魔術問答

 将斗に課せられた訓練の内容だけを考えれば、わざわざ会社隣の業務委託案内所の一室を使って訓練をするほどでもないように思えるのは自然なことであろう。口に出すことはしなくとも、ただ手の中に収まる石に対して魔力を程よく与える操作に十数人も入れそうな場所は不要である。


 ついさっきまではそう思っていた。将斗は突然の出来事に茫然自失としていた。


 何が起きたかと言えば、石が爆発したのである。


 訓練そのものは順調で、何となく石の振動を変化できるようになってきていた。魔力を制御する感覚もつかめてきた。弱めて――強めて――弱めて――を繰り返している内に午前中の出来事が脳裏をよぎった。


 顔の見えない商会の誰かが仕込んだ未知のソースコード。数字を外に漏らすということはどういうことを表すのか。決してセキュリティとか安全性を専門としているわけではないが、何をしようとしているのかは想像がつく。


 数字。連想するものは金。何かしらの方法でかき集めた数字を外に持ち出す。競合に情報を提供しようとしているのか、数字を金額として処理してしまうつもりなのか。日本でもたしか、端数をかき集めて横領したなんて事件があったか。


 あれはどの企業で起きたものか、なんて考えてしまったのが運の尽きだった。


「一体急にどうしたのだ? ずっと調子よさそうではなかったか」


「すみません、ちょっと気がかりなことがあって、ですが仕事の話なので」


「仕事で気がかりなことでもあったというか。なに、せっかくだから我に話してみてはどうだ」


「いや、機密情報もあるので部外者の霜帝様に話せる内容ではないです」


「機密ねえ。まあともかく、ここで話してもばれはしまい」


「それでもだめです。どこで誰が聞いているか分かりませんから」


「律儀な男だ。まあ、だからこそこの仕事ができるというところか」


 霜帝メジリウスが短い腕を組んで砕け散った石を見下ろしている。表情はよく見えなかった。表情が見えないからこそ、将斗から見える横顔には想像を掻き立てられる。破片を見る目が見ている先は何なのだろうか。石の成れの果てに考えを巡らせているのか。『帝』の名が示すように、破片の向こう側を見ているのか。


 おもむろに腕組を解くなり将斗に振り返って見せるその表情には影が感じられる。聖人に限った話ではなかった、霜帝だって考え込んでいる様子ではないか。


「将斗は魔法をどう捉えている」


「唐突にどうしたのですか」


「あまり理解していないことを承知で尋ねている。こっちに来てから感じたことでよい、どう感じている?」


「どう、と言われましても。むしろ違和感があまりなくてむしろびっくりしているというか。当たり前のように端末が使えていますし、それでシステムを組もうという考えがあるのですから」


「将斗の世界にも魔法に代わるものがあったか」


「そうですね、電気というものがあります」


「それを悪用する者はいたのか」


「いなかったことはないと思いますが。そもそも、電気は個人で大量に作るなんて難しいですよ。それなりの設備を準備しないと作れません。作れたとしても一瞬でなくなってしまう程度ですから実用できません」


「個人では使うことができない、それは不便そうだ。そうしたら電気とやらを作るところに富が集まりそうなものだが」


「電気がないと何もできませんから。無茶な価格設定にできないように料金の計算方法は法律で決まっていますし」


「計算方法の穴をくぐるような方法はいくらでもあるのだろう」


「俺も電気会社の人間ではないので詳しいことは分かりません」


「どこも考えることは一緒かもしれないか」


 霜帝は体の正面に向けて手のひらを持ち上げた。地面に散らばる破片がたちまち震え始めて、かと思えば浮き上がった。少しばかりの間中を漂ったかと思えば残像を残すほどの速さで掲げられた手に集まってゆくではないか。音もない。地上から手に向けて光る、逆さ流れ星。


「ほう、おかしなことも起きるものだな」


「どうしたのですか」


「まあ、持ってみろ」


 掲げていた手のひらを滑らせて将斗の正面に持ってくる。手にはついさっき爆発した石が乗っていた。見たところ変化らしい変化はない。しかし手に取ってみればまるで違った。腕に感じる重みがはっきりと異なるのだ。倍以上に重くなっているのではないか。少なくとも、ちょっとした小石ぐらいの大きさなのにダンベルを持たされているかのようだった。


「重たくなっていません?」


「よっぽど将斗の魔力が馴染みやすいのであろう。砕けたと同時に魔力を吸い取ってしまいおった。これは中々愉快なこと」


「吸い取る、そんなことがあるんですか」


「我とてはじめて見たわ。現象としては知っていたが、こんなことになるとは。石がぶくぶく太ってしまうとはおもしろい」


 にしては霜帝の顔は笑っていない。とくに眼差しは厳しいままである。


「今日の霜帝様、何かおかしいですよね。何かあったんですか?」


「自分は秘密だから教えられないと言いながら我には聞き出そうとするか」


「すみません、何かを聞くつもりはないです。ただ、あったかなかったかだけ。ずっと顔に影が差しているように見えたので」


「意地悪なことを言ったな。ああ、確かに懸念していることがある。ちょっとした問題があってだな。中々に判断が難しい」


「魔法に関連した問題なのですか」


「ある意味では関係していると言えるが、ある意味では関係ないとも言える……随分とぐいぐいくるな。訓練に集中しろ」


「すみません、つい気になってしまって」


「まあよい、いつかは露見するだろうに。北方の領で不穏な動きがあってな。そのつもりはないが、あの方の人間からは守護者として見られているゆえ、どこかで手を出さざるを得なくなるかもしれないと思うとな」


「その……それは国が対処することではないのですか。霜帝様が出るようなことですか」


「当然だ。手を出すのは最後の手段。だが時間の問題と考えている」


「まだこっちに来て一ヶ月も経っていないんですよ。そんな話を聞いてしまっていいのですか。自分から聞き出したようなものなのであれですが」


「まあ、よいのではないか? どうせいつかは耳に入るだろう。その時になったら、『そんなこともあったな』と思い出す程度で」


「そんなこと、程度ですめばいいんでしょうが」


 霜帝は一つ拍を打った。拍といっても皮膚が擦れあう程度のかすかな音、気に入らなかったのか彼はもう一度手を打った。今度は鋭く音が広がった。


「延々と話すのもよいが、そろそろ訓練に戻らないか? 将斗の魔力を吸い込んだその石、どのような反応を起こすのか気になるところでもあるからな」


 思えばすっかり気が抜けていた。ずっと立ち続けていたからか、足のかかとに鈍い違和感が響いていた。基本的に座って仕事をしている人間にとっては、まとまった時間立ち続けるというのは厳しいものがある。


 数秒だけかかとを上げて。


 下ろして石と向き合う。


 将斗は手元の重みを改めて噛み締めつつ、魔力に対するイメージを膨らませてゆく。微弱な振動を想定していたのが、ところがどっこい、手の中で暴れまわっているではないか。手を広げたまま力を込めたものだから危うく落ちてしまいそうになり、慌てて石を握りしめる。


 うんと魔力を絞ってようやく将斗が期待していた強度に落ち着くが、体感としてはほとんど魔力を流していない状態だった。かつてないほど細い力の込め方はむしろ体に力が入ってしまう。ほんのわずかでも気を抜けば暴発してしまいそうだった。


 それこそ周りが見えなくなるほどの集中を求められるのだ。


 そんなとき、外から刺激が加えられたらどうなるか。


「すまないが将斗、緊急の打ち合わせだ。霜帝も同席してください」


 突然のエレノーラの声にタガが外れた将斗の魔力。爆発こそしなかったが、腕を揺さぶるほどの振動に腕がもげてしまいそうになった。

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