第8話 思いがけない助っ人

 俺たちは学校を出て、道を歩きながら会話を続ける。


「ねえ、いいの?」


「なにが?」


「あかりのこと。あんまり聞こえなかったけど、ちょっと普通じゃなかったよ」


「ああ、いいんだ。覚悟はできてる」


「……なんの覚悟?」


 そんなの死ぬ覚悟に決まってるだろ。

 嘘がバレた時点で命の保証はないんだ。

 だったら短い人生の可能性を問題解決に捧げた方が建設的というもの。


 あの時俺は、彼女を置いてあかりのもとに向かうこともできた。

 でもその選択を取らなかったのは、俺一人ではあかりを元に戻す方法の手がかりが全く掴めないからだ。

 俺は同じ問題意識を持った仲間が欲しかった。


「遅れたけど自己紹介しとこうか、俺は東雲清太っていうんだ」


「あ、うん。あたしは久遠友美くどうともみ


「よろしく久遠さん」


 よし、名前をゲットした。

 久遠さんはまだ俺に対して警戒心を持っているようだが、どうにかこのまま距離を縮めて仲間に引き込むんだ。

 俺があかりに監視されている間も裏で行動してくれる協力者ドローンがいれば精神的にも楽になる。


「久遠さんはあかりの変化についてはどう認識してる?」


「いや、まあ、感じ悪いっていうか……いつものあかりからは考えられないくらいドライな感じ」


「そうか、その程度なんだ」


「その程度ってどういうことよ! こっちはマジでショック受けてるんですけど!?」


「ご、ごめん!」


 久遠さんに胸ぐらを掴まれて俺はとっさに謝る。

 こいつ癇癪持ちかよ。扱いづらいな……。

 でも俺からすれば『その程度』なんだよ。

 たぶんあかりは昨日の件で久遠さんを俺との関係を脅かす外敵と認識してしまったんだ。だから日常生活でも無視を決め込んでいるんだろう。

 久遠さんからすればあかりが急にシラけた態度になって意味わからん、程度の認識なのだろうが……そんなことではいつか殺される。


「いいか久遠さん。今のあかりは反抗期とかちょっと尖ってる時期とかそんな次元じゃないんだ。とりあえずはそこを認識してほしい」


「……どういうことよ。あんたにあかりの何がわかるわけ?」


「わかるよ。俺はこれでもあかりの幼馴染なんだ。あいつの変化は手に取るように把握できる」


「幼馴染? そんな話、あかりからは何も……」


「あいつ恥ずかしがり屋だから、あんまり言いふらさないんだよ」


 ツンデレだし。


「とにかく、あかりに関しては俺の方が現状の認識は正しいはずだ。それを踏まえて話を聞いてくれ。でないと死ぬ、俺も久遠さんも全人類も!」


「は、はあ!? 死ぬって……わけわかんないから! ふざけないでよ!」


「おふざけで済むなら俺はここにいないんだよ!」


 全人類は確かにふざけたけども。

 俺は久遠さんの肩を掴んで迫る。

 急接近したことで顔を赤くする久遠さんだが、セクシャルに注意を払うほど余裕がない俺はそのまま話を続ける。


「いいか、今のあかりはヤンデレなんだ。ヤンデレってわかるか。ギャルゲーとかで見る、過剰な愛情のあまり殺人も平気でやっちまう精神異常者だよ。

 実在しないと思うか? しょせんは創作、俺を空想と現実の区別がつかないオタクの成れの果てとでも思うか?

 でも残念ながらこれは現実だ。

 あかりがお前をシカトする理由を教えてやろうか。俺との逢瀬を邪魔した悪い虫だと思ってるからさ。

 ヤンデレが外敵と認識した相手がどうなるのか、考えなくてもわかるだろ。

 お前はこれからあかりに生きたまま1センチ刻みにスライスされて現代アート風味の人体断面図サンプルになるんだよ!

 そんで俺は爪先から髪の毛先まで料理されて食べられて、細胞レベルで一体化することで無限大パーフェクトパワーをあかりに与える素材になるわけだ!」


 一気に捲し立てた俺は、息を切らして呼吸を荒げる。

 あかりに対する恐怖と不安のあまりに脅すようなことまで口走ってしまった。

 言い切った後で冷静になった俺は、久遠さんの顔をみる。


「う……う……」


 やばい。

 今にも泣き出しそうな顔をしている。

 完全に怯えてしまっている。

 せっかく仲間を得るチャンスだったのに、俺としたことが。


「ごめん、ごめん! 熱くなりすぎた! な、泣かないでくれ……!」


「泣いてない!」


 俺の手を振り払って目元を袖で擦る久遠さん。

 どうしよう、女の子泣かせちゃったよ……屈強な男たちにリンチされても文句言えねえ。


「なにしてるの?」


 ふと聞き慣れた第三者の声がして、ビクリと肩が跳ねる。

 俺は振り返って名前を呼ぶ。


「す、涼華」


 中学の制服を着た俺の妹、涼華が立っていた。

 とんでもない現場を見られてしまった。

 妹の前では清く正しいお兄ちゃんを演じていたというのに。

 涼華はいつも通りの鉄面皮だけど、絶対引いてる。


「ち、違うんだよ涼華。これには色々と訳があって……」


「二股? 痴情のもつれ?」


「違うから! 本当に違うから! やめて!」


 涼華経由であかりにこの状況が露呈したらその場で首が飛ぶ。

 俺が必死に弁明していると、涼華は話を完全無視して言ってくる。


「さっき近くであかりさんに会ったよ。この辺りでお兄ちゃんの匂いがするって言ってたけど」


「犬かあいつは!」


「犬っていうか、あの顔はケルベロス?」


 想像させるな!

 誰が冥界の番犬だ。不吉なことを言いやがって。


「あかりさんから逃げてるの?」


「ま、まあ。ちょっと訳ありなんだ。本当に浮気とかじゃなくてさ」


「ふーん」


 興味なさげにスマホを鞄から取り出す涼華。

 なにか打ち込んでいる。

 まさか、あかりに俺の場所をチクっているんじゃないだろうな。

 そんな非情な子に育てた覚えはないぞ俺は!


「あかりさんに嘘の居場所教えておいた。落ち着いて話がしたいならいい場所知ってるけど、行く?」


「涼華ー!」


 俺は思わず最愛の妹に抱きついて頬擦りする。

 やっぱり最後に頼れるのは家族だ。

 妹がいて本当によかった。

 俺は一生お兄ちゃんとして涼華に尽くすとここに誓おう。

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