第14話 ノッポさん

 体育館に入ると、熱気が襲ってきた。柿沼川が氾濫する危険があり、昨日の夜から多くの人が避難してきている。100人近くはいるはずだ。段ボールや毛布などを敷いて横になったり、おしゃべりなどをしている。


 暑さや不安などからか、疲労感は見られるが、息詰まるほどの切迫感は伝わってこない。何度かこのような経験があるのかもしれない。隅のほうで遊ぶ子供たちには笑顔も見られる。


 これから、どうやって伝えるべきか。


 ふと、20代中盤くらいの男の人が目に止まった。消防隊だろうか。それらしき制服と帽子姿で段ボールを手に、周りに目を配りながら話しかけたりしている。

 生徒から人気がある英語のノッポ(背が高いのでそう呼んでいる)先生とどこか似た雰囲気がある。


「とりあえず、あの人に話してみるか」


 美和に声をかけ、近づいていってみると、すらりと背が高く、まさにノッポさんだ。


「あのう、すみません」


 突然声をかけても、嫌な顔せず、「何かな?」と笑顔を向けてくれた。


「ちょと、聞いてもらいたいことがあるのですが」


 そう言った瞬間、体が小さく押された。

 美和が肘で押してきたようだ。顔で何やら言ってきているが、何を言いたいのかさっぱり分からない。

 もういいっ、とばかりに肘で強めに押され、美和が自ら口を開いた。


「ここでは、ちょっとあれなんで」


 ノッポさんは周りへと視線を走らせ、「ああ、そうか。じゃあ、向こうで」と歩きだした。

 美和がついていく。慌てて僕も続いた。腰を下ろす人たちがチラチラと視線を向けてくる。


 そういうことか――確かにこんなところで話せる内容じゃない。




 体育館から玄関ホールにでたところで、ノッポさんが呼び止められた。

 ノッポさんは、「ちょっと、ごめんね」と言って、中年女性とともにホールの端のほうに向かっている。

 そこには段ボールが積まれている。何か物資が入っているのだろうか、確認でもしているようだ。


 周りを見渡していると、壁にある写真が目に止まった。額に入った写真が4枚飾られている。

 部活で入賞した時の集合写真のようで、ユニフォーム姿で、首にはメダルがある。それらを眺めていると――あれ?


 体育館の中をぼんやり見つめる美和へと声をかけ、集合写真の真ん中で賞状を手に胡坐をかく選手を指し示した。


「あっ!」


 美和も一発で気付いたようだ。今よりはずいぶん細いが、がっしりとした体に短髪。いかつい顔はそのままだ。


「どうかしたか?」


 声がしたほうへと顔を向けると、ノッポさんが戻ってきている。僕らが見ているものに目を向け、


「おう、おう。写真なんて飾ってあったんだ」


 飾ってあることが相当嬉しいようで、写真について語り始めた。


 どうやら、ノッポさんがバレー部の時のものらしい。こんな田舎で部員も少ない中学校が、県大会で3位になったという。自慢しているというより、懐かしんでいるといった感じだ。


 話しが途切れたところで、写真を指差しながら、


「あの、この人って?」

「おう。ゴリか」

「ゴリ?」


 思わず、声が漏れていた。


「とても中学生には見えないだろ。本名は、オオハラヒロミ、って言うんだけど、この顔でヒロミはないだろ。筋トレ馬鹿だから、胸板なんかアホみたいに厚いし、どうみてもゴリラ。だから、ゴリってわけだよ」


 やっぱり、ゴリさんは昔からゴリさんなんだ。なんか嬉しくなる。


「ゴリラのゴリさんか」


 美和がちょっと嬉しげに呟いた。


「もしかして君たちって、ゴリの知り合い?」

「知り合いってほどでもないですが――」


 美和が、タクシーに乗せてきてもらったことを話し始めた。


「そうか。それは大変だったね」何度か頷いたノッポさんが、突然、クスッと鼻で笑った。すぐに笑ったことを謝りながら、「いやねっ。あいつ、校門までは来たのに、いまだに学校には入れなかったんだと思ってね」

「なんかあったんですか」


 美和が聞き返すと、


「まあ、ちょと、顧問だった先生とね」


 ノッポさんが意味ありげにほほ笑んだ。

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