幕間 Vampire-Elegy

想像性を掻き立たせる書物の中で、他者・他人の血を喰らい、例え傷付いても―――くびや胴を分かたったとはしても驚異の自己再生能力で傷付いた身体を修復してしまう種属、吸血鬼ヴァンパイアなる存在がいました。

通常ならば他のどの種属からの干渉受けず、孤高の種属として知られたモノなのに……ここにではない―――いわゆる『異質ヘテロ』な存在がいたのです。

なぜ孤高の種属に産まれ“最強”の呼び声高いのにそう呼ばれたのか……そのヴァンパイアの名は『ヘレナ』。


これからの語りは彼女が如何様にして数奇な運命の下にに至ったのか……



それよりもまず、なぜヘレナが吸血鬼ヴァンパイアの中で『異質ヘテロ』と呼ばれたのか―――それは……“血を吸う鬼ヴァンパイア”なのに、“血”が“吸”えない。 例え吸ったとしても生体的、生理的な拒絶反応によりすぐ嘔吐してしまう。

だからヘレナはこの世に生を受けても身体が虚弱よわかった……身体的にも恵まれなかった、100年以上も時を紡いでも幼児と変わらぬ体型、それに適度な栄養を生物の血から取り入れられないから二の腕や二の脚等は痩せ細り、まるで枯れ木の枝を思わせるかのようでした。 はらあばらが浮き出るまでになっており、顔の方も頬は痩せこけ眼も眼窩がんかに落ち込み、窪んでさえいた……けれどヴァンパイアヘレナは『不死族』―――既にその身は死んでいるので自然の条件の下では死ぬ事さえできないのです。

{*つまりこれは、“寿命”や“病”などで死ぬ事はないことを示唆している。}


ヴァンパイアが滅ぶ時―――それは“ある条件”を満たさないといけない、だから今ヘレナが衰弱によって相当弱っているとはしてもこのまま死ぬ事はないのです……が、それはまるで“地獄”―――死のうにも死にきれない、“不死”であるがゆえに強制的に生き永らえさせられると言うのは、辛い事なのです。


        * * * * * * * * * * *


そんなヘレナに“運命”の転機が訪れる―――それはある日、雪が深々しんしんと降りゆく中、ヘレナの身はまさに雪中せっちゅううずもれようとしていました。 端から見てしまえば年端も行かないような幼い女のが、その身に雪を積らせ今にも息絶えようとしている……そんな事情を憐れと思ったのかもしれない、そうした“物好き”が痩せっぽちな彼女を抱え、自分の『庵』へと連れ込んだ…………


「(… …… ………)―――ここ……は?」

「おや、気が付いたようだね。」


「(まっかな……かみのいろ、まるであかいほのおのような………)」


少しばかり意識を取り戻し薄目を開けてみると、ぼんやりと見えたのは自分の事を救助たすけてくれた、大恩のある人の―――それがイメージでした。 けれど体力の限界もあったのでまたすぐに昏睡ねむってしまう―――

そして昏睡ふかいねむりに陥ってから随分と経った処で、また覚醒めざめると……


「(あ あ……あたた―――かい……このぬくもり……けれどどうして―――わたしは……わたしのみは、すでにしんでいるのに……)」


ヴァンパイアヘレナは、“不死”―――だから感覚器官(痛覚)は、はずなのに……その身に温かさを感じていた。 本来であれば冷酷であり冷淡である種属が、そのココロに“温もり”を感じていたのです。



それからと言うものは、ヘレナは無償の愛と言うものを一身に受け、育っていきました。 適切・適度な栄養に衣装を与えられ、出身種属が違うと言えどもまるで我が子同然に愛情は注がれて行ったのです。


        * * * * * * * * * *


ところで―――全く違う種属であるヘレナを、ここまで愛情をめてはぐくんでいるのは、一体“誰”なのであろうか……


「(ふむ……これまでこの吸血鬼ヴァンパイアに手をかけてきたけれど、いまだこの子の“特質性”が見えてこない。 私も生物学を専攻してこなかったからそんなに詳しくはないけれど……これからはそうも言っていられないようだ。

私の“師”が言うのには、各地の各種属の中で『異質ヘテロ』が見つかってきているとの話しだが……まさか私が拾ったこのヴァンパイアもその一人だったとはね。)」


深々しんしんと降りしきり、積もる雪中せっちゅううずもれようとしているヘレナを救助たすけたのは、この度“師”である【大悪魔ディアブロ】から独立し自立しようとしていたカルブンクリスその人だったのです。

それにカルブンクリスがヘレナを救助たすけた理由もそう複雑なモノではなく、ただ単に学術的―――いわば自分の知識欲を満たすためだけだったのです。


そう……だから、それ学術的知識以外は全く興味がなかった。 それにここ最近で頻発しているという、これまでの種属の中でも著しく特徴が違う個体―――それが『異質ヘテロ』だった。 そしてここに……孤児みなしごらしい者を拾い上げてみれば吸血鬼ヴァンパイアである事が判ったのですが、それにしても見るからに衰弱しきっているのが目に見えて分かっていた、だから生物の血を口に含ませてみたのですが、なぜか拒絶反応を起こしすぐに嘔吐してしまったのです。 カルブンクリスもの常識をわきまえ、常識それに従って対処したものでしたが、カルブンクリスのげんにもある様に生物学を専攻とはしていなかった……それに今から生物学を習得しようとしても助けるには間に合わないとし、付け焼刃的ながらも最も初歩的なヴァンパイアの特徴だけを識り、栄養となるものを与えたのです。


