第17話

 僕が話すことの中で、カレンが興味を持ったのは人間界のことだった。この時の僕は人間界に行ったことはなく、聞いていた話の範囲でしか語れなかったが。


「僕が見たいのは夜明けというものです。夜という暗い闇が消えていく。そのあとにあるのは、朝と昼という明るい時の流れ」

「世界の色が変わるのですか? ……本当に?」


 何も知らないカレンは純粋な子供そのものだった。

 笑顔を見せないまでも、僕が話すことに耳を傾け表情を変える。


「闇の中でも、花は……花びらは見えるのですか?」

「闇を照らすものがあるんです。電気や明かりと呼ばれるもの。それに月や星という小さな光。あなたが見えなくなっても、探し見つけることが出来る」

「私を……見つけてくれるのですか」


 人間界のことを話す時、カレンは顔を上げ空を仰いだ。見えないものを探し見つけようとするように。

 カレンをここから連れだせるなら。

 何度もそう考えた。

 だが潜み隠れている見張り達。

 ヨキに連れられ、訪ねた時は気づきもしなかったが、彼らがいる限りカレンが外に出ることは叶わない。

 いつか……長い眠りから、目を覚ましたとしても。





 町の中、足を止めて空を見上げる。

 モカが笑い、仲間達がいる自由の中。カレンが目覚め、共に空を見上げるのはいつだろう。

 そばにある願いは限りなく遠い。

 ここにある空と、カレンが眠る場所にある空は同じ色だというのに。


 人間界の色を変える空……見上げた君は子供のように笑うだろうか。


 僕に出来るのは、その時が来るのを待