして、ペチッ。木々の間に消えていった。よし、行こう。

「何するのよ!お仕置きファイア!ちょっと痛い目見なさい」

 火の玉が飛んできて、僕の体にまとわりついて、ジュッと焼けるような臭いがして、痛くないな。

「え、ええっ。ええ」

 力が抜けて地面に激突する。熱いはずなのに冷たい。ゆっくりと体の先端から感覚が抜けていく。真っ暗だ。体が動かせない。



 気がつくとボロボロの服のまま、また生き返っていた。

「すごく怒られたんだけど」

 そんなことは知らない。人を殺しておいて怒られるだけで済まされるのだ。

「何で死んでないんだ?」

「天使様が飛んできて、生き返らせたわよ。罰として一生面倒見るはめになったわよ。もうすぐで女王の親衛隊に昇格できるはずだったのに。どうしてくれるのよ。いい加減戻りなさいよ。何が不満なのよ」

「生きてることが。天の導きを許されなかったことが。なんで?」

「知らないわよ」

「知らない?話すこともないし邪魔だから帰れ。あと殺したやつといたくない」

 また、上に向かって歩き出す。目の前を飛ばなくなって、気が散ることもない。さて、がんばって歩こう。

「ねえ」

 スピードを上げながら登っていく。話しかけるなよ。

「ねえ」

「うるさい。殺人羽」

「なっ。あんたなんか知らないわよ!バーカ」

 どこかに飛び去るのを見送って山登りを再開する。たまに滑ったりして、肘をすりむいたりした。


 夜、疲れたから岩の上に横になって夜空が見えた。少しは頂上に近づいたかな?目を閉じた。


 眩しいっ。うっすら目を開けると光った羽の生えた人がいた。目眩ましか?反対を向いて、目を閉じる。まだ眠たい。

「女王の御前である。起きぬか人間」

「眩しいから無理」

 やや眩しさは収まった。寝られる。

「起きよ。人間」

 煩くて眠れない。場所を移動するか。

「どこへ行く?」

「眩しくて寝られないから移動」

「待て、女王陛下よりお話がある」

「こっちにはない」

 無視して移動。こっちのことは考えないんだから別にいいね。

「待て待て、待って。取り押さえろ!」

 すごい力で抑えつけられる。動こうとしても動けない。何でこんな目に。

「妖精族の同胞が侮蔑をもって蔑ろにされた。謝罪せよ」

「なんで?」

「謝罪せよ」

「気に入らないなら、殺せばいいだろうが、殺人羽!」

「なんと愚かな。殺人などもっとも忌避される行いだと言うのに。そこの崖から滑って墜ちなさい」

 その瞬間、よくわからない力で、空中に投げ出される。滑る?そんなものじゃない。だいたい地面に体がついてない。山の森が下に広がっている。



 目の前に真っ白い空間が再び広がる。天使と妖精族の女王がいた。

「ここに来たってことは導きの許可がでたんだよね?」

「それは出せないんだ」

「説明して、じゃないと」

「天使でも説明する事ができないんだ」

 何だよ。好き勝手ばっかり。

「お詫びに妖精の加護を追加するから」

「何もいらないから、死後の世界に行かせて。それに殺したやつの加護なんていらない」

「出来ないんだ。それ以外だったら」

「母さんを生き返らせて」

 天使の動きが止まった。

「それもできない」

「自分で行くから道を教えて」

 天使は俯いたまま黙ってしまった。

「これ以上は修復が間に合わなくなる。まずは天使の守護と祝福。妖精王もつけよう」

「て、天使様それはあんまりでは?」

「それで穢れを相殺する。神様・女神の加護を受けた者を2度殺人、どれだけ生き残れるかな?」

「ご冗談を」

 なんか2人で話し始めた。妖精が光って、顔が青ざめる。何かしたのかな?

