小さな探偵たち

ミイ

第1話   探偵団現る

「行ってきまーす」

 少し慌てた様子で、元気に家から飛び出す少年がいた。

時刻は午前七時五十五分、八時十分までに学校の正門をくぐらなければ遅刻とされてしまう。

一定のリズムで背中に背負っているランドセルが縦に揺れ、息遣いも荒かった。

「なんで目覚ましが止まってたんだよ? まさか!?宇宙人が僕の寝ている間に体を改造したとか!その時に起きないように目覚ましを止めて…」

少年は自分の手をじっと見つめたが、何も変わっていないことが確認できたのか、残念がりながら急いで学校に向かった。

少年が住んでいる住宅街周辺は平地が多く、風格のある古民家が点々と見えるが新築の家も多くあるところだった。

そのため暮らしやすいのだが、一つだけ小学生にはつらいことがあった。学校に近づくと、最後の難所である坂が見えて来る。

その坂は学校に入るために必ず上らなければならないのだが、勾配が急なだけでなく距離も少しあるため、小学生が上るには大変だった。

少年は勢いよく坂を上り始めたはいいが、横腹が痛くなってきたのと肺が酸素を必要としていて息苦しいからか、スピードを少しばかり緩めて横腹をおさえながら走ることになった。

歩くよりは速いがそれでも急がなければ間に合わないスピードだった。

「やばい、遅刻しちゃうよ」

少年は坂の途中にある、町内会の人々が建てた時計台を見て焦ったようだった。

町内会の人々は子供たちが坂を上っている途中でも時間を確認できるようにと時計台を建てており、少年もその恩恵を受ける一人である。

ハァ..ハァ...と息遣いが荒くなりながらも急いで坂を上る少年に後ろから顔見知りが近づいて来た。

「よぉ、カズ。遅刻か?」

 にかっと笑いながら、体格が大きい少年が走ってきた。カズという呼び方は、少年の森川一樹もりかわ かずきという名前から付けられたものだった。

「人のこと言えないだろ、大樹だいき

 一樹は、幼稚園からの幼馴染である大樹の横腹をつつきながら言い返した。 

二人で正門まで競争しているかの様に横に並んだ状態で互いを確認しながら少しずつスピードを速めていく二人の前に正門が見えて来た。

それと同時に、体育教師が

「じゅー、きゅー、はーち」

 と言い始めた。これは、遅刻になるまでの死のカウントダウンである。

一樹と大樹は、顔を見合わせると今まで痛かった横腹のことなど気にもせずに、全速力で正門に走り始めた。


「さーん、にー、いーち」

 最後の最後で飛び込み、何とか遅刻せずに済んだ。

「お前たちはほんとに朝から走るのが好きだな。部活にでも入ったらどうだ?」

 二人の小学生に腕を組み、上から見下ろして皮肉を飛ばす様は、頭に角が生えているのではないかと言わんばかりの鬼のようであった。

一樹はと大樹は、

「ははは。いやー、僕たちは放課後はすることがあるので。それじゃあ先生、ホームルームに遅れてしまうので」

 二人の小学生は逃げるように、その場から急ぎ足で立ち去った。

「朝から猛ダッシュはきついな」

 深呼吸しながらクラスに入ると、担任の先生がすでにいた。

「森川と大塚おおつかはいつもぎりぎりに入ってくるなー。もっと、余裕を持とうとは思わんのか?」

 担任の先生はあきれたように二人に言うが、優しい雰囲気が覆っているためか、怖さのかけらも無かった。

二人は担任に、へへへっと頭を掻きながら笑いかけて自分の席に急いだ。

 一樹の席はクラスのちょうど真ん中の席で、大樹の席は一番前で教卓のすぐ目の前だった。

 このクラスの席替えは、くじを引いて対応する席に移動するというもので、引く順番や誰の横になりたいなど白熱する反面、一番前の席になりたくないという思いがクラスを

埋め尽くしているのだが、一週間前の席替えは少し違った。

 じゃんけんに勝ち、一番最初にくじを引くことで一番左端の前の席から抜け出すことを目論んだ大樹だったが、最初で教卓の目の前を引き当て、クラスは笑いに包まれていた。

当の本人は体から魂が抜け落ち、その時間の授業が終わるまで一言も話すことは無く、まるで明日、世界が終わるのではないかと言わんばかりの顔だった。

 思い出して、笑いがこみあげてくるのをこらえながら一樹が席に着こうとすると、隣から大人びた顔立ちでハーフツインテールの少女が話しかけてきた。

「ほんっと、あんた達はいつも一緒にばかやるんだから」

少女はため息交じりで机に肘をつき、両手をあごの下において一樹を見ていた。

「間に合ってるんだからいいだろ?みちるが学校に来るのが早いだけどよ」

 一樹は口の先を少し尖らせながら、みちるの方を見ることが出来ない様子で目をそらしながら答えた。

「余裕のある行動が大事ですって、この前校長先生が言ってたでしょ!」

 一樹は、自分も含め校長の長い話で気を失ってしまう生徒が多い話を、起きているだけでなく真面目に聞いていた目の前の少女に驚きを隠せないのか、

目と口が大きく開き、みちるを見たまま動かなくなっていた。

「おーい、森川?如月きさらぎを見つめたまま動かなくなってどうした?」

 担任は一樹の目線の先に少しでも近づくために、教卓に手をつき、体を横に伸ばしながら一樹の顔を覗き込むようにして聞いたが、何かに気づいて動きを止めた。

「ま・・・まさか、森川と如月って付き合ってるのか?」

「ちょっ、ちょっと先生ばかなことを言わないでください!!」

「へ?」

 教師らしからぬ担任の発言の意味をすぐに理解できない一樹は首をかしげて担任の方に顔を向け、みちるは顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がって担任に反論した。

「そ、そうだよな?まさか、二十五にもなるのに今まで教師になるための勉強に必死で彼女がいたこともない俺を前にして、小学五年生のお前たちが付き合ってるとかないよな?」

