第6話:苛烈な襲撃者

吐き気を催すほどの硫黄臭が辺り一面に立ち込めていた。

犬型怪人ヘルハウが突き破って出てきた壁の穴からは豪炎から立ち込める黒煙が入り込んできていた。そしてその煙と臭いに気がついたのか、孤児院の別の部屋から叫び声が聞こえ始める。



(おいおい、だから早くこんなところから俺は離れたかったんだよ!)



 奏矢は自由の効かない身体をなんとか動かそうと藻掻くがまっったく意味はない。奏矢に出来ることはただ1つ、心の中で毒付くことだけであった。



「こんなところにいやがったか、このゴミ屑が」



 吐き捨てるように沓野輪くつのわに向かってヘルハウは毒付く。

そして口から沓野輪に向かって豪炎を吐き出す。一瞬、暗い廊下が真昼のように明るくなり、壁を焦しながら豪炎が沓野輪と、その後ろに居るリリへと襲いかかる。



「危ないっ!」



(あっちぃ!!)



「きゃっ!?」



 沓野輪はリリに覆い被さるようにして押し倒すと、そのすぐ上を豪炎が走って行く。奏矢が熱さの余り心の中でちりちりと熱い放射が過ぎ去ったのを確認してから沓野輪はリリを抱き起こす。




「リリ、早くここから逃げて警察と消防署に通報するんだ、急いで」



「え、その、声は……沓野輪先生……? でも、二ヶ月前に行方不明に」



「そんなことはどうでも良いから、早くっ」



 そう言って沓野輪がリリの背を押して走るように促すと、すぐさまヘルハウに対して身構える。

だが、身構えた沓野輪に見えたのはちょうど大きく口を開けて豪炎をまさに吐きださんとするヘルハウが--先ほどと同じくなんとかやり過ごそうとした沓野輪は気づく。その炎を吐こうとした口先が己ではなくややずれていることに。



「リリッ!」



 頭で理解すると同時に身体が弾けるように動いた。己にではなく、この場から逃げ出したリリに向かって吐き出された豪炎をリリを庇うように被さって沓野輪は身体で受け止める。

豪炎は真っ白な天井や床、壁を一瞬で真っ黒な炭へと変えていく。豪炎をその身で受け止めた沓野輪の肉は気泡を伴いぷくぷくと沸騰し、水気を含んで爆せる。そして熱波が過ぎ去った後には声にならないうめき声が2つ響く。1つは身体の至る所が炭化し、血の代わりに身体の至る所から銀色の液体が流れ落ちる沓野輪、そしてその流れ落ちる銀液を顔に受けながら身体を張って豪炎を止めたものの防ぎきれなかった炎に灼かれてしまったリリであった。さらにうめき声すら出せない奏矢はもはや痛みで意識が飛びそうになるのをなんとか堪えていた。



(あ、あ……)




「リ、リ……大丈、夫か……?」



「……うっ」



「あーあ、ウェルダンからレアになっちまった。まあ、まだ生きてるし良いか」



 ヘルハウは瀕死の沓野輪の首根っこを掴むと、無理矢理起き上がらせる。

そして首元を鋭い爪でいたぶるように突き刺しながら、上機嫌で瀕死の沓野輪を見やる。



「これからお前にゃ良いことがたくさんあるからな。まず、このまま手足をどれかを引き千切ってやる。それでそのあとは生きたまま解剖だ。んん、まるでアトラクションみたいだろ、なぁ」



「リ、リ……」



 沓野輪には既にほとんど意識がないのか、ヘルハウの問いかけには一切答えることはない。沓野輪の身体から先ほどまで止めどなく流れ落ちていた銀の液体もほとんど床に零れ落ちていた。

ヘルハウは反応がなくなった沓野輪をつまらなそうにひときしり振り回すと、辺りめちゃくちゃに豪炎を吐き出す。豪炎は孤児院の壁だけではなく、天井や柱までもあっという間に炭化させていく。そして自身の重みに耐えられなくなった天井や壁が崩壊し、柱は倒れて天井は瓦礫となって落ちてくる。そして孤児院の至る所から叫び声や泣き叫ぶ声、助けを求める声が聞こえてくる。




「さーって、と。イズミ所長の”お願い”のブツもゲットしたし、帰るかね」



 ひときしり暴れたヘルハウは満足して、壁を蹴破って外へと出て行く。後に残されたのは落ちてきた柱に身体を挟まれて、身動きできずにいるリリのみ。

半ば意識が途切れそうになっていたが、灼けた柱によって身体を押し潰された痛みと熱さで引き戻されていた。リリは小さく、本当に小さく声を上げる。




『助けて』



 


(”願い”はあるかい?)




 助けを求めたリリの頭の中に聞き慣れない声が突如として響いたのであった。

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