第16話 シャングリラ動乱

【魔王】と【夜の世界を統べし女王】―――事実上の一騎打ち、果たして軍配が上がるのはどちらに?


人、知れずの処で今まさに、この世界の命運をかけた一戦が行われようとしていました。

片やこの魔界の王―――【魔王】、片や何処いずこの世界より来たりし女王―――【夜の世界を統べし女王】…両者はこの決闘が始まってより全力での闘争を繰り広げました。 物理攻撃や魔法攻撃はもとより、相手の精神を攻撃すると言う精神攻撃も…この決闘の最中、手を抜いたり隙を見せたりすると言う行為は厳禁最もやってはならない行為―――だからこその全力を尽くさねばならないのです。


それにルベリウスも魔王に就く以前は軍部の中枢に籍を置いていた事もあり、武勇や武力には自信があったのです。 そこへ行くとニュクスの方は……


「(わたくしは…あの存在より捨て駒にされた―――わたくしが治める勢力の民草の多くを見せしめにされ、残りの者を質に取られてしまった……わたくしの選択はあってないようなもの、もしわたくしがあそこで断りでもしたら、あの存在は喜々として残りの者達もその歯牙にかけていただろう。 わたくしに残された道―――それは、らずのこの世界での、あの存在の侵略の足掛かりとなる事…しかしわたくしはこれ以上わたくしの民草に犠牲を強いる事が出来なかった…だからあの存在はわたくし一人にその役目をやれと恫喝してきやがったのさ…だけどね、わたくしにも意地と言うものがある―――【夜の世界を統べし女王】と呼ばれた意地が。 ああそうさ、誰があんな奴の命令なんざ聞いてやるもんか、わたくしはわたくしの考えでへの復讐を果たしてやる!)」


今、自分が魔界に身を置いている理由をしかと噛み締めていた…の来訪が無ければ平和に―――平穏に暮らしていたであろうニュクスとその民達…けれど事情は一変する。

度重なる招聘しょうへいに応じなかったのを不審に捉われてしまったものか、謂れもない理由でニュクスが治めていた勢力は圧倒的戦力差を前に屈服してしまいました。 ただ、それだけで終わるはずもなかった―――終われるはずもなかった、『ある存在』の前では自分の要請や招聘しょうへいそむくのはあってはならない話し、ここで甘い顔を見せてしまえばこれまで屈服させてきた者達への示しがつかない、だからこそ『見せしめ』が必要でした。 いくらニュクスが身の不徳を詫びようともその首を縦に振ってはならない…泣いて許しを乞うてもほだされてはならない―――その『見せしめ』に、まずはニュクスの前でニュクスの民達の半数を処刑しました。 それを見せられたニュクスは、恥と思われてもその地面にぬかづき終生の服従を誓いました。 けれど―――“非情”“無慈悲”“冷酷”…『ある存在』はそんなニュクスの姿を見ても、最後まで自分にあらがった女を見ても眉ひとつ動かさず、この世界―――魔界への侵攻の足掛かりとなるよう命を下したのです。

