第10話 貞操危機一髪
朝。
俺はいつものように七時のアラームで意識が覚醒してくると、布団とは違う圧迫感に謎の危機感を覚え始める。
なんだか顔が痒い。それに不思議と落ち着くような、甘い香りが鼻を通って肺を満たしてくる。
涼華だろうか。
あいつはたまに俺の布団に潜り込んでくるんだ。
中学生にもなって甘えん坊な妹に満更でもない俺だが、母さんに見つかったら食卓の笑い話にされてしまう。
とりあえずスマホのアラームを止めよう。
俺は枕の横に置いてあるスマホに手を伸ばしつつ、寝ぼけ眼を開く。
「涼華ぁ、何だぁ? …………ヘアッ!? 」
あまりの衝撃に手探りで掴み取ったスマホを落とす。
布団の上から覆い被さってくる物体の正体は、涼華ではなかった。
「おはよ、清太」
「はい」
四つん這いになって俺を見下ろすあかりと、超至近距離で挨拶を交わす。
なぜか顔が痒いと思ったら、あかりのツインテールが俺の顔面に容赦なく降り注いでいたようだ。
「どうしてあかりが俺の部屋に……?」
「私が起こしにきたからよ」
「なるほど」
もう家に迎えにくるのは当たり前なんですかね。
起こしてもらわなくてもアラームで大丈夫なんて言ったら、スマホを木っ端微塵に破壊されそうだ。黙っていよう。
しかし居心地が悪い。さっきから女の子特有の誘惑ホルモン的な何かが東雲家の息子さんの息子さんを刺激しているんだ。
あかりの顔は、幼馴染として昔から飽きるほど見てきた俺でもドキリとするほど整っている。
吐息がかかるような距離で長時間見つめられると目が回ってしまう。
「あ、あかり、顔が近いよ」
「清太ってさ……案外かわいい顔してるわよね」
「は、はあ!?」
急に何を言い出すんだこの女は。
男に可愛いは禁句だぞお前!
そういう何気ない一言が世の男のなけなしのプライドをズタズタに引き裂いているんだ。
メスが……どっちが上かわからせてやろうか。
「肌白いし、まつ毛長いし……」
「あ、あ、あ、あかりさん。やめて」
「やめてって何もしてないんだけど。それとも何か期待してる? たとえば……」
ただでさえ近いあかりの顔が、さらに接近する。
目の焦点がどこに集中すればいいのか分からず混乱して、気づくと大きな瞳だけが視界を埋める。
あれ、これ……。
「キス、とか?」
あかりの湿った吐息が唇にかかる。
途端に心臓が跳ねる。
頭が真っ白になって何もわからなくなる。
俺は未知の事態に抗うこともできず、目を硬く瞑って身構える。
「ストップ」
ピタッと、俺の唇に冷たい感触。
びっくりして目を開くと、あかりと俺の顔の間に白い手が割り込んでいた。
視線を向けると、そこには涼華の姿。
「スキンシップはほどほどに。遅刻するよ?」
「…………ふん。もう少しだったのに」
あかりは俺から顔を遠ざけて起き上がる。
乱れたツインテールを払って整えると、そのまま部屋を出て行く。
俺は唖然とその後ろ姿を見送ると、途端に体の緊張が解ける。
「あ、ありがとう涼華。朝から嫌な汗かいたよ」
「別にいいよ、これくらい」
そっぽを向いて返事をする涼華。
涼華はいつも通りだ。
俺は心の底から安心する。
妹に過激なシーンを見せてしまったのは恥ずかしいが、駆けつけてくれなかったら今頃どうなっていたか。
「でも、拒まないんだね」
「え?」
「私がいなかったら、キスしてたでしょ。お兄ちゃんはそれでよかった?」
「そんなわけあるか! あれはその……初体験でどうしたらいいかわからなかったというか……」
「童貞なお兄ちゃんは初体験を迎えられるなら相手は選ばないんだ」
「相手くらい選ぶわ! あと童貞とか言うな!」
な、なんだ?
今日の涼華様は妙にSっ気が強いな……。
お兄ちゃんとして興奮せねば無作法というものか?
「先、降りてるから。早く準備しないと本当に遅刻するよ?」
涼華はそう言うとさっさと部屋を出ていく。
一人ベッドの上に残された俺はスマホの画面を開く。
そして時間を見て、俺は以前と同じ勢いで階段を駆け降りた。
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