第21話

 金色の空の下、足を踏み入れた黄金の樹海。

 眠り続けるカレン。

 カレンを包み守るは、どれだけの鮮やかさで彼女を照らしているだろう。

 彼女の命を閉じ込める種の中、目覚めを待つ彼女が見続ける夢と共に。


 虹色の光と種。


 それはモカが見せたひとつの魔法だ。

 産声を上げる前。

 彼女の体の中で……彼女を守るために。





 モカの産声が響く中、僕はイオン達と扉が開くのを待ち続けた。

 知らされるのはカレンの死かそれとも……


「————」


 沈黙を破ったのはナミの歌声だった。

 聞き覚えのある響き。僕がヨキに連れられ、黄金の樹海を訪れた時カレンが歌っていたものだ。僕が見ていることに気づきナミは言った。


「カレン様が子供の頃私が教えたものです。一緒に歌ったことが何度か。いつかまた、歌える時があるかしら。その時は……子供と一緒に」


 気にかけ見守りながら、ナミはカレンの成長をどれだけ楽しみにしていたのか。


 扉が開く音に重なり響く室内からのざわめき。


「ナミ様、大変です‼︎ カレン様が……あの」


 飛び出してきた少女の顔に浮かぶ戸惑い。


「どうしたの? カレン様は」

「とにかく来てください。体が……その、消えてしまって」


 ナミと顔を見合わせた。

 何が起きたというのか。

 体が消えるなんて、そんなことあるはずが。


「どういうことでしょう、ナミさん」

「わかりません。過去に……こんなことは」


 ナミの部屋で見た揃えられた書類。それは過去に、神と呼ばれ生きた変異体に関する資料だった。

 カレンの妊娠を知ったナミは調べてくれたんだ。彼女達がどんな最後を迎えてきたのか、過去に似たようなことが起きていなかったかを。厳しい監視の中起こるはずもなく、それが僕への怒りになったのだが。


「とにかく行きましょう。何をしているの、あなたはカレン様の夫なのですよ」


 ナミの声が僕を震わせた。

 僕とカレンは家族になったんだ。夫として、父親としてしっかりしなければ……と。


「君達はここで待っていなさい。大丈夫、もうすぐ可愛い赤ちゃんにも会えますからね」


 イオン達を見て微笑んだナミ。





 閉められた扉と室内を包むざわめき。

 泣き声を上げるモカと、カレンがいるはずの……


「……これは?」


 ベッドの上、見えたのは信じ難いものだった。

 カレンが纏っていた白い衣。その中にある薄青色の砂。


 カレンと出会い、紡いできた繋がりの中。

 僕を見た薄青色の目。

 恥じらうように僕の名を呼んだ唇。

 闇の中触れた柔らかな肌。

 それらがすべて夢のように思えた。


 僕のカレンは……どこにいる?


「こんなことがあるのかしら。体が……砂になるなんてこと」


 ナミの声は震えていた。


「……カレン」


 呟いた直後見つけたもの。

 胸を思わせる砂の膨らみ。その上で薄青色の石がキラキラと輝いていた。

 恐る恐る手を伸ばし、石に触れた瞬間とき聞こえたもの。それは幼い子供の声だった。



 ——お母さん。

 ボクの……お母さん。

 ボクに命をありがとう。

 いっぱい話しかけてくれてありがとう。

 お母さんのお腹の中はあったかくて、お母さんの優しさをいっぱい教えてくれた。


 お母さん。

 ボクのお母さん。


 助けてあげるよ。

 ボクが助けてあげる。

 お母さんの声を聞きながら魔法をかけたんだ。


 お母さんが元気な体になって帰ってくるように。

 幸せな夢をいっぱい……いっぱい見れるように。


 お母さん。

 ボクのお母さん。


 会えた時はいっぱい笑ってね。

 会えた時はいっぱい話そうね。


 お母さん。

 お母さん。


 ボクのお母さん。



 お母さんのために……ボクはがんばるからね。



「……モカ」


 呟いた直後、室内を包んだ光。

 赤と青……虹を思わせるいくつもの色。

 誰もが驚き、ざわめく中。

 光は砂を包み隠し、1粒の大きな種になった。


「モカ……お前が」


 僕の手の上で輝く石。

 握りしめて見えたのは、虹色の光の中で眠る……カレン。



 ——お母さんのお腹の中で見たお花。

 可愛い女の子がいっぱい見せてくれたもの。


 お母さん。

 ボクのお母さん。


 お母さんのお腹の中で、ボクは世界を照らす色を知ったよ。キラキラと輝いた……優しい光。


 お母さん。

 ボクのお母さん。


 一緒に作っていこうね。

 優しい世界を。


 一緒に見ていこうね。

 眩しくて温かい……ボク達を照らす光を。


 お母さん。

 ボクのお母さん。


 ずっとずっと……大好きなお母さん。



「モカですよ、ナミさん」

「は?」

「モカがカレンを助けてくれたんです。体が砂になったこともこの種も、モカ……僕達の子供がかけた魔法です。カレンが目を覚ます時には、僕達と同じに……強い体で」

「……そう」


 ナミは室内を見回し微笑んだ。

 驚き戸惑う者達と、小さなベッドの上のモカ。

 僕は心の中でモカに語った。


 ——君は最高に優しい魔法使い。

 僕とカレンの、自慢の子供だよ。


「カレン様が目覚める時、閉ざされたこの世界は変わっていくかもしれないわ。私はずっと疑問に思っていた。命を守る方法は、閉じ込めることではないのに何故……と。信じていいのかしら。いつかは誰もが、同じ世界で自由を」

「僕はそう信じます。……この世界が優しいものに包まれ、悲しい存在ものが消えていくことを。僕は信じ……願い続けます」





 種と石はナミの部屋にある。

 ナミに見守られながら眠り続けるカレン。モカがかけた魔法の中、僕達の日々を夢に見てるだろうか。

 カレンが目を覚ましたら石を削って指輪を作ろう。人間界にある結婚指輪というものを。


 風に流れる花の匂いと見え始めた大きな木。

 白い花を咲かせる木の下でカレンと出会った。

 見えない所には今も見張り達がいるのだろう。

カレンが眠る現在いま

おそらくは、あとを継ぐとされる子が神として担ぎ出されている。


「遅かったなミント。まったく、年寄りを待たせおって」


 懐かしい声に足を止めた。

 僕を1番の魔法使いと呼び決めた者。


 木の下に立っているのはヨキだけじゃなかった。


 ナミともうひとり。

 白い衣を纏う見知らぬ少女。




 カレンのあとに、望まぬ立場を強いられた……

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