第26話

 こんな偶然があるなんて。

 僕と同じ顔の日向大地といい、この学校に来てから驚くことが続いている。


「授業を始めよう。危なかったな……今が国語の時間で、三上に朗読させてたら黄色い声が飛びかってるところだった」


 冗談か皮肉かわからない先生の発言に男子生徒の笑い声が重なった。

 黒板をなぞるチョークの音を聞き見える日向のうしろ姿。三上を気にしてるように見えるけど気のせいか? そういえばさっきの反応……三上屋のことで驚いたように見えた。何度も来夢に行ってるみたいだし、隣にある三上屋を知らないはずはないのに。


 ——知りたい?


「……え?」


 三上の声が聞こえた気がした。僕のすぐそばで話しているように。三上は席にいて授業に集中してる、そんなことがあるはずが。


 ——知りたいなら教えてあげるよ。


「……っ」


 聞き違いじゃないのか?

 どういうことだ? 聞き違いじゃないなら三上はどうやって話しかけてきた。授業中、席についたままで。

 

 超能力、テレパシー。


 三上は何かの力を持って……なんて、どうかしてるな僕は。

 そんな非科学的なことあるはずがない。現実は現実でしかないんだ。神様や天使にでも出会わない限り、現実から離れたことなんて起こりはしないんだから。


 そうだよね、悠太さん。

 ショコラ……シフォン。







 ***


 何処だろうここは。

 金色に包まれた世界。

 知らない町並みと僕を包む風。

 金色の空は温かく僕を照らす。なのに悠太さんがいないだけで、ひとりでいることがこんなに怖いなんて。



「……っ。……うっ」


 泣き声が聞こえる。

 誰か……女の子の声だ。


 見えてきたのはしゃがみ込んで泣いてる女の子だ。両手で顔を覆い泣いているツインテールの。


「ねぇ君、なんで僕達と同じことが出来ないの?」


 男の子の声が響き見えだした何人かの人影。

 みんな子供だ。

 女の子を囲い浴びせるのは……傷つけるだけの。


「君、魔法使いだろ?」


 ……魔法?

 なんの話だ?


「魔法が使えない魔法使いなんて、この世界にはいらないんだ‼︎ そうだよね、みんな」


 みんなの賛同を呼ぶ言い方……これって。


「君達、何をしているんだ」


 凛とした声に子供達はびくりと反応する。

 子供達が女の子から離れ見えだした若い男。金色の空の下、銀色の長い髪が艶やかに輝いている。


「やっと見つけた。お母様が君を探していたよ。……君のことをお母様に相談されてね、話してみようと僕も探してたんだ。大丈夫だよ、君は君らしくしてるだけでいいんだから。……はじめまして、ココ」







 ***


「二ャア〜」


 ショコラが鳴いてる。

 白い天井と僕を見てる緑色の目。


「おはようショコラ。今日もお前が起こしてくれた……って言ってあげたいけど、夢に起こされた。夢なんてめったに見ないのに」


 ショコラは首をかしげる。僕が話すことをわかろうとしてくれてるのかな。

 シフォンってば今日もドアの前に座ってる。


「おいでシフォン。ふさふさの毛、いっぱい撫でてあげるから」


 ピクリと耳を動かし、シフォンが近付いてくる。ベッドから跳ね降りるなり、シフォンとじゃれだしたショコラ。


「ショコラってば、シフォンをひとりじめしたいのか?」

「ニャ〜」


 答えるようにショコラは鳴いた。


 妙な夢だった。

 金色の空と泣いていた女の子。それに男の子の三上にそっくりなあの口調。


「……魔法か」


 どうしてあんな夢を見たんだろう。

 希望に繋がるはずの魔法。なのに夢とはいえ、魔法のことで女の子が泣かされてたなんて。それに夢の中感じたひとりだけの怖さ。


「お前達、僕がいることで安心出来てるのかな。僕は弱くて……頼りないけど、それでも」

「「ニャ〜ッ‼︎」」


 ショコラとシフォンが一緒に鳴いた。







 ***


「魔法使いの夢か、僕は見たことないな」


 悠太さんは運転席で首をかしげるような仕草を見せた。


「僕が見るのはそうだな、動物や仕事のこと」

「悠太さんってば、夢の中でも働いてるの?」

「夢は選べないからな。こんな夢が見たいって、思って寝ても見れないだろ?」


 公園までもうすぐだ。

 車から降りて、家の前に立つ佐野と学校に向かう。


 僕はひとりになったことがない。

 今は悠太さんと一緒にいて、屋敷にはいつも誰かがいる。転校前の学校でも今の学校でも、僕のそばには必ず誰かがいた。

 だからわからなかった。

 ひとり責められ、傷つけられる怖さが。


 ——僕も……わからなかった。


 三上の声だ。

 なんで……こんな所にまで。


 ——君を怖がらせるつもりはないよ。僕はきっかけを作りたかったんだ、泣かせちゃった女の子に謝りたくて。結城君、夢を見たよね? 僕が見せた……僕の記憶を。


「記憶?」

「翼君? どうしたんだ?」

「なっなんでもないよ、その……暗記」


 ——僕はがんばってきたんだ、家族と一緒に。謝って友達になれたらいいなって思ってる。だけど怖いんだよ、傷つけたことを考えたら。僕達が会いにいくことで、また泣かせちゃうんじゃないかって。僕も家族も……謝るために、この世界にやって来たのに。


 謝るって泣いてた女の子にか?

 そのための準備って何だ? それに……やって来たって何処から?

 きっかけを作るって?


「翼君? 着いたよ、翼君」

「あっ、うん」

「大丈夫か? 顔色がよくないな、学校休んだほうが」

「平気だよ。佐野が……ううん、ちゃんと行けるよ」


 このまま屋敷に帰ったら、何も知らない佐野は僕を待って遅刻しかねない。

 それに三上和也。

 僕に聞こえる声が、本当に彼のものなら確かめなきゃいけない。僕に見せた夢の意味を、謝りたいのは誰なのかを。


「心配かけてごめん。……悠太さん、昨日のおにぎり美味しかったよ。びっくりしたよ梅干し、ひとくち食べて固まっちゃった。しょっぱいんだね」


 笑いだした悠太さん。梅干しを食べた僕の反応が予想どおりだったのかな。


「でも楽しい昼休みだった。大丈夫? って心配されたり、口直しにってウインナーもらったり。そうだ、ウインナータコの形に切ってあって……僕は間違ってなかったって思った。楽しくて……楽しくて……今の学校を選んでよかったって」


 銀縁眼鏡を外し、悠太さんは微笑む。

 そういえば夢で見た若い男、髪の色銀色だったな。悠太さんの眼鏡と同じ銀色、この世界にはいろんな偶然がある。


「僕は自由なんだね。それに、誰かを喜ばせたり力になれたり。なんでも出来る気がする」

「出来るよ。翼君はなんでも……ね」

「うん、行ってきます。悠太さん」

「行ってらっしゃい」


 思いきり車のドアを開けた。

 佐野が僕を待ってる。



 新しい1日が始まった。

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