「我々では押さえきれない。神様に相談しよう」

 目を瞑ると唸ったりしている。この白い空間、どこまで行けるのか、歩いてみよう。ううん、どこまで行っても白い。天使が遠くに見える。もうちょっと歩いてみよう。

 カチ

 白い床が抜けて、黒い空間に落ちていく。下が見えてきた。あれは赤いスープみたい。サラサラじゃなくて、具沢山のドロドロスープ。中に落ちていく。熱い痛い。だけど死ぬような痛みに慣れてきてる。喚くほどではないか。周りからは苦しみの声があがっている。

「ちょっと、あそこ!死亡手続きが終わってないのにマグマの中にいるよ。平然として、どんだけの大罪人なんだ。みんな、引き上げて魔神様の所に連れて行くよ」

 黒い羽を広げた綺麗な人達に運ばれていく。城っぽい所に運ばれて列に並ばされる。どんどんと前に進んでいく。

「2、3、9、6、1」

 まとめて番号を言われていく。速い、一瞬だ。もうすぐ順番がくる。

「4、1、7、保留、2」

 保留?誰かに引っ張られイスに座る。僕以外座ってないんだけど。でも、どんどん分けられる様子を見ていられるのは、なんか楽しい。


「起きろ、詳細を魔神様に検分いただく」

 寝ていたようで1人だけ立たされて、見つめられる。

「妖精に殺された?」

「はい」

「悪いことした覚えはある?」

「天の導きは出来ないって言われました」

「神よ。どういうことだ」

 次の瞬間、大きな真っ白いウルフが出てきた。

「魔神様、神の代行フェンリル参りました」

「して、この者を何故地獄へ落とした?導きもできぬとは。見たところ職業を得る年にも達しておらぬようだが」

「女神への鉄槌の被害者でございます。そのために天使の部屋で確保していたところ消え、捜索中でございました」

「何故妖精が殺した?童から目を離す管理体制、本当に贖罪するつもりはあるのか?視た限り多少の口の悪さはあるが童に非はない」

「それは・・・」

「何を与えても納得はすまい。全てを話し赦しを得なければな。間違ったのはこちらであろう」

 今までとは違う感じがする。僕のことを考えて話をしてくれる。

「そう、です。彼は被害者で悪いのは我々。少年よ、申し訳なかった。なぜ、導きができないのか?それは世界が崩壊してしまうからだ」

 白い狼がどやって感じで、こっち見られても。

「崩壊していいから導きして」

 魔神が頭を振って悩む。

「フェンリルよ。何も知らぬ童にそれで理解せよというのは。我がやってみよう。我々、神々は世界を壊れないようにいろいろやっておる。死者の転生やら、職業の祝福などな。ここまでは解ってくれるか?」

「うん」

「でフェンリル原因の権能は?」

「女神の守護でございます」

 眉間にしわが寄る。

「この少年の母が持っておりました。女神の怠惰により過労死したことが判明。神・女神・母親の3者により女神が少年に職業の祝福を与えられるまで健やかに育つことを神との約束において誓約いたしました。しかし、幼馴染みと共にウルフに襲われそうになったところを囮になり死亡しました。故に”神の誓約”不履行により世界消滅の危機に際し、生き返らせることにより不履行を軽減しようとしているのが現状でございます」

「神の誓約まで使っていたのか。これは・・・童よ。願いはなんじゃ?」

「天の導きを」

「それ以外は?」

「母さんを生き返らせて」

「それ以外は?」

「ない」

 魔神は唸りながら頬に手を当てる。

「元女神の判断からいっても健やかに育ってもなかった。帰りたくなくなるのもわかる。転生させても不履行になる。お手上げじゃ。神々ができることがないのじゃから。無理矢理生かすしかない。もう、妖精は使えない。となると。あちらに顕現できる者は妖精以上でおるか?」

「女神の代行スコルと神の代行このフェンリルでございます」

「両方つけよ。万が一、再び死ぬことあらば、数千年では直せん。もう100年単位で増えていっておるはずじゃ。たかだか人の一生ほどの時間、完全不履行は万年修復にかかる。邪気を払うのため、さらに時間がかかると思えば安いと思うのじゃがのう」

 次の瞬間、大きな黒い狼が現れた。

「女神の代行スコル、魔神様の御前に失礼いたします」

「ランスよ、世界のために生きることを強要する。お主の願いは何1つ叶えられるものがない。すまない。1つ、お主が自由に生きるためにステータス職業を農家にしておく。今の状態を見れば、人の国を挙げて利用されるのは明白故な」

 フワッと優しい光が頭の上ではじける。

「魔神の祝福を授ける。守護はやれぬがせめてもの気持ちじゃ」

 また、捨てられるんだ。戻される、そう思うと自然と涙が零れる。

「地獄の海に浮かぶより現世に戻る方が辛いとは。余程、女神は見放しておったか」

 溜め息。絶望。何かが壊れる音がハッキリと聞こえた。

「フェンリル、スコル。贖罪の勤めであることを魂に刻み、代行たる権限を行使してでも守り抜け。頼んだぞ」

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