3-2 ロリコンじゃないヤゴコロだ

 オモイカネが突然に用意したクイズ用の挙手ボタンを持たされた徳斗は、訳も分からずに呆然としていた。

「せっかくだから、僕と知識で勝負でもしようじゃないか」

「あっ、そういうことっすか。『ゲーム&クイズカフェ』ですもんね。でもこれで間違ったら不採用とかナシっすよ?」

「最近は姫様と一緒にサツマイモを育てられているそうだね。ではさっそく問題だ。サツマイモ、ジャガイモ、トマト。この中で仲間外れはどれだ?」

 徳斗は挙手ボタンに指を置いたまま固まる。

「さぁ、シンキングタイム残りわずかだぞ」

 催促された徳斗は慌ててボタンを押した。

 ピンポンと鳴る軽い機械音と共に、手のイラストのボードが垂直に起立する。

「正解はトマトです。他の二つはイモだけど、トマトだけイモじゃないし、土の中に成らないし」

 突然に目を瞑り微動だにしなくなったオモイカネに、徳斗は彼の顔を覗き込む。

「どうしたんすか? 寝てないっすよね」

「ファイナルアンサー?」

「なんかいろんなものがごちゃごちゃになってますけど……ファイナルアンサー」

 オモイカネは先程とは反対側のエプロンのポケットに入れていた、ふたつのボタンのうちの片方を押した。

 ブーッと小さく機械的な不正解の音が鳴る。

「正解はジャガイモだ。サツマイモとトマトはナス科の植物だよ、徳斗殿」

「どっちも実を食べてるんじゃないすか?」

「違うな。サツマイモは根、ジャガイモは茎、実を食べているのはトマトだけだよ」

「でも、さっきの出題の仕方だと二項目当てはまるし、完全に俺の勝ちだと思うんですけど……」

 徳斗の反論には耳も傾けず、オモイカネは再び正解ボタンを用意する。

「では、第二問だ。東京都にある新宿駅、渋谷駅、目黒駅、品川駅。以上は山手線の各駅名だが、この中で仲間外れはどれだ?」

 今度は間髪いれず、徳斗は得意げに挙手ボタンを押した。

「ラッキー問題でしたね。俺の友達に鉄オタが居ますから耳タコですよ。正解は品川駅。ほかは駅の所在地と同じ二十三区名がそのまま駅名になってますけど、品川駅の住所は品川区じゃなくて港区です」

 自信満々の徳斗の解説に、ぐっとうつむいたまま黙るオモイカネ。

「これは申し訳ないけど、さすがに正解ですよね」

 オモイカネは震える親指で不正解のブザーボタンを押す。

「……正解は、東京メトロが唯一乗り入れてないから」

「ひでぇ。後出しじゃないすか。そんなのオモイカネさんの匙加減ですよ」

「やはり僕に知識で勝る者はいないか。後塵を拝すことも無いし、誰の背中を見ることも無い……常に高みにいる者の孤独だね。勝者とはそういうものだ」

 オモイカネは両腕を組み、得意そうにうなずく。

 その様を徳斗は呆れて見ていたが、今更どんな神様が現れても驚かず、これも面接なら楽なもんだと、すぐに気持ちを切り替えた。


「ときに徳斗殿。ワカ姫様はお健やかにされているかね?」

「そうっすね……最近、ちょっと元気ないみたいですけど」

「それはいかんね、神職である徳斗殿がしっかりしてくれないと。せっかくのワカ姫様の良さが台無しだよ」

「はぁ、やっぱ人気者なんすね、ワカって」

 四貴神でありながら幼く、天真爛漫で人懐っこくて太陽のように朗らかな性格は、おそらく神の間でもマスコット的な人気なのだろう――徳斗もそう考えていた。

「もちろんだよ。やっぱり背も身体も小さくて可愛いところだよな。それでいて無垢で距離感が近いというのは美少女の妹キャラとしては最高だ……」

「ちょ、ちょっと? あの、オモイカネさん?」

「あの成長しきっていない、純潔で穢れを知らない儚い可憐なお姿はグッとくるものがあるね。青いつぼみとでも言えるかな。これからご立派な女性になってしまうと思うと残念だよ。ワカ姫様は今が一番お美しいと思うんだが」