 教師の真面目なトーンでの発言に、クラスの誰もが冗談としてとることも出来ずに担任から目を背ける始末で、担任を睨んでいたみちるでさえもあきれ顔で目をそらしていた。

担任は少しぶつぶつと独り言をつぶやいていたが、すぐに自分の仕事を思い出してホームルームを始めた。


 キーンコーン、カーンコーン

授業終了の合図とともに小学生達は元気に遊ぶ約束をしながら教室を後にしていた。それに続くように担任も職員室に戻ろうとしていたが、一樹によって引き留められた。

「先生!今日は何か事件はないですか?なんでも解決して見せますよ!!」

 元気に胸にドンっと拳をあてる一樹に対して、担任は笑顔で答えた。

「うん、安心しろ。今日も何事もなく平和な一日だ!いやー、よかった。よかった」

 一樹はガクッと肩を落として、

「なんて、つまらない世の中なんだ」

っと言った。それを聞いた担任は苦笑いで答えた。

「分かった。分かったから。そんな顔するな。なんかあれば教えてやるから。ただ、探偵団だけに熱を入れずに勉強もしろよー」

 担任が去った後、取り残された一樹のもとにみちると大樹がやってきた。

「毎日、毎日、担任にそれ聞いて落ち込むのやめてよね」

「そうだぞ、一樹。ゆっくり待ってりゃ、そのうち事件の方からくるよ」

元気づけようとする二人の後ろから長髪で可愛らしいピンクのワンピースを着た女の子がひょこっと顔を出し二人に続いて、

「そ、そうだよ。元気出して」

っと、まるでかくれんぼしている子供のように小さい声で言った。

「うん、そうだよね。二人ともありがとう。あと、ゆいもね」

 唯と呼ばれた女の子は恥ずかしそうにみちるの後ろに隠れた。

「でも、やっぱり待ってるだけじゃ嫌だから。商店街にでも行って何かないか聞こうっと!」


 小学校から商店街はとても近く、小学校の正門を出て坂を下り、右に行くと一樹たちが住む住宅街に行き、左に行くとすぐに商店街の入り口だった。

そのため、小学校の帰りに商店街によってから帰る子供が多かったが、みちるが帰りは寄り道をしちゃいけないと強く言うため一樹たちは一度家に帰ってから集まった。

「魚屋のおじさん、こんにちは!今日も聞き込みに来ました」

「おー、お前さん達はいつもくるな。いやー、元気なのが一番やな」

 うん、うんっとうなづいているおじさんに一樹は待ちきれずに聞いた。

「今日は何か特別な事は起こったりしませんでしたか?」

「うん?あぁ、そうだったな。特別なことねぇ...」

 魚屋のおじさんは少しの間うなっていたが、何かを思いついたのか、はっと顔を上げた。

「八百屋の若店主が、一樹のペットのそのお猿さんが好きなバナナが入荷したって言ってたぞ」

 一樹の肩に乗っていたしっぽのみが白黒の縞々模様で、それ以外は茶色い子猿はキキキっと鳴いて一樹の両肩を行ったり来たりして喜んでいる。

「本当ですか!よかったな、キャラメル」

「てか、なんで普通にキャラメルは人の言葉が分かってるのよ!?」

「みちる、今更何言ってのさ。キャラメルは、人の言葉がわかる賢い子なんだよ?」

「私は毎回このツッコミを入れなきゃいけないのかな?」

 みちるがガクッと肩を落としたので、大樹が慰めるように言った。

「みちる、もう気にした方が負け見たいなものだから気にすんなよ。なぁ、キャメル」

 キャメルは大樹の呼びかけにキキーっと答えた。それと同時に、一樹はハッと本来の目的を思い出した様子で、

「って、キャラメルのご飯の話じゃないんです!!な・に・か・事件はありませんでしたか?」

 魚屋の店主にもう一度聞いた。

「いやー、特に変わったことは無かったな」

「そうですか…。ありがとうございました」

