やさぐれ魔術師ルカ 旅路の欠片

しノ

アイヴァンの独白

 ざり、と擦れるような音がして、アイヴァンはふっと身を縮こませているオーエンの方へ視線をやった。

 ようやく正気を取り戻したらしいオーエンは、顔を青ざめさせつつ、黙り込んでアイヴァンを見ていた。

 顔や体中に暴力の痕跡がありありと残されている。足や腕は骨折させられているようだ。他の構成員の様に斬られていないのを見るに「殺す気はなかった」という事が、アイヴァンにはよく分かった。

(もしかしたら、簡単に殺す気はなかった、だけかもしれないけど) 

 アイヴァンはどうでもいいことを胸の内でぼやきつつ、オーエンの方へ距離を詰める。

「……ひ、っ」

「久しぶりですね、オーエン。こうして対面するのは」

 きわめて冷たい声でアイヴァンはそう声をかけた。声をかけただけで、オーエンは目を見開いて恐怖しきったような表情をしているのを、アイヴァンは冷えた目で見ている。

「……ぼ、ボス……」

 オーエンは声を震わせながらそうアイヴァンを呼ぶ。

「あなたがボクをそう呼ぶ日が来るとはね」

 至極どうでもよさそうに吐き捨てつつ、アイヴァンは続ける。

「貴方が言うように、ボクはギンズバーグ・ファミリーのボスだ。――だから、ボスとして、部下の尻拭いくらいはしなければなりません」

 そう断言するアイヴァンに、オーエンは縋るような目つきで、くぐもった声で助けを求める。

 アイヴァンの知っているオーエンと言う男は、いつも人を小ばかにするような笑みを浮かべていた――事実、ボスに相応しくないアイヴァンを見下していたのだろうが。

 それが今はこのざまだ。それでも優越感は湧いてこなかった。

「では、余計な抵抗をせずに、ボクの問いに答えて頂けると幸いです。銃の扱いはそこまで上手くありませんが、この近距離で外すほどではないので」

 必死に頷いているオーエンを見て、アイヴァンは一瞬眉をひそめたが、オーエンの考えがやっと理解できて、肩をすくめた。

(おめでたい男だ。まだ生きられるとでも思っているのだろうか。いや――ボクがなめられてるからなんだろう。仕方がない)

 胸の内でアイヴァンはそう断定する。「用が済んだら始末する」マフィアにとって常識そのもののはずだ――

 自分は最後までオーエンにボスとして、そしてマフィアとしても認められないのだと、アイヴァンは愕然とした。


(ボクって、壊滅的に銃のセンスまでないんだな……あの子供に当たったのは、正直奇跡だ……)

 その辺に銃を放り投げながら、アイヴァンは息をついた。物言わぬ死体と化したオーエンを一瞥し、またため息をつく。

(ボクが人を殺すのは、これきりがいいなあ。人殺し稼業はたたんで、もっと有益なことがしたい。どうせ、ギンズバーグファミリーはおしまいだ。魔術師にも教会にも睨まれちゃってるわけだし)

 ぶつくさ胸の内で呟きつつ、先ほどあの魔術師たちが飛び出して行った窓を見やり、アイヴァンはまた気が重くなる。

(逃げちゃ……ダメなんだろうなあ。あの人、あとでものすごく怒ってきそうだ。と、言っても、追いかけても怒ってきそうだし……ああいうの、理不尽って言うんだよね……)

 肩を落としつつ、アイヴァンは駆け足であの魔術師たちの後を追った。

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