『やべぇ。今までで一番マジで危ない神様が来たな……』

 その徳斗は完全に引きつった笑顔で、オモイカネの話が終わるのを黙って待つ。

「どうかな徳斗殿?」

「別にワカが勝手にやってきて、俺が神主になれだの、ボロアパートが社だの言われても……言ってみればワガママで奔放な妹みたいなもんすよ?」

「なんだって? よりによってワカ姫様を妹だと?」

「いや、オモイカネさんだって妹キャラって言ってたじゃないすか!」

「キミはわかってて言っているのか? 羨ましいったらないよ、徳斗殿。君が選ばれた下界の民じゃなかったら、神罰を与えてるところだったよ。せっかくだからもっとワカ姫様のこと聞かせてくれないか!」

 徳斗の両手をがっしりと握り、熱く――もとい興奮して語るオモイカネ。

 彼の手は少し汗ばんでおり、徳斗も顔を蒼ざめさせて引く。

 しかし、生きていくということは無常であり、禍福はあざなえる縄の如し。こうして目の前に現れた変質者を、生活費を稼ぐためと割り切って受け入れることにした徳斗なのだった。



 一方の稚姫は、自分の部屋でそわそわと時間を潰す。

 これまで昼間は徳斗が大学で外出しているのが普通だったが、彼が居ないことに不安を感じて仕方がない。だが、その漠然とした不安そのものの理由が、稚姫は理解できていなかった。

「ホントはもっと徳斗とお話したいのに、なんで徳斗を避けちゃうのかな……でも一緒にいるとドキドキするし。あたしどうなっちゃったんだろ。風邪かな?」

 昨晩は、今までの謝罪も含めて久しぶりに会話をしようと、彼の部屋の扉をノックした。ところが、なにやら『アルバイト』という出先の奉職ほうしょくで対価を得る、下界の習わしを始めると聞いた途端に、腹が立って八つ当たりしてしまった。

 ベッドにある自分の枕に顔を埋めたまま、足をもじもじと左右に組み合わせたり、ぐるぐると寝返りを打ってみても、この心持ちは何も解決しない。

 こういう時は心穏やかに、静かに読書をするに限る――。

 すると部屋の扉がノックされた。

 八田が両手の紙袋いっぱいに入った書籍を用意してきた。

 以前も研修と称して下界の社に鎮まっていた時には、空いた時間に少女コミックを読んでは胸キュンさせて時間を潰していたので、八田に発注したのだった。

 黒服、強面こわもての執事姿のまま、書店の少女マンガコーナーで買い物をさせられた彼もいい迷惑だったが、主人の唐突な命令には慣れっこだ。

「いい、八田? これ全部読み終わる前に入ってきたら、クビだからね!」

 もちろん一日で読み終わる量とも思えない。

 適当な頃合いを見計らって夕食を用意すれば、今日は無事に過ぎるだろうと知っていた八田は頭を下げて室外へと出た。

 だが、この自分の選択が過ちであったと稚姫が知るのは、後の事だった――。


 ベッドにうつ伏せに寝転んだまま、枕に単行本を置いてマンガを読み進めていく。

 マンガの中では、幼馴染のくせに互いに距離のあった男女の登場人物が、不思議な魔女の力を借りて、関係を進展させるシーンになっていた。

 夕日の照らす河川敷。

 長いすれ違いと誤解を経て、徐々に互いを認め合うようになったふたり。

 主人公たちは抱き合った。

 そうして見つめ合う男女は、そのまま唇を重ね――。


 読み進めているうちに、稚姫の胸のドキドキはピークを迎える。

 とても心中穏やかに読書をするには程遠い時間であった。

 マンガの男性主人公の台詞を読むうちに、徳斗の声が聞こえるような気がした。

「徳斗っ、おかえり!」

 稚姫が本を放り出して上半身を起こすが、玄関には誰の姿も無い。

「……なんだ、徳斗じゃないのか」

 それからもずっと読書を続けていたが気分が晴れず、頭を掻いた稚姫は溜息をひとつつくと、やがてマンガをぽいと手元に放る。そのまま彼女はまるで生気を失ったように、ゆらりと部屋から中庭に出ていった。

