章間 聖霊の件《くだり》

1節 『竜吉公主』

ニルヴァーナとカルブンクリスが邂逅を果たし合った頃合その奇しくも同じ時期に、ある「派閥」内にて……


{竜吉公主よ―――} {何用でございましょう、女媧}


魔界の“三柱みつはしら”の一柱ひとはしら、〖聖霊〗の神仙族。

そのおさたる『女媧』と、次点の実力を有するとされている『竜吉公主』。

そう、この場所こそは神仙族のよりどころである『シャングリラ』。

そんな場所で『おさ』と『次点の実力を有する者』が、また何の話し合いを?


{近頃、魔王ルベリウスめは何を思いやったか、以前までの善きまつりごとを已め、現在に於いては下々の者達に苦役を強いておると聞くが。} {真、残念ながら仰せの通りにて御座いまする。}

{ふむ―――さりとて、現体制に異を唱えしは謀反の兆し在りと見なされても致し方のない話し。 してや吾らは魔界の“三”もの柱を担っておる。

それにこの決まり事は魔界の王の権限を揺るぎなきモノとする為、【大天使長】【大悪魔】との間で取り決められた『誓約』そのもの。

それが斯様な事態に陥りし時、吾らがこんなにも無力であり非力である事を知らしめられようとはな。}


かの魔王の豹変ぶりには、“三柱みつはしら”の耳にも届いていました。

それも歴代の中では『賢王』とも讃えられたほどの名君が、また何の“きっかけ”をして弱者達を苦しめるまつりごとに方針転換させてしまったのか。

それにまた、【原初の神仙】としてばれた女媧と、【大天使長】ミカエル、【大悪魔】ジィルガの三者協合の下、政権をこの上ない強固な地盤とする為と、ある意味での『縛り』を課してしまった事が完全に裏目に出てしまった……。


本来“三柱みつはしら”は、現政権に異を唱える者達に有無を言わせない為の役割を担っていました。 これが『善政』の時だったならば、これ程優れたシステムはなかった―――の、ですが……これが『悪政』だった場合には―――それが現在の“三柱みつはしら”の苦悩でもあったのです。


それに、だからこその、この話し合い―――


{女媧よ、あなた様の心労、おもんぱかって有り余る次第に御座いまする。  して―――に何を為せよと。}

{竜吉公主よ、汝にはこれより床に伏してもらいたい。} {病床に―――してその本意ほいは。}


その『本意ほい』は、直接女媧の口より語られることはありませんでしたが、何も語られなくとも竜吉公主には判っていました。 いや、竜吉公主だけに拘わらず、この魔界のまつりごとたずさわっていた者達ならば、口にせずとも誰もが心に抱いていた事。

ただ―――『その事』を口にしてしまえば立ち待ちの内に叛意が問われた、疑われた……だから竜吉公主は、女媧に言われるがままに『にせ』の病床に就いたのです。 そしてもちろん―――彼女のすみかには『非客牌』が掲げられて。

{*『非客牌』とは、(家の主人の都合で)面会謝絶・来客お断りを示す神仙の旧き慣習であり、また公然の居留守と言われている。}


而してそう―――竜吉公主本来の目的とは……


         * * * * * * * * * *


「(女媧から言われるがまま、偽りの病床に伏したけれど……それも仕方のない事なのよね。 あんなにまで善政を敷いていたというのに、急に手の平を返したかのように悪政に手を染めたりするんだもの。 これは一度調査してみなければならない―――その為には「神仙族の竜吉公主」としてではなく、眷属の子達と同等・同列になって下々の生活ぶりを見てみない事には……)」


そう、竜吉公主は敢えて何も語らなかった自らのおさ本意ほいを、よく汲み取っていました。 かの原因と、現在の魔界の民達の暮らしぶりはどうなっているのか―――そうした調査に乗り出す為に偽りの病床に伏せり、自身は“格”を落として魔界の民である眷属達と同じになり、彼らが多く住まうとされている『街』へと降臨おりたのです。