そう―――…侵攻ではない、『足掛かり』…つまりニュクス自身が犠牲になるのが前提での話し。 これはつまり―――らずの世界で『死ね』と言われている様なものだった…


ただ――――


         * * * * * * * * * *


違えてはならないのは、今は互いの生命と生命のやり取り―――『決闘』を行っている最中…ニュクスの心情の変化など、ルベリウスほどの者が気付かない訳がない。


「止めだ。」

「な、んだと―――」


「お前…ニュクスとやらよ、決闘を何と心得ている。 お前の心中にてわだかまっているもの―――それを抱いたままで我輩の相手が務まると努思うなよ!」

「ふっ、これは要らぬ心配をさせてしまったようだ、素直に謝るよ…だからここから仕切り直しさね。」

「それも、もう叶わぬ。」「な、に―――」

「いくら仕切り直しをした処でそのゆがみは直し様もない。 それに興の方も醒めた…」 「それは―――!」

「話せ―――こうなった事情を…内容によっては融通出来ん事もない。」 「(!)だけどそれでは―――…」

「多くの民が哀しむと言うのだろう、だがそれは主神たるお前が果てた処で同じではないのか。」 「あんた…その事を判ってて―――」

「フッ…判らぬはずもあるまい、我輩は多くの同胞を―――多くの民を治め、護る立場にあるのだ、それにな…見損なっては困ると言うものだ。」 「―――…。」

「ニュクスよ、お前の背後にいる者が何者か、その詮索はすまい…時間の浪費だからだ、だがな―――お前やその背後にいる者が思っておるより我輩の民は強いぞ!?例え我輩が道を踏み外したとしても、善き道を選択して戻してくれる事を確信をしておる。 残念であったなニュクスとやらよ…今回は我輩の負けと言う事にしておいてやる、ればに思い知らしめてやるがよい―――我輩に…そして魔界に攻め込んだ事の愚を!!」


拳と拳を交り合せたことで通じてしまったものがあるものか―――それと果たしてルベリウスがどこまでニュクスの事情を認知したかは判りませんでしたが、この時より『賢君』として知られていたルベリウスは掌を反すが如くに暴政・悪政に奔り始めた『暴君』と成ってしまった―――そしてその噂が流れてより数年の後に、ある〖昂魔〗の女性を筆頭として叛乱軍が蜂起したのです。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その為に動いているのが魔王軍―――しかし正規の軍隊ではない叛乱軍が活動しているのは、やはり何処どこかしらから活動資金の流用があるからなのでは…と、軍部の上層部はそう思い込み、しかも間の悪い事にここ最近になって明らかになってしまったのは、なんでも神仙族の竜吉公主が叛乱軍と通じている事が判ってしまった…。 そう―――神仙族とはこの世界の重きを担う三本の柱の内の一つ〖聖霊〗の関係者…つまり、今魔王軍が神仙族の本拠であるシャングリラを攻め立てているのはそう言った事情があったのです。


そしてこれから―――シャングリラ攻略の最終段階としての軍議に、『魔王軍総参謀』を拝命したベサリウスが臨みました。


「さて―――シャングリラ攻略についてですが、このまま陥落までさせますか。」

「何を言っている、そんな事は当然ではないか!」 「その通りだ、不敬にも魔王様に盾突く事の意味を判らせてやらねば。」 「そうだ、それが例え“三柱みつはしら”の1つ〖聖霊〗だとしてもだ!」


「(ヤア~レヤレ―――このおっさん達、気は確かか?〖聖霊〗と言やあ元々この世界の土着の存在だ、それを後発のオレ達がどうにかしていいって事じゃないだろうに…。 ま、考えが古くガチガチに固まったおつむじゃそうなるのも当然て話しか。)」


軍議に参加していた将校の多くは『古参』、いわゆるところの古株だったのですがベサリウスが指摘した通り前時代的な考えの者が占めていました。 だからこそ、確証もないのに魔王に叛旗を翻した者達の援助をしていると勝手にそう決めつけをしていたのです。

そして結局の処、『総参謀』ではあるものの新参であるベサリウスの意見は退けられ、着々とシャングリラ攻略に向けて事態は動いていた―――…


「(―――)居るか、マキ。」 「こちらにぃ~。」

「お前はどうにかしてシャングリラへと潜り込み、出来ればおさである女媧殿の脱出に手を貸してやれ。」 「お安いご用でえ~~」


ここで神仙族が潰えてしまうのはベサリウスにとっても望んでいない展開―――と、くれば、どうにかしてでも〖聖霊〗の代表である女媧は生き延びて貰わねばならない…ただ、ベサリウスは女媧の―――神仙族のある秘密を判っていたわけではありませんでしたが、としてはその判断は最善とも言えたのです。

そしてその役目を果たして貰う為に呼んだのは、ベサリウス自身が総参謀の特権として新たに組織した“情報部”の長でした。 名を『マキ』―――ヒト族でありながらもノエルと同様忍の術にけたる者…


           * * * * * * * * * *


その一方でも動いていました。


「どうしたのだ―――」

「ニル…危惧していた事態となってしまった。 君達も知っての様に、この度私達に協力をしてくれていた竜吉公主様が魔王軍の手に落ちた。 それはそれで哀しむべき事なのだが、あの方の正体が割れてしまった事で今、神仙族のシャングリラが攻略の渦中にある。」

