第4話 自己紹介は1分でした。

「蒼真。お前がそんなやつだったとは思わなかったぜ」

「耀司、俺を置いて逃走したことを許したわけじゃないからな」


 翌日。

 悪友とそんな小さな言い争いを教室でしつつ、何事もなく今日を迎えられたことを神に感謝した。

 感謝してやるから、これ以上俺に試練を与えるのはよしてもらいたい。


 昨日の出来事のせいで、俺は入学二日目からちょっとした噂が立ってしまっている。

 初日から隣のクラスの美少女をナンパしてオリエンテーションをフケた、とかいう不名誉な噂である。

 耀司ならともかく、何故俺がこんな目に合わねばならないのか。


「それで? 日月さんとどこ行ってたんだよ」

「ちょっとした知り合いでな。気分が悪くなったというので保健室に連れて行った」

「お前の顔見ただけで気分悪くなるとか、相当だよな」


 よし、耀司……表に出るがいい。

 魔王の真の力を見せてやる。


「みんな、おはよう」


 担任教師の丸岡先生が、挨拶をしながら教室に入ってくる。

 すると、一斉にみんなが席に着いた。


 ……昨日何かあったのだろうか? 行儀が良すぎる。


「青天目君、起立」


 いきなり俺を指名して立たせる丸岡先生。


「自己紹介がまだだね?」

「あ、はい」

「では、ホームルームの時間を一分間だけ君に割く。今から始めたまえ」


 そんな急にふられても心の準備が……!


「な、青天目蒼真です。会社員の父親と、専業主婦の母親、それに中一の妹がいます。趣味はゲームとカラオケ。好きな歌手は『柑橘星』です」


 咄嗟の事で、練りに練った自己紹介がすっかり頭から吹っ飛んだ俺は、昨日、日月にした自己紹介をそのままする羽目になった。


「簡潔でわかりやすい自己紹介をありがとう。オレは担任の丸岡だ。担当科目は古文。生活指導もやってるので、困ったことがあれば相談してくれ」


 そのガタイで古文……。

 体育教師じゃなかったのか。


「他にみんなに伝えることがないなら、着席してよし。では、出席を取る」


 答える間を与えずに出席を取り始めたので、席に座る。

 おちゃらけた耀司までもが真面目に座っているところをみると、やはり昨日に何かしらあったのだろう。

 オリエンテーションに出られなかったことで、俺だけが知らない何かを共有できていないのは、ちょっと寂しい。


「今日は二日目のオリエンテーションがある。当校ではA組B組、C組D組、E組F組の2クラスが合同になって行う行事も多い。昨日はクラスで親交を深めてもらったが、今日は隣のクラスと合同でレクリエーション活動を行う。では、第一体育館に移動」


 端的で、事務的。

 立ち振る舞いや足運びをみても、この丸岡という教師……まるで軍人みたいだ。


「……蒼真。丸岡には逆らうなよ?」


 教室を出る直前、こそりと耀司が俺に耳打ちする。


「おいおい、まさか元軍人か何かか? あの先生。汚いお口を開く前と後にサーをつけろとか言う感じか?」

「そのまさかだよ。担任がアレなんて最悪だぜ」


 マジだったのか。


「灰森。私語は終わったか?」


 当の丸岡先生が、いつのまにかそばに来て眉根を釣り上げている。


「せ、先生」

「はしゃいでもいいが羽目を外すなよ。移動中は静かにな、他のクラスの邪魔になる」

「は、はい……さーせん」


 あのヤンチャな耀司がまるでレンタルされた猫のようだ。


「青天目、お前も自由行動はほどほどにな。クラスというのはチームワークだぞ」


 それだけ言うと、透明化する凶暴なハンター系異星人とも渡り合えそうな丸岡先生は、そばを離れていった。

 どうやら、昨日の事もあって俺はマークされてるらしい。


 廊下に出ると、A組も同じく移動のために出てきていた。

 その中には、ぽつんと居心地の悪そうな元女勇者。

 おいおい、前世で仲間と別れた直後みたいな悲惨なオーラが出ているぞ……。


「日月さん」


 見かねて声をかける。

 一応、俺と日月は幼馴染ということになっているのだ。

 元勇者と元魔王が口裏を合わせるなんて、深い闇を感じないでもないが、馴染みと言えば馴染みだろう。


 ……命のやり取りをする程度には。


「レ──ではなく、青天目くん……おはようなのです」

「おはようさん。……大丈夫か?」


 小さくうなずく日月。

 体調の不良などはなさそうだが、何とも元気がない。

 見た感じ、俺以上にクラスに馴染めてなさそうなのも少し気がかりだ。


「蒼真、蒼真ってばよ」

「うるさいぞ、耀司。なんだ?」

「紹介してくれよ。このオレをさ」


 純真そうに瞳を輝かせるんじゃない。

 その奥にひどく濁った欲望が渦巻いてるのなんてわかってるんだぞ。


「日月さんだ。俺の幼馴染。日月さん、こいつは灰森。女好きのクズだから近寄らないようにな」

日月たちもり すばるなのです。よろしくなのです」

灰森かいもり 耀司ようじッス。てか蒼真、その紹介なくね……?」


 灰森は自他ともに認める無類の女好きである。

 そして、性質の悪いことに高身長な上に、大変品質クオリティの良い頭部を備えている。

 早い話が、見た目でモテる。

 頭は悪く、性格にも些か難があるのであまり長続きはしないようだが。


「……昨日、レグナと一緒にいた人なのです?」

「おっと、日月さん。その中二ネームは高校生活では出さないでもらえるかな」

「レ・グ・ナ! おま、日月さんにもそう……ぐぅッ!?」


 足を踏んで黙らせる。

 見ろ、丸岡先生がこっちを睨んでるぞ。


 体育館までの道のりを、話しながら歩く。

 丸岡先生をはじめとする教師は、私語厳禁とは言いながらも、他クラスの人間と交流する俺達を咎めるつもりはないらしく、会話は到着するまで続いた。


「じゃ、またな」


 自然と出た台詞に、日月が振り向いて小さく笑って応える。


「うん。またなのです」


 A組の集合場所に向かう日月の背中を見て、俺は不思議に思う。

 自分自身を、だ。

 別れ際に友人に贈る言葉としては、適切であったはずだが……妙にむず痒い気持ちになってしまうのはどうしてなのだろうか?

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