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 生前から卑弥呼はアイドルとしての素養を兼ね備えていたようだ。

 連合国家の象徴であり、神の言葉を伝える巫女という立場は、極めて現代のアイドルに酷似していた。彼女の役割は人々を魅了すること。人心を掌握するために、彼女は祭壇ステージ神懸かりダンスし、呪謡を唱えうたい託宣トークを行った。

 生まれ変わった『HIMIKO』も、生前と同じように多くの人類を虜にしていった。

 古代人かつ巫女というミステリアスな生い立ちに対し、村娘然とした素朴な少女像のギャップ。時折みせる実年齢さながらの人生経験豊富な言葉や視座、3Dモデルを通しても分かる大人びた視線も支持されている。また、ブラコンという属性も兼ね備えている。邪馬台国の政権を担っていた弟への愛情の深さはファンには周知の事実。過日の弟を思い、涙を流す場面も。

 ウム。推せる、納得の萌えだ。

 実益の面で、予言に対する支持者がいることもまた事実。超常的な力でもたらされる現世利益と考えれば、信仰心が沸こうというもの。

 人から人へ、メディアを通じて、全世界の人間の支持を獲得していった。

 彼女の笑顔と予言がもたらす未来の約束によって、人々は幸福を手に入れた。ファンは指数関数的に増大し、街頭では彼女の歌が流れ、スマートフォンからは予言が繰り返し再生された。

 彼女の人気を後押ししたのは、『思兼』の機能が拡張され、スマートフォンアプリとしてリリースされたことが大きい。従来の世界的な規模での予言だけでなく、朝のニュース番組の運勢占いのような気軽さで、個人の短い距離の未来を知ることができるようになったのだ。

 アプリを起動すると、彼女のキャラクターが登場。時間軸、地域の座標から、そこで起きる未来の出来事をニュース記事のようにして知ることができる。アプリに個人情報を登録すると、個人的な未来の通知を受けることができるのだ。今日の行動予定、進路、就職先から結婚相手まで。ぼくらは予言に従って人生を組み立てる。

 疑問を覚えたとしても、目に見える安心感に流されていく。予言は思考力が奪われ、すべては飽和した未来の言葉に溺れていく。

 彼女が躍進したこのデビュー二年目。ぼくらファンは熱に浮かされ白昼夢のただ中にいるようだった。『HIMIKO』の存在は肥大化していき、70億のファンを生む。

 ぼくらのアイドルは、人類のアイドルへ。

 彼女が大きくなるほど、ぼくの中での違和感は増していく。世界中の人に認めてもらい、喜ばしいはずなのに、対照的に小さくなっていくぼくという一ファンの存在感。配信では寄せられるコメント数が多すぎて、それら拾い上げることは不可能になってしまった。初期配信の視聴者とのやりとりはなくなり、どこか疎遠に、遠くなる。

 アイドルってなんだ? 胸の内に暗い疑問が湧いてくる。今のファンが彼女へ向ける目線は、とても人間を見る目じゃない。初配信でぼくが得た感動は、多くのファンの熱で薄れてしまったようにさえ思えた。

『違うんじゃないか。お前たちぜんぜんわかってない』

 ぼくは何度もコメントにも、掲示板にも書き込んだ。ぼくをアンチ呼ばわりする馬鹿もいたけれど、ついに彼らを正す機会は訪れなかった。


 迎えたファン75億人突破ライブ。三周年を間近に迎えた、2022年の2月5日。人々の熱気で各地のライブ会場が揺れ、歓喜にむせぶファンであふれかえった。ぼくも会場の狂喜に包まれ、彼女の言葉を待った。

「みんな祝ってくれてありがとう。そして、さようなら」

 はじまりの一言で全世界が停止した。

「この世界は、もうすぐ終わりを迎えます」

 彼女も予言者の例にもれず、ひとつの予言をした。予言者の宿命ともいえる、終末予言。

 これまで多くの終末が予言されてきた。しかし、それらが的中することはない。それらが不完全な予言だからではない。予言者がアイドルではなかったからだ。

 ぼくらは彼女の言葉を信じている。

 予言は実現する。

 世界は終わる。

 ぼくらはそのことを知っているのだ。

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