 まだ数冊も読み終わるでも無いであろう短時間で出てきた主人に、庭のサツマイモ畑や桜の苗木の世話をしていた八田も驚いたように、近くに寄って来る。

「八田、気分転換にお散歩いこう。お買い物するよ!」


 一方、徳斗はオモイカネの店での面接を終えて、さっそく勤務を始めていた。

 他のスタッフは店長が神だとはいっさい知らない下界の人間とのことなので、徳斗も何も知らないふりをして勤務をする。

「じゃあ、原井君。次は食洗器からあげたグラスの片付け場所ね」

「その後は、あたしが仕入れた食材の仕分けを教えてあげるよ」

 店長のオモイカネ以外は男性の店員は居ない。しかも彼は神族であることを隠しているため、なんとなく根暗で大人しくオタク気質な店長に慣れていた女性スタッフ達は、ごく普通でまともな徳斗の存在が非常に珍しく、仕事の内容を親身に教えていた。

 これもまたある種のハーレム――と言えなくもないが、徳斗もバイト初日から目立たぬように猫をかぶると、素直に先輩の指導を聞いて、キッチン業務などを教わっていく。

 店長のオモイカネもまた、スタッフのシフトを組んだり仕入れや在庫の状況を確認する事務作業をしたかと思えば、たまには店頭に立って来客と語らったりと、ごく普通の人間として従事をしているようだった。

「徳斗殿。ちょっとこっちによろしいかね」

 オモイカネが突然に手招きをする。

「カードゲームを楽しみたいあちらのお客様の頭数が足りないから、お手伝いして」

「えっ、もうそんな事もやるんすか? 慣れたらって言ってたじゃないすか」

「簡単なゲームだから平気だよ。ほら、お客様が待ってるから」

「だいじょうぶなんすか? ゲームで負けたら雀荘のボーイみたいに給料から天引きなんて、無いですよね?」

「なにを言ってるんだ。ここは健全な店だよ? さぁ、早く行った行った」

 とても健全とは言えなさそうな店長に背中を押されるままに、徳斗は客席に向かった。


 待ちに待った休憩時間。

 バックヤードの椅子に腰かけて疲労の色を浮かべる徳斗に、にやにやと笑みを浮かべたオモイカネが近づいてくる。

「どうだい? ご親族のアパートの管理人しかやってなかったからバイトは大変だろう」

「そうっすね。割と社会に出て働くって大変なんすね」

 オモイカネは徳斗の隣に座って、小声で話しかける。

「じゃあ、ワカ姫様のことを細かく聞きたいんだけど、いいかな?」

「あの、俺、いま休憩時間なんすけど」

「オマケで残業時間をつけとくからさ。じゃあ教えてくれ。姫様の普段の様子を」

 興奮気味に早口になるオモイカネと対照的に、徳斗は身構えて小さくなっていく。

「そんなの俺の判断だけで言えないっすよ。ワカのプライベートでもあるんだし」

「ほう、徳斗殿はそんなことまで知る深い間柄になったということかい? 今すぐにでも神罰を与えるかクビにしたいくらいだよ」

 暑苦しく脂っぽく光る顔を寄せるオモイカネに、徳斗も露骨に嫌そうな顔をして彼の肩を押しのける。

「だったら、店長の変態っぷりをワカ本人に伝えますけど」

「うむ……では今日は手打ちとしておこうじゃないか。休憩時間はあと三十分だよ」

 オモイカネを払って再びひとりになれた徳斗は、大きな溜息を吐いた。

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