「(ふうん……一応シャングリラの近くにある『コンロン』に降臨おりてはみたけれど、これは少し酷いわね……。)」


竜吉公主が、『本篇』ではおなじみの『アンジェリカ』と言う(偽)称を使って最初に降臨おりたった場所とは、自身もよりどころを置くシャングリラに近い『コンロン』と言う街でした。

それに……初めて降臨おりたってみたものの、アンジェリカ自身が想像していたよりも酷かった……街には活気がなく、店頭に並べてある商品にしても品質よりは高価に感じてしまった。


「(これでよく日々の生活が出来るモノね……。)」


そう感じるものの、活きていくには対価を支払わなければならない―――アンジェリカも少しばかり不当と思うものの、対価を支払い今日を凌ぐだけの生活用品を買い揃えたのです。


          * * * * * * * * * *


そしてこのコンロンを中心に、調査活動をする為の拠点―――宿屋の一室にて、今日の事に思いを馳せるアンジェ。


「(そう言えば……まだ物資を買い揃えられた私はまだマシな方なのよね。 そこの処はまだ恵まれている……とは言え、『恵まれている』時点で調査を開始させたところで何もなりはしないわ。

そうね、正しい判断材料を取り揃えるには現在よりまだ生活の質を落とさないと。

ならば、それをする為には―――……)」


アンジェリカは、竜吉公主であった者は、まったきほどに正論を掴んでいました。

本来ならば〖聖霊〗に属する中で、その派閥内の種属達全員―――『精霊族』『エルフ族』等の眷属と呼ばれる者達を統括する『神仙族』。

またその中でもおさである女媧に次ぐ地位に収まり、多くの眷属達に慕われまた崇められた存在。

つまりそのまま降臨おりたてば眷属の中でも貴族程度の地位は約束されていたのです。 確かに貴族などの身分でも調査は出来ない事はない、ただ公主はもっと―――そう、もっと眷属の子達の事をよく知りたかったのです。

だから―――……


「冒険者になりたいと?」

「はいっ!まだ駆け出しですが、よろしくお願いいたしますっ!」

「判りました。 では登録手数料と、あとこちらは登録の申請書となります。」


「(ウフ~♪実は私、一度冒険者やってみたかったのよね~~♪ まあ本来の“私”は机上きじょう業務多かったから、ロクに身体を動かせられなかったしさあ~~でも、これで何気兼ねすることなく運動が出来る―――ってものよね~♪)」


簡単な手続きを終え、新たに冒険者として活動を始めるアンジェリカ。

それに公主自身も優れた権能を持つものの、その権能は滅多と振るわれることはなかった、まあ言わば『宝の持ち腐れ』的な状況でもあったのです。

それが今回、ひょんな事からここ最近の魔界の異変に関しての調査を請け負った。

そしてそれは、巡り巡って公主自身が望んでいた事を可能にさせたのです。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして―――数々の依頼をこなして行く上で同じ冒険者との交流わりも深めさせていった……そんな頃の出来事でした。


アンジェリカが単独で依頼の一つ(難度S)をこなして戻ってきた時、コンロンの一角に一つの人だかりが出来ているのを知り、何事か―――と思ってその人だかりを覗いて見ると……


「ねえ、何かあったの?」

「ああ―――あんたか。 いやなに、ちょっとした“すれ違い”ってやつさ。」


『争い』『いさかい』『戦争』等が起こる原因の一つとして、『思い違い』『すれ違い』の部分があるとされていました。

そして〖聖霊〗の領域の一地域に於いてまさにその事―――しかも、なんともその一因ともなり得ていたのが……


「もう一度言いなさい、この私が鉱物精霊レプラコーンだからどうだと?」

「低位種属のくせにのさばっているんじゃねえ―――って言ってるんだよ! そんな数も少ない、いるかいないかも判りゃしないヤツと同席なんて、ハッ!〖聖霊〗も地に落ちたもんだぜ!」


互いに大声で自分の主張を荒げる2人、その当事者の一人は〖聖霊〗の内の精霊族の一つ、『鉱物精霊レプラコーン』と、あともう一人の当事者は、同じ〖聖霊〗内の精霊族の一つ、『火精霊サラマンダー』が相席を巡って言い争っていたのでした。



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