「(さて、どうにか姑息的一時しのぎ的にはこれでいいだろう……が、やはり吸血鬼ヴァンパイア生血しょうけつを摂取しなければならない。 これから色々と試して行かなければならないが―――“万が一”の場合はこの私の……)」


しかしは最終的な手段でした。 そう―――カルブンクリスの種属は本作中でも触れたように『蝕神族』……自分よりも上位の存在を“喰らう”事で身体能力値を、そして紡げるじかんを劇的なまでに延ばすことが出来てしまう異質ヘテロ』な種属―――

{*但し普通に食材を食し栄養を摂取することは出来る}


だからこそ、彼女は自分自身が魔族の中でも特に『異質ヘテロ』だったからこそ、各種属から輩出して来ている『異質ヘテロ』……自分と同じ者達に興味を示していたのです目を向けていたのです

そんな彼女の血を、生血しょうけつを受け付けられない吸血鬼ヴァンパイアに“与える”―――と言う事は、まさに最終的な手段と言えたのです。

カルブンクリスも、どんな血の状態が―――どんな生物の血がヘレナに適合するのか、色々と試したものでしたが……いずれも失敗に終わってしまっていた。 生血しょうけつを与える間隔を空けて与えはするものの、その度に苦しげに嘔吐するヘレナ―――もう…猶予は、ない―――とした処でも、苦しむヘレナの姿を視るにつけ……


「(私は―――己の慾望の為に何と言う事をしているのだ。 死ぬに死ねない苦しみを与えて何を得ようとしていたのだ。 最早この上は迷ってなどいられない―――“可能性”を……万が一の可能性を……)」


もう黙って見てなどいられなかった。 確かにカルブンクリスは自分が識りたいとしていたヴァンパイアの生体を識る為に、雪中せっちゅううずもれようとしていたヘレナを自分の庵へと連れ込んだものでしたが、なにもヘレナが吸血鬼ヴァンパイアの『異質ヘテロ』だと知ったところで、“実験”をしようとしたつもりもなかった。 けれど結局はそのようになってしまっていた……


だから―――最終的な手段である、蝕神族自分の血を…………


もうこれ以上、自分の慾―――知識欲を充たす為に実験行為を続けるわけにはいかないとしたカルブンクリスは、もう最後に残された唯一の手段―――蝕神族としての自分の血を“一滴”与えてみる事にしました。

そして与えてみた処―――……予想は、していた。 予想は、していた―――けれども、想定していた以上の苦しみ悶え方……叫びにもならないを上げ、まるで何かが取り憑いたかのように暴れ回る吸血鬼ヴァンパイア


「(あああっ……くそっ―――失敗だ! 想定していた以上に私の血は“毒”だったのだ!!)」


その“苦しみ”故にのた打ち回り、その“いたみ”故に咆哮ほえる―――そして徐々に、その“毒”は身体を侵蝕し始める。

ヘレナはこの当時132歳でしたが、その外見上みためは驚くほど“幼”なかった。 生血しょうけつが吸えないからヴァンパイアに必要な能力が得られず、またその身体も貧相この上なかった。


そんな彼女が―――…


魔族一の『異質ヘテロ』の血を“一滴”、得てしまった事で苦しみ藻掻いたその果てに得たモノ―――見る見るうちに成長を遂げ、年齢相応の外見上みために成って来た。 そんなモノを目のまのあたりにし―――


「(こ……これは? わ、私の血が彼女に適合したとでも言うのか!?)」


それこそは“奇譚”―――類を見ない話し。 自分一人でしかない稀に見る種属である事を、カルブンクリスは“師”であるジィルガから諭されていました。 魔界に唯一無二しか存在しえない―――『魔族の異質』とも言われた。 そんなカルブンクリスの血が、世にも珍しい不死の一族の『異質ヘテロ』に適合した……つまりヘレナは、カルブンクリスと同じ様な特異性を―――特質性を持ち合わせる……?


「ヘレナ、無事なのかい。」 「はい、特に問題は。」

「そうか、良かった……」


言葉の発し方もつい先刻までのような幼児めいたものではなくなり、ちゃんと流暢に会話ができるレベルまでになっていた。

……だとするならば? 副作用的なものはないのだろうか―――と、そう思っていたらやはり……


「あのっ―――すみません……お腹が空いてきてしまいました。」

「あ…ああそうか、ではいつもの食事を用意してあげるからね。」

「いえ、そちらではなく……今の私が欲しいのは血です。 生温かくこの身を芯から温めてくれる生血いきたちが。」


蝕神族カルブンクリスの血に適合した事で、嗜好も変わってきていた。 いや、元に戻ったと言うべきか。 ヘレナは普通の吸血鬼ヴァンパイアと同じ様に、生血しょうけつを求め始めたのです。

けれどもまだこの時には気付かなかった……と言うより気付なかった。 それはまたヘレナも吸血鬼ヴァンパイアの“唯一無二”だったのです。


だからつまり……“前例がない”―――蝕神族の血に反応し、『適合してしまった』と言うならば?


