的当教授の幸福

気がついた時、僕は刃物で人を刺していた。

刺した人はぐったりと僕にもたれかかり、既に事切こときれていた。


「あ…」

その人の顔には見覚えがあった。そう、同じゼミの本山もとやまだったのだ。何故ここにいるのか分からないが、僕が何をしたのか分かった。

彼を殺してしまったのだ。


「馬鹿なやつだ。たった1人でここに乗り込んでくるなんて、正気か疑うよ。真島まじま君、それを目の付かないとこに捨てといて。」

的当まとあて教授は、汚いものから避ける様にそっぽを向いた。死んだ本山をまるでゴミみたいに扱うかのように。


「教授!何でこんな事をしたんですか?」

僕は本山の死体を静かに置き、立ち上がった。はっと周りが異常である事に気がついた。


「本山をやったのは真島君、君じゃないか?君が殺したんだよ。」

的当教授はこちらを睨みつけた。氷のように鋭く正気の無い視線は、僕の心臓を凍りつかせた。手が震えて正気を保てなさそうだ。震えを少しでも抑えるためポケットに手を突っ込む。

 

クシャ…

ポケットの中から乾いた音が聞こえた。これは紙切れか?…


カッ…


〜〜〜〜

世界は私を嫌っている。

だから、私の望みは一つも叶わなかった。

『普通の生活を送る事』

それまで叶わないなんて、私が何をしたというのだろうか?

だが、もう考える必要は無い。

全てを呪うことにしたからだ。

この『虹の水』によって、世界は私と同等の苦しみを味わうことになるのだから。

〜〜〜〜


これは的当教授の心の声?

あの人はこんな事を考え…いや、実行していたのか!


「…いえ、これは僕の意思ではありません。全てはあなたが仕組んだ事では無いですか?」

僕は的当教授にドスを突きつけた。


「おおむねその通りだ。本山というイレギュラーはあったが、計画は最終段階まで至った。」

教授はドスには怯えず、こちらを睨みつけた。


「最終…段階?」


「私の呪いが世界中に行き渡らせ、全人類が私の呪い無しでは生きられない状態のことだよ。では、真島君に質問だ。君が私から呪いを受けないと生きられない体と仮定して、まさに今呪いが切れそうな状態だ。だが私に周りには同じ境遇の人が沢山いる。そうした時、君はどうする?」


「分かりません。」

教授の質問の意図は分かったが答えたら負けだ。僕はわざと分からないふりをした。


「驚いた。こんな事も分からないとはな。答えは簡単だ。君が人々と争い傷つけあえばいいい。」


狂ってる。


「私のために苦痛を味わいあってくれればそれでいいんだ。」

狂ってる!余りにも人道から外れた事を言っているのに教授は嬉しそうに笑っている。


「あなたは本当に的当教授ですか?」

僕は的当教授の事を尊敬していた。僕は一時期留年しかけた事があったのだが、的当教授に助けてもらった事があった。それくらい人の事を思える人物だと思っていたが…


「そうだとも。これが本来の私だ。」

全ては偽りだったようだ。


「なら、ここであなたを倒します。覚悟!」

僕は左手にドスを構え、教授に突進した。


ビチャァ!

振り落とした刃は虹色の壁に阻まれた。


「その刃は届かないよ…」


バァン!

虹色の壁が弾け飛び、僕の右手が彼女に触れた。


「な、何を!」

教授は破られないはずの防御が破られた事に衝撃を受けたのか、全身が震えている。


「目には目を。歯には歯を。そして、呪いには呪いを!」


「あ…この紙は…」

教授は押し付けられた紙を見て青ざめた。

彼女に押し付けた一枚の紙片。それは


「bへcぬおうぇんhc…」

そう、例の意味不明なコピー用紙なのだ。

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