その4


『どういう意味です?』

富田はいささか気色ばんだように眉を吊り上げた。

 俺は何も言わず、もう一度ポケットに手を入れ、三枚の写真を取り出して、作業台の上に置いた。

『私は探偵です。こう見えてもあちこちに情報網がありましてね。こいつはさる写真週刊誌の記者から手に入れたんです。彼女が幾ら有名人だといっても、タレントや女優ほどではないですからね。向こうにちょっと”鼻の薬”を嗅がしたら、あっさり寄越してくれましたよ』

 写真を見終わった彼は、つばを飲み込み、写真をしまうと、俺から目を逸らした。

 そこに写っていたのは男女が一組・・・・不鮮明だが、闇夜にホテル(勿論ただのホテルじゃない。)に肩を抱き合って入って行く姿が写っていた。

『この男性は富田さん、貴方ですね?女性は沖田百合子さん。』

 否定するかと思ったが、富田は苦い顔をしながらも意外とあっさりそうだと認めた。

『でも誓っていいますが、誘ったのは僕じゃありません。先生の方からです』

 百合子の夫は出張が多く、それにもう何年もセックスレスの状態が続いていた。そんな理由もあって、男女の関係になってしまったのだそうだ。

『でも』

 彼は少しだけ間を置き、そして言葉を続けた。

『僕は・・・・段々嫌になって来たんです』

 彼女は彼をまるで自分の奴隷のように扱うようになっていった。

 金を出してくれ、洋服も、ヘアスタイルも全て百合子の好みに統一され、挙句は

 彼の才能まで自分のものにしようとした。

『それで独立をしたんですな』

 また頷いた。

『僕だってこう見えても男です。いつまでも若い燕でいたくはありません』

 別れを切り出した時、彼女は怒り狂った。

”これまで貴方に与えて上げたのは誰だと思ってるの?”

 挙句は、

”私に逆らったら、どうなるか分かっているでしょうね?”

 とまで言われた。

 それでも彼女の元から逃げ出し、独立する途を選んだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

『すみません。もうこれ以上話すことはありません。悪いけど帰ってくれませんか?』

 彼は俺から目を逸らし、小さな声で呟くように告げると、額のルーペを下ろし、作業に取り掛かった。

『分かりました。じゃあ今日はこれで退散するとします。その前にちょっと電話を拝借できますか?』

 携帯電話ばやりのご時世だというのに、この部屋には固定電話が置いてあった。

 彼は苦い顔をしてどうぞという。

 俺は彼に背中を向け、電話機そのものを持ち上げ、本体の裏側に”あるもの”を

貼り付けた。

 ダイヤルをプッシュし、話すふりをしながら、急いで用事を済ませ、受話器を置いた。

『用事は済みました。今日はこれで退散します。ああ、その前に一度沖田百合子さんのところに寄るかもしれません。』

 用もないのにそれだけ言って、10円玉を一枚作業台の隅に置く。

『お金はいりません。用件がお済みなら、もう帰ってくれませんか。こっちも忙しいのでね』

 富田はいらついた口調でそういい、俺に背を向けて作業に没頭した。

 俺はもう一度礼を言ったが、彼は何も答えようとはしなかったので、そのまま辞去した。


 当り前だが、このまま帰る気なんか毛頭ない。

 どうせ諸君らも、それを期待しているんだろう?

 たまには俺も、名探偵の端くれでも気取ってみなきゃな。

 

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