「なあーる…つまり、私達に救援に駆けつけろ―――と。」

「問題はそんなに単純ではない、私達が現政権に反旗を翻したのは私達の考えで、なのだ。 いわば今攻略の渦中にある神仙族は私達のとばっちりを受けていると言う事に過ぎない。 公主様が敵の手に落ちてしまった事がこんな痛恨事になろうとは…それに、叛乱軍である私達がで彼らを援護してみろ、『やはり叛乱軍を援助していたのは神仙族だ』となるに違いはない。」

「なるほど、一理あるな―――それで、私達にどうしろと?」

「現場に急行してほしい…ただし、装備一式はこちらで用意させてもらった。」

「これは……魔王軍の?すると私達は魔王軍に加勢する為に―――」 「いや…そうじゃないだろうなあ。」

「そう言う事だリリア、君達はシャングリラ攻略に加勢する―――だけをすればいい。」

「なあーるほど、手を貸すと見せかけといて背後から―――て訳か。」

「いや、それは少し違う。 君達は神仙族の特性と言うものを知っているか。」

「いえ―――特段には…」 「私も知りはしないな」 「何かあるのか。」

「元々〖聖霊〗は、この世界に土着している存在だ、神仙族はその流れを汲む…だからこそあの種属はこの魔界の“三柱みつはしら”の1つに数えられるんだ。 それに―――今現存している神仙の多くは、たった一人の原祖オリジナルから産み出されたと聞いている、それが神仙族の長、女媧殿だ。」

「ふむ―――つまり最悪その人物さえ生き残れば、死したる者も再生は適うと。」

「ああ、だから女媧殿の生存を最優先に―――シャングリラは陥落したとしても後で奪還は出来るが、女媧殿が討たれてしまえば大きな損失になる事はまぬかれない。」

「判った、了解だ―――それにここに来ての大仕事とは、腕の見せ所ってヤツだな。」 「リリアがそう言うのであれば私は異論有りません。」 「委細承知した、れば盟友の期待に沿える働きをご覧に入れよう。」

「うん、だが相手は魔王様の正規軍―――あまり油断しないよう君達も気を付けてくれ。」


現在、魔王に叛旗を翻している『叛乱軍』―――その中心と成っているカルブンクリスの陣営で、ニルヴァーナ・リリア・ホホヅキに新たな命令が下りました。 その命令こそが『神仙族の長、女媧の生存…並びに状況の如何によってはシャングリラからの脱出を視野に置いた護衛』でした。

しかもそれをする為には自分達が叛乱軍である事を気付かれてはならない、だからこそカルブンクリスがあらかじめ用意していたのが魔王軍の装備一式でした。 これでもって敵中に入り込み、加勢をするフリだけをして手際よく女媧の下へと辿り着き、あわよくばシャングリラからの脱出を図る―――これがカルブンクリスが描いた構想でした。


          * * * * * * * * * *


そして、もう一方―――


「私はこれからシャングリラ方面へ赴きたいと思います。」

「ヘレナ―――?どうして…」

「私が放っておいたサーヴァントからの情報によると、何でも現在シャングリラは魔王軍からの攻略の渦中にあるのだとか。」

「なるほど…それでこの町に駐屯している1個中隊が出撃したのですね、納得いきましたわ。」

「それにこれは機会です、恐らくこの町のどこかに竜吉公主様は監禁されている…けれどこうも厳重とあっては忍の術を究めたあなたでさえも易い事ではない。 私も“主上リアル・マスター”よりのご命令であなた達に協力をしてきましたが、ここが手薄となるようであったらあなた自身も動き易くなるはず―――」

「それでヘレナ、あなたはこの機会に外からの情報を…と言う事ですか、承知しました―――では警戒しつつ私は公主様の居場所を探る事に致しましょう。」


こちらは、捕縛された竜吉公主の奪還を主目的に置いたノエル・ローリエ・ヘレナの一向でした。 それにこの町はその辺にある町とそう変わらない…はずであるのに、どこか雰囲気くうきがピリついていた、これはもしかすると重要な人物がいるのではないか―――としたローリエの予測に基づき、情報収集を行っていたモノでした。 しかし思っていたよりも厳重な警戒態勢、これは愈々いよいよもってこの町のどこかに竜吉公主がとらわれているのかも知れない、と思われたのです。


          ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


こうして三者三様の思惑の中、それぞれの動きが活発となりました。


ニルヴァーナ・リリア・ホホヅキの三人は女媧の安全確保の為に一路シャングリラへ―――ノエルやローリエと行動を共にしていたヘレナも、この時は一時的に離れ神仙族を援護する為、或いは情報の収集の為シャングリラヘ、『魔王軍総参謀』であるベサリウスは軍の一部の暴走を抑える為と、どうにかして神仙側と講和を結ぶための交渉のテーブルに着きたいと思っていました。


ただ―――この三者三様の思惑はこの先混じりあう事無く、更なる悲劇が待ち受けていたのです。


          * * * * * * * * * *


その取っ掛かりで遭遇してしまったのは―――


「へえ~珍しい事もあったもんですねえ。 引き篭もりで有名なヴァンパイアが、こんな処をチョロつくなんて。」

「確かに、私はヴァンパイア…だが、一族から故郷を追い出されてしまいましてね。 そして流れに流れ着いたのが―――」

「“シャングリラここ”…って事ですかあ~?随分とナメられたもんですよねえ、魔王軍総参謀下の情報部隊の長であるアタシに、そんな誤魔化ごまかしが効くもんだと思われてると。 あんた、何者なんです、怠惰な性分のあんた方が、今や戦場と成り得ているシャングリラにいるなんて…怪しいですよねえ~。」


「(面倒な事になってしまいましたか、本来ならこうした遭遇は望んではいなかったのですが―――それにこのヒト族、ノエル様と同じ忍の道を究めし者…しかも切れ者と噂されている総参謀麾下の―――だとは…ここは“主上リアル・マスター”の懸念を払拭しておいた方が良いのでは。)」


望まぬ遭遇をしてしまったのは、ノエルとローリエのPTから一時的に離れていたヘレナでした。 それに彼女はヴァンパイア―――この世界の“三柱みつはしら”の〖昂魔〗に属する吸血鬼族、それにこの種属は魔界でもかくたる地位に就いており、それがいわゆる『魔貴族』と言うのでありましたが、“貴族”と聞こえはいいモノのその実は退廃的で怠惰…何をするにおいても他人任せな種属であるはずなのに―――なのに…危険である戦場を往来しているのか、それだけでマキが怪しむ動機には足りえました。


だとしても、ヘレナにしてみれば都合が悪い―――今ここでこの忍を見逃してしまえば、自分が仕える“主上リアル・マスター”の損害になると判断し―――


「気は進まないが、処分させてもらう―――」 「それはこっちのセリフだってえの!捕まえて洗いざらい…背後関係をいぶり出させてもらいますよ。」

「出来るものならやってみるがいい、この身には既に数千もの手練れを取り込んでいる。 あなたは私との対決を所望していたのだろうが…残念だがその望みは叶う事はない―――1人vs1000人…数の暴力とそしろうが、私に遭った事を不運と思うがいい―――…」


互いに情報にたずさわる者として、見られたからには目撃者は抹殺すべし―――が原則でした。 ただ、マキは上司のベサリウスの為、更なる情報を欲していたのですが…遭遇したあいてが悪かった―――この当時すでにヘレナは千人を超える強者を吸収しており、臨機応変に事態に適応していたのです。 それに…いくら優れた忍と言えど、数の暴力の前には所詮荒波に揉まれる一葉の木の葉の様な存在でしかなかった。 ヘレナの知る忍の達人であるノエルと同等の技術を修めていたとしても、さすがにその差は埋められない……結果としてマキはヘレナの血肉となってしまいました。


「(むう…それにしても、あの忍の存在を取り込んで判りましたが、まさか魔王軍の中でも女媧の脱出を画策していたものとは。 もしかして今の軍は一枚岩ではないのか?それともこの忍…マキを名乗った者の上司の考えが柔軟であるのか…そこの処はこの忍の姿を拝借して探ってみる必要がありそうだ―――な…。)」


