雨のバンドネオン

雨実 和兎

第1話〈ボンボンとヤンキー〉1

「飛~べ!飛~べ!」


「オラッ!度胸試すんちゃうんか~?」


公園前の団地では、悪ふざけする高校生達の威圧的な声と、おちゃらけた手拍子が響く。


「そんな~、無理だよ~」


情けない声を出して愛想笑いを返す秋人は、恐る恐る下を眺める。


秋人が立っている場所は二階の階段前に有る雨よけの部分だった。


「俺達が見本見せたったやろが」


「無理だよ~、怪我するよ~」


しゃがみ込み秋人が怯えれば怯える程、他の三人は嬉しそうに笑い声をあげている。


「ええから早う飛べや~!」


面白がった一人が秋人の背中を押すと、他の二人も真似をして押しだす。


こんなつまらないやり取りが30分以上続いていた。


 放課後の時間帯で人通りも少ない場所なせいか、助ける者など現れそうにない。


「飛ぶよ!!飛べば良いんだろ!」


押されて落ちるよりは安全だと思ったのか、キレ気味の秋人は飛ぼうとするが、やはり飛べず四つん這いになっている。


それでも止めようとはしない三人は「飛-べ!飛-べ!」と更に声を合わせた飛べコールで逃げ道を無くす。


覚悟を決めた秋人は、飛び降りると云うよりも這いずり落ちるようにして、雨よけから見えなくなっていった。


「ウアァ~!‥‥‥」


落下音と同時に秋人の呻き声が響くが、三人は心配するでもなく笑顔で駆け寄る。


「ほら~、やれば出来るや~ん!」


「ウアァって何が恐いねん!」


階段を下り駆け付けた三人は悪気無さそうに笑い掛けるが、秋人はうずくまったまま立ち上がる事も出来ない。


「いや‥‥、ホントに‥‥救急車‥‥」


「何をおおげさに痛がってんね~ん」


一人が秋人の頭をはたくと残り二人も同じようにはたき始めるが、いつものように愛想笑いを反せない秋人の異変に気付き「もしかしてホンマにケガした~ん?アホや~ん!」


ゲラゲラと笑いこける三人は、誰一人として秋人の心配をしない。


救急車が呼ばれ病院に搬送される迄の間、バカにした三人の笑い声が止む事は無く。


着いた病院で、医師の診断結果は複雑骨折だった。




数日後。


団地近くのパチンコ店では、景品交換を終えた虎太郎が上機嫌で原チャリに乗り込む。


町並みを爆音で駆け抜ける原チャリが、かなり改造されているのは言うまでもなく。


乗っている虎太郎は見るからにヤンキーで、16才だか高校にも行っていない。


風に煽られる赤髪のリーゼントが素行を物語っていた。


 速度を落とさず走り続け歩道に差し掛かろうとした時、迷惑駐車した車の陰から猫が飛び出し。


虎太郎は2メートル程、宙を舞い片足から電柱に激突した。


 曲げずらくなった片足を押さえ立ち上がろうとするが、簡単には立ち上がれず骨が折れているのは明白だった。


 「大丈夫ですか?よかったら使って下さい」


事故に気付き駆け付けた女性店員が、バンドエイドを手渡す。


「オウ、ありがとう‥‥」


受け取った虎太郎が見上げると、女性店員が身につけているエプロンにはドラッグストア玉出の店名が印字されていた。


 「玉出かい‥‥」


バンドエイドでは押さえきれない程の傷口を見つめ、思わず苦笑いがこぼれる。


そのまま病院に向かい、入院した虎太郎の診断結果は単純骨折。


こんな仲良くなれそうにもない二人の入院先は、幸か不幸か同じ地方病院だった。




 「恐いわね~、きっと抗争よ!」


「親の顔が見てみたいわ!」


入院患者が噂話を繰り広げる病院の食堂では、まだ昼前なのに見舞い客と患者で人が溢れかえっていた。


 すぐ隣りにはガラ空きの休憩所が有るが、虎太郎が居たせいか誰も入ろうとはせず。


虎太郎は一人で不機嫌そうに窓の外を眺め、たまに通り過ぎるバイクをみては舌打ちしていた。


 「虎太郎君‥‥、ちょっとお願いがあるんだけど‥‥」


近づいて来た看護師が申し訳なさそうに話し掛けると、虎太郎は如何にも面倒臭さそうに振り返る。


「ちょっと‥‥、他の病室を追い出された子がいて、その子と同室になっちゃうんだけど‥‥」


看護婦が困り切った様子で頼むと「ああ、別に良いよ‥‥」と虎太郎は大して考えるでもなく即答すると、看護婦は安心した様子で走り去って行く。


退屈そうに虎太郎が病室に戻ると、すでに連絡が届いていたのか空いていたベッドには新しい入院患者の名前が用意されていた。


 数分後。


「ここか~、解りにくいんだよな~、お邪魔しま~す‥‥」


ボソボソと独り言のような挨拶を呟き秋人は入室するが、イヤホンで音楽を聴きながら雑誌を読む虎太郎は入ってきた事にも気付いていない。


「今日からなので‥‥ヨロシクお願いします」


秋人は言葉足らずな説明をしながら、同室の年寄り患者二人にお菓子を手渡す。


四人部屋の病室だった為、まだ挨拶が済んでいないのは虎太郎だけだったが「あ‥‥、あの‥‥」と虎太郎の威圧的な風貌に、秋人は思わず立ち止まる。


数秒後、目の前に立つ秋人に気付いた虎太郎がイヤホンを外すと「こっ‥‥、コレどうぞ‥‥」と聞き取れない位に小さな声で、秋人はお菓子を差し出す。


「オウ‥‥、何やこれ‥‥」


受け取ったお菓子を虎太郎はマジマジと眺めている。


「ちんすこうだよ~、両親が沖縄に行ってたんだよ~」


「沖縄‥‥、何やボンボンか‥‥」

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