冒険に出る前に、それなりの身支度が必要だと言う事で、三人は近くにあると言う街を目指して歩き出した。アルフォンソに乗れば一瞬なのだろうが、街の近くには彼が降り立つ場所がないため徒歩で移動するしかないと言う。


 森の中を東西南北のどちらに進んでいるのかは分からないが、アルフォンソの案内で迷うことなく突き進む。草木を掻き分けて獣道を通らざるを得ないのは否めない。


「ねぇねぇアルちゃん」


 森を進みながら、あれだけ嫌悪感を丸出しにしていた美空は、知らぬ間にアルフォンソの事を「アルちゃん」と呼ぶようになっていた。

 アルフォンソもアルフォンソで、そう呼ばれると嬉々として返事を返す。


「何かしら~」

「さっきの話なんだけど……ちょっと気になってさ。何でアルちゃんは影の住人であるあたしたちに接触しようと思ったの?」

「あぁ、それ? それはぁ……」


 アルフォンソは何か含むような言い方をした後、チラリと稔を見て頬を赤らめた。

 当の稔はなぜ彼がそんな反応をするのか最初は分からなかったが、次の瞬間にはゾッとした寒気を覚え、青ざめた顔で自分の体をぎゅっと抱きしめた。その反応に気付いたアルフォンソはムッと顔を顰めて頬を膨らませる。


「やっだもう! 何よその反応! 私に失礼じゃない?!」

「あ、いや……つい」

「大体、あなたの方から触ってきたんじゃない。私のお尻に!」

「は?」


 何を言い出すかと言えば、まさかの「お尻」だ。しかも「触った」などと言う発言に身には全くと言っていいほど覚えがなく、そもそも男性のお尻を触るなど興味すらなかった稔は、今度は怪訝な顔をする番だった。


「俺、別にアルフォンソの尻なんて触ってないけど……」

「何言ってんの!? あんなに撫で回したくせに! 酷いわっ!」

「なっ!? ちょ、待って!? 何言ってんのって、それこっちのセリフだし!」


 アルフォンソは顔を赤らめたままとんでもない事を発言した。“撫でる”ではなく“撫で回す”とはまた随分執拗な……。

 その話を聞いていた美空は、必死に弁解しようとする稔に対して冷たい視線を投げかける。


「……アンタ、そう言う趣味だったんだ」

「違う! 男に興味ない!」

「ちょっと! 私男じゃないわよ! 女でもないけどっ!」

「はぁ?」

「ドラゴンは雌雄同体。どっちでもあるけどどっちでもないの! 色んなタイプはいるけどね」


 アルフォンソはプリプリと不機嫌そうに腕を組みそっぽを向いた。

 稔も美空もドラゴンが雌雄同体と言うのは初めて聞いた。


「って、それはともかく、俺アルフォンソの尻になんか触ってないからなっ!」

「あ~、そう。そう言うシラを切るの。いいわ。じゃあ思い出させてあげる。私がちょっとお昼寝している時、ボールが転がってきてぶつかったのよ。で、目が覚めちゃったわけ。そしたらあなたが来て私のお尻撫で回したんじゃない。覚えてない?」


 稔はそれには記憶がある。つい昨日の事だ。忘れるはずがない。

 狭い穴の中、見えない壁を隅から隅まで触っていたのは確かだが、まさかそれがアルフォンソのお尻だったとは分かるはずがない。何せ稔にはただの透明なゴムの壁でしかなかったのだから。


「あの透明な壁が、アルフォンソの尻だったってわけ?」

「そうよ! 不意打ちでいきなりあんなに撫で回されたら私だって感……じゃなくて、ビックリするに決まってるでしょう!?」

「今、ヤバイ発言しようとした」


 美空がすかさず突っ込む言葉に、アルフォンソは真っ赤になりながら「ち、違うわよ!」と強く否定した。


「だから、あたしたちと接触しようと思ったの?」

「まぁ、確かにそれもきっかけの一つではあるけれど……。本来、影の人間は私たちに接触出来ないの。でも、触れたってことに興味が沸いたわ。時々、本当にごく稀に触れたり出来る人がいるとは聞いたことがあるけど、そんなのこの世界で言えばまさに伝説ものよ」

