第10話

 夕食も終わり、ゆったりと風呂に浸かっていたオフィーリアは髪を洗われながらぼんやりと思った。

 昼間の賊はどこから来て、何を目的としているのか。本当にアシルが言ったように国と国を滅ぼしたいのだろうか。考えてもわからない。

「オフィーリア様、痒いところはございませんか?」

「大丈夫よハンナ」

 体を磨きあげられ、最後に香油で肌を保湿し風呂場を出たオフィーリアはギャランに案内されあてがわれた部屋へ向かう。

 レイバンはウェルヴァインよりも夜は過ごしやすい気温で、上着を羽織らなくてよく、薄いカーディガンで過ごせた。

「すぐ、お茶をお持ちします」

 風呂場から付き添ってきたリリアは部屋に入るなり、いつものように変わらず言った。そんな様子にオフィーリアは笑みを漏らし、カウチへ横になった。

 政略結婚とは言え、アシルからの好意的な視線はすごく感じていて、その向けられる感情にどう答えて良いのかわからないでいた。

「リリア」

「何でございますか?姫様」

「アシル殿下のことよ」

 初めて異性の話をオフィーリアが言ってきたことに対し、嬉しさを覚えたリリアだった。目の前の王女から、いっさい浮いた話を聞いたことはなく心配もしていた。しかし、年齢はまだ14歳でもうすぐ15歳を迎えるとは言え、そんな年頃でもないから興味もないのだろうと思っていたが、どうやらそれは思い過ごしだったようだ。

「アシル王太子殿下がどうされました?」

「1ヶ月間彼と話をして、挨拶に回ってたけど…どうしたらいいのかわからないの」

「どうとは?」

「政略結婚だと私は思っていたわ、けれど彼は違うみたいで…」

「困惑しているのですね」

 カップにお茶を注ぎながらリリアは言う。

 よく知った香りが鼻をつき、オフィーリアはほうっとため息を吐いて淹れたての紅茶を一口飲んだ。

「そうね…」

「良いのではないですか? 始まりは政略結婚でも、恋が芽生えてもおかしくはないと思いますよ」

「どう接していいのかわからなくて。向けられる好意はありがたいけれど、彼と同じような気持ちを持てと言われたら私はそれをできないわ」

「なぜですか?」

 優しい気持ちになりながらリリアはオフィーリアを見つめた。

 リリアはもう独り立ちしてウェルヴァインの街に一人住んでいる息子を思い出した。

 この何とも言えない、人が成長しようとしている瞬間は何事にも変え難い煌めきが含まれている。リリアが仕えるオフィーリアもまた彼女の息子と同じように、若さと自分の心に向き合っているのだ。

「私が同じ気持ちでないと彼を落胆させるから」

 王女だと言うのに人の気持ちを汲み取ることが得意であるな、とリリアは笑った。

「オフィーリア様、人の気持ちや思いは自由だということをお忘れですか? いろんな可能性を持っているんですよ心は」

「わかっているわ。だけど、なんだか申し訳なくて、向き合ったら私、自分じゃなくなりそうだもの…」

 うら若き乙女は可愛らしいとさえ思う。愛らしい姫君を見てアシルが少し可哀想だなと思ったのだった。まだ自分自身の気持ちに気づけていなくて、それを気づかせてやりたくなるが、野暮だろう。思いは気付かされるものではなくタイミングと悟りが必要になってくるのでリリアは黙ったまま微笑んでいた。

「…だからどうしていいのか、わからないし。お手本がほしいくらい」

「お手本ですか。確かに今のオフィーリア様には必要かもしれませんね…。私が言えることとすれば、助言ぐらいですかね。

 王太子殿下のことはお嫌いですか?」

「嫌い…では…ないわ、たぶん…」

 そこまで言うとオフィーリアは黙ってしまい、しかめ面をした。そばにあったクッションを抱きしめて、寝転がる。

「わからないわ…本当に、今言えるのは嫌いじゃないとだけ…お兄様みたいに接してみれば良いのかも!と思ったけれど、何か違うの。もちろん、殿下も話しやすいのだけれど…緊張すると言うか…」

「その悩みはいつか晴れる時が来ますから、そんな顔をしなくても大丈夫ですよ」

「いつ晴れるの?」

「それはオフィーリア様の心次第でございますね」

 また難しい顔をして考え込んでいるオフィーリアを尻目に、リリアは彼女が飲み終えたティーカップを早々と片付け始めた。

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