たった今、ヘレナが下した者は、敵と言えどもしかすると話しの通ずる相手なのではとそう思い、暫くヘレナはマキの姿を模しました。 そこで―――色々と明らかになって来る事実…

どうもこの軍内でシャングリラ陥落に躍起になっているのは古参の将校のみ、しかも旧き悪しき慣習として配下は上官の命令には絶対だった―――例えその命令が間違ったとしても。 ただ、未だにシャングリラ攻略がようとして進まないのは、総参謀であるベサリウスの策であった―――


「(なるほど…彼はどうやら話しが出来る手合いのようだ、ならばここは機を見計らった上で打診してみるのも遅くはないか。)」


「ああマキ、丁度いい処に。 これからお前サンは女媧殿の処へと赴きわたりをつける橋渡し役と成ってくれ、そして呉々もお偉いさんに勘付かれるなよ―――こいつはオレ単独の考えだからな。」

「ほいほーい、ガッテンしょーちのすけぃ☆」


多少、喋り方などは苦労はしたものの、こちらから敵の大将とのわたりを付けるのは悪い事ではない―――ただ、今のこの軍は力によって神仙を捻じ伏せようとする考えが蔓延していると感じ、このままにしておいたら凄惨な現場となるのは間違いない―――だからこそ…


「何者か―――」

「え~~~わたくしめはーーー魔王軍は総参謀麾下の情報部を束ねるマキと申す者です~。 以後のお見知りおきを~~~。」

「(…)道化はそれまでにせい、このたばかおおせるものと思うでないぞ。」

「(―――)…さすが、と申しておきましょう。 試すような事をして申し訳ございません。」

「して、再度聞こう―――何者か。」

「私は…ヴァンパイア―――“主上リアル・マスター”の名は明かせませんが、あなた様の協力者とだけは言っておきましょう。」

「ほう―――ぬしはヴァンパイアだと言うか、それにしても不思議よのう、ぬしの長であるジィルガよりその種属は引き篭もりにして退廃的、怠惰であると聞かされておったものを。」

「そこはご想像にゆだねます。 それよりも、今後のあなた様の身の振り方なのですが……」

「正直を申してシャングリラを棄てる事はかなわぬ、とは言えが滅してしまえば元も子もないと言った処よ。 故にこそ、愈々いよいよ滅亡が目の前にぶら下がった時に―――」

「それでは『遅きに失する』と、“主上リアル・マスター”より伺っております。 ですので飽くまで撤退の判断はあなた様の意思にゆだねますが、万が一のことを考えての時には強硬策に出る事を明言させて頂きます。」

「その様な判断をする者が既にこの世にいたとはな。 いささながらうぬの“主上リアル・マスター”とやらに興味を抱いたぞ。 うぬの名は、なんと申す―――?」

「ヘレナ―――と申します。」


「(なんと?確かその名は『大公爵』の末子にして『未熟』の烙印を押されし者―――近年彼の一族の噂をとんと聞かなくなったが…?!)」


ヘレナは―――確かに出自はその通りでありました。 『大公爵』と謳われていたエルムドアの末子…しかしながら吸血鬼ヴァンパイアであるのに吸血行為が行えない唯一の落伍者。 故に『未熟』の烙印を押されてしまったものでしたが、『大公爵』がヘレナの事を『不要』だと切り捨て、何処いずこかの森に棄てたことがヘレナの運命を変えた…あと一歩のところで餓死・衰弱死寸前だったヘレナを救った者こそ―――今現在尚ヘレナの“主上リアル・マスター”である〖昂魔〗の女性。 ヴァンパイア・ヘレナが餓死・衰弱死寸前だったこともあり、自身の血を分け与えてどうにか生き永らえるようにした―――しかしその事はヴァンパイアにとってみれば『血の契約』そのものであり、強くその絆を束縛する呪いでもあったのです。

喩えそうだとしてもヘレナにしてみれば“主上リアル・マスター”―――カルブンクリスは大恩のある存在に他なりませんでした、例えこの後、主がどう変わろうともヘレナにしてみれば“主上あるじ”は“主上あるじ”である事に変わりはないのです。



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