 一樹はペコっと頭を下げて商店街の通りを進んだ。残念そうにする一樹に対してみちるは質問をした。

「ねぇ、一樹。あんたはなんでそんなに事件を求めてるのよ?私もなぜか参加させられてるこの四人の探偵団で前に、逃げ出したウサギの捜索とか落とし物の捜索を解決したじゃない」

「みちる。確かにその二つを俺たちの探偵団が解決したけど、そのどちらともを実質キャラメルだけで解決しちゃったじゃん!!」

 一樹は悔しそうに地団駄を踏んでいた。


 四人はほとんど毎日通っている、商店街の一番奥にある駄菓子屋に着ていた。

駄菓子屋の女店主であるおばあちゃんはいつも、会計を行うところに座椅子を置いて座っている。

「おばあちゃん、また来たよー」

「おぉー、カズくん達か。いらっしゃい、ゆっくりしていってね」

 おばあちゃんはにこっと優しく笑って一樹達を迎えた。

一樹達はいつもここでお菓子やアイスを買って、外の椅子に座って食べるのが定番だった。

「今日は何を食おうかな?この四つのうち一つだけ異常に酸っぱいってやつにしおうかな。いやでも、このフーセンガムで大樹とどっちが大きく膨らませれるかの勝負をしてもいいな」

 一樹は何を買おうか悩んでお店の中をうろうろしていた。

「なぁ、カズ見ろよ。このお菓子、ラムネ味とヨーグルト味を一緒にためるとバナナ味に変化しますって書いてあるぞ。へー!ほかにもコーラ味とメロン味でソーダ味とかいろいろあるみたいだぜ」

 大樹はまだ見ぬ宝物を探すようにお店の中を回っていた。実際のところ、この駄菓子屋のすごいところは、今の駄菓子屋が無くなりつつある世の中でまだお店を開き、

並べる商品も少しずつ変化させているのである。

結局この日はいつもと変わらず平和な一日で、帰りにキャラメルのご飯を八百屋で買ってから帰宅した。


 キーンコーン、カーンコーン

授業終了の合図とともに一樹は先生のもとに向かったが、

「今日も平和な一日です」

っとだけ言われてしまった。

「カズ、元気出せよ。今日は俺がアイスおごってやるから」

 大樹が一樹を慰めながら、四人はまた商店街に来ていた。

「魚屋のおじさん、こんにちは」

 いつもの元気なあいさつではなかったので、魚屋のおじさんは一樹のことを心配してあたふたしていたが、みちるから落ち込んでいるだけだと聞くとニカッと笑った。

「お前に一つ吉報と言っちゃ悪いが、新しいニュースがあるぞ」


 魚屋を後にして、四人はいつもの駄菓子屋に急いだ。駄菓子屋について四人の目に入ってきたのは、駄菓子屋の名にふさわしくない駄菓子が一つもない建物だった。

和也達が来たことに気づいたおばあちゃんは、ハッとして少し困ったような表情になった。

「ごめんね、みんな。今日は駄菓子は無いのよ。本当はみんなの喜ぶ顔が見たかったのだけどこんなことになっててね…」

 みちるや大樹、唯はそんなおばあちゃんにどんな言葉をかけていいのか分からない様子でおろおろしていたが、一樹だけは違った。

「おばあちゃん、この事件は俺たち探偵団が解決して見せます!」

 一樹は胸を張って高らかに言い放ち、その行動をキャラメルも真似して胸を張った。

「ちょっと、一樹。あんた…」

 みちるが一樹を止めようとするのと同時におばあちゃんが四人を見つめて言った。

「ほ、本当かい!?私じゃ何が起こったのかも分からないからね。もし、本当に引き受けてくれるならお願いしたいよ」

 それを聞いて、みちるは言葉を止めた。そして、一樹はもう一度胸を張ってから、

「僕たちに任せてください!!」

っと言った。

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