        * * * * * * * * * * *


その異状性が発覚しだしてきたのは、それから数十年経った頃の事でした。 それまではヘレナを保護していたカルブンクリスでさえ気付けないでいた……悪く評するなら、ヘレナはその間恩人であり保護者でもあるカルブンクリスをたばかっていた……?


もう既にこの頃になると、自分の血を受け入れた当初の様な血への渇望は収まりを見せていた―――と思っていました。

けれど近くの街『マナカクリム』まで買い出しに出かけた時に、そこかしこで耳にする“噂”……それは豹変してしまった魔王の事もそうなのでしたが、この近隣で神出鬼没するようになった吸血鬼ヴァンパイアの“噂”も―――カルブンクリスも当初は、そんな噂は『よくある事』だと思い聞き流していましたが、ふとある日にヘレナの口元付近に目をやると……


「ヘレナ?もうどこかで食事を済ませて血を吸ってきたのかい?」


すると急に、怯えた表情となり慌てて口元付近に付着していた血の痕を拭うヘレナ。


「(えっ……どう言う事だ?ただ単に血を吸ってきたのならそう言えばいいのに……それをなぜ子供が、自分がやった悪戯が発覚してしまった時のように悪びれ、それでいて申し訳なさそうなこの表情……)」


そして思い当たって来る、ある事案―――だとて性急に追及をしてしまってはならない……だからこそ。


「ねえヘレナ?怒らないから正直に話してご覧。」

「あの……その……も、申し訳ございません~~~」


そんなに厳しく責めたつもりもないのに、自分がしてしまった事がどう言う事であるのか判っていたかの如くに大粒の涙を零して詫びるヘレナ。 そこでカルブンクリスは、マナカクリムで小耳に挟んでいた程度だった噂の本当の意味と、現在のヘレナの状態を知る事となったのです。

では、カルブンクリスがマナカクリムで小耳に挟んでいた噂とは……


『咬み付いた跡は着いていないものの、大量の血を失って干からびた状態の魔獣や魔族』―――


少々気になった部分はあったけれど、総合的に見れば吸血鬼ヴァンパイアの|生理現象(食事の作法)とそう変わりはない―――そう、“少々気になった部分”……吸血に及んだとしても、その遺体達の身体のどの部分にも噛んだ跡が認められない……だとするならば。


「ヘレナ、今すぐ私の血を吸ってみせなさい。」

「(え?)そ、それは出来ません!それ以上あなたの血を摂取してしまえば、私は……私はこの世の者ではなくなってしまいます!」


それは……その証言は驚異の何者でもありませんでした。 カルブンクリスはこの時、ヘレナの吸血法を問い質したかっただけなのに……得られたこたえ―――

そう、現在のヘレナのはヘレナ本人でしか判らない。 そう……蝕神族であるカルブンクリスの血を取り入れ、適合してしまったヘレナ本人でしか。


「(何てことだ!そこまで考えが及ばなかった……ヘレナは、ヘレナは―――私の血を受け入れた事により……)」


限りなく―――蝕神族自分に近づいてしまっている事を、ようやく覚るまでに至ったのです。

だからと言って、その事を知ったとてどうすればいいのか。 それはまだ未経験だったことにより判らないでいた―――しかしカルブンクリスは、ヘレナの証言を反芻させていく事により、ある部分に希望を見い出していたのです。


「(ヘレナは吸血鬼ヴァンパイア……そして蝕神族の血を取り入れる事により適合化―――つまり程なく蝕神族に近づいてしまっている…この推定はまず間違いないと見ていいだろう。 だが今にして思えばそうした例は聞いたことが無かった……吸血鬼ヴァンパイアが吸血をした対象に近づくというのはね。

これはひょっとすると……ヘレナに隠された―――ああいや、私が気付けなかった特異性・特質性なのか? それをあの子はその事を知ってしまい、先程私が促せた2度目の摂取を自ら拒んだ……恐らく2度目の血の摂取をしてしまえば、『自分がこの世の者ではなくなる』―――いやそれ以上に私を超えた種属に成ってしまう事を、あの子自身が判ってしまっているのではないか?だが、それが判ってしまえば打つ手ならある!)」


「ヘレナ、大丈夫だ―――総て私に任せなさい。」

「え……?こんな不敬な私に対してもまだ―――」

「お前は不敬でもなんでもないよ、だから安心をし―――その身を私に委ねるのだ。」


これが後世ヘレナがカルブンクリスの事を“主上リアル・マスター”と呼ぶ所以となった事は、最早言うまでもない事なのです。



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