「マジ? ってことは稔、選ばれし者じゃん」


 美空は真顔で稔の顔を見つめるが、彼女の目には「伝説」と言う言葉にワクワクを隠し切れない様子だった。キラキラと輝くその目が、やたら眩しく見えるほどに。


「勇者だ勇者! マジな勇者になったんじゃん? ってことはあたし何?」

「そうねぇ……従者?」

「勇者の従者? 一文字で全然違うじゃん! 従者ショボ! だってヒノキの棒しか装備してないんだよ? めっちゃショボ!」


 美空はアルフォンソに自分が従者と言われたことに心底残念がっていた。

 持っていたヒノキの棒……もとい、麺棒を振り回しながら「勇者ずるい。あたしの方が絶対勇者向きなのに」と不平不満を漏らしている。

 そんな彼女を横目にアルフォンソが稔に視線を送ると、その視線に一瞬ビクッとしてしまう。ドラゴンの目は瞳孔が猫のように縦長になっている。その為かじっと見つめられると何処を見ているのか分からずに、少し怖く感じられるのだ。


「な、何だよ……」

「ねぇ、そのポケットに入ってるの何?」

「え? ポケット?」

「そう。ずぅ~っと気になってたのよね」


 稔は指を指されたポケットに手を入れ、それを表に取り出してみる。すると手にしていたそれはまるで生きているかのように突然成長し、ずっしりとした重みを稔の手に与えてきた。


「お、重っ……!」


 先ほどまで何ともなかったはずなのに、今は両手で支えなければならないほどの重みを与えてきたそれは、少し前に甥っ子がくれたあのキーホルダーの剣だった。

 ドラゴンが描かれた青い石のはめ込まれたその鞘付きの剣は、外に出した瞬間に本物の剣そのになったのだ。

 それを見たアルフォンソは目を丸くして、感心したようにその剣を見つめている。そしていきなり現れたその剣に食いついて来たのは他ならぬ美空だった。


「うわヤバ! 稔なんでそんなの持ってんの? ズルくない?」

「甥っ子に貰ったんだよ。ただのキーホルダーだったのに、何で……」

「なるほどねぇ~……」


 剣の切っ先を地面に下ろし、肩で息を吐きながら柄を握り締めていた稔はアルフォンソを見た。

 アルフォンソは納得したように顎に手をやり、何度も頷いている。


「それ、こっちに来るための鍵だったんだわ」

「は?」

「あなたたち二人が入ったあの穴ね。本当はただの穴蔵で、私の寝床にしてたところなの。あなたたちの世界で言えば、荷物を置くための地下倉庫だった場所って言うのかしら。本当ならどこにも道は無いはずだったのよ。でも道が開けたのは、それが原因だったのね。だからあいつも……」

「あいつ?」


 アルフォンソが言いかけた言葉に、稔は首を傾げて聞き返す。すると彼は慌てて肩をすくめた。


「あぁん。時々ね、失せ物の中に不純物が混ざって来ることがあるの。その失せ物の色は他の色と違って黒いんだけど、それを集めてるコレクターがいてね。そいつがもうタチ悪くて。ずっと影の世界に行きたがっているから……。たぶんあの時、その鍵の存在を察知したんだわ」


 稔はこちらに来るあの洞窟の中で爆発音が聞こえた事と、アルフォンソの「メンドクサイ奴」と言っていた言葉を思い出した。

 黒い失せ物ばかりをコレクションするコレクターで、影の世界に行きたがっている。その言葉だけでそいつがヤバい奴だと言う事はみなまで言わずとも分かることだ。


「これ……どうすれば……」


 本当だったら持っていたくないところだが、甥っ子がくれたものと思うと手放すことは出来ない。

 困っている稔に、アルフォンソはにっこり笑いながら答える。


「持ってた方がいいわ。それは鍵だけどあなたの身を守るものだもの。まぁ……でもその前に、その剣を振るえるだけの筋力を付けなきゃただの重たいお荷物にしかならないけどね」


 さらりと言ってのけるアルフォンソに、稔は我ながら自分の腕っぷしの細さに言葉を無くすしかなかった。運動をしてないわけではなかったが、それでも対して筋力はついていない。

 稔はチラッとアルフォンソを見ると、彼の腕の太さと自分の腕の太さの差に思わずため息が漏れた。

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