第十話(二)
受験が終わってほっと息をついたところで、詩織は体調を崩した。限界寸前まですり減っていた心身が、緊張から解放されたことで一気に悲鳴をあげたのだ。身体が起こせなくなるほどの疲弊っぷりで、インフルエンザにもかかった。
骨折にインフルエンザと災難もここまでくると、いっそ笑い飛ばしたくなるほどだった。
受験が終わったいま、大鷄島文学賞に心置きなく取りかかることができるというのに、一日でも早く取りかからないといけないのに、身体がいうことをきかない。
大鷄島文学賞は、地方文学賞としては大型の作品を募集している。五十枚以上八十枚以下。三月末の締め切りまでおおよそひと月半で、最低五十枚は書かなければならない。右手が使えない状況を考えると、かなり厳しい。
体調が回復するまでの間、詩織はひたすら読書に努めた。小説を書く人間にとって、読書は書くことと同じぐらい大事な訓練である。身体がいうことをきかないのなら、いまの自分にできることに専念するしかない。
自分を奮起させるためか、それともさらに追い詰めるためか、貞治の手紙を一日一回は読むことで、ギリギリの気持ちを繋ぎ続けた。
どうにかならないものかと思うぐらい苦しい日々が続く中で、二月の中旬に、詩織の心を再び熱く燃え上がらせる出来事があった。
詩織に初めてプロの世界の厳しさを教えた天才若手作家――白峰言葉が、国内で最も権威のある楠木文学賞を受賞したのだ。
第一五〇回楠木文学賞受賞作 白昼夢が呼んでいる 白峰言葉
インフルエンザは完全には治っていなかったが、白峰言葉が楠木賞を受賞した、このビッグニュースに寝ていられるはずもなく、詩織はマスク着用を条件に、受賞会見の視聴を許された。
主役が現れるのをいまかいまかと、テレビの前で正座をしながら待っていると、「ちょっと」と母親に背中を突かれた。
「もう少しテレビから離れてよ。お母さん達、見えないじゃないの」
両親も大鷄島市から新たなヒーローが誕生する瞬間を、テレビの前で待ち焦がれていた。
午後八時。主役は時間通りに現れた。
フラッシュが一斉に焚かれた。それは目が眩むほどの光の嵐で、嵐が過ぎ去ったあと、目が慣れるまでにいくらか時間がかかった。
光の中から現れた主役も、「眩しいですね」と目をパチクリさせていた。
昨年のワークショップのときと違って、髪を短く整え、赤のネクタイもビシッと決まっている。
「白のタキシードだなんて気障な作家さんね。……でも、ちょっとカッコいいかも」
「……この人、写真ではもうちょっとかげがなかったか?」
「白峰先生はこういう人なの」
両親にそう言って、詩織はくくっと笑った。(また著者近影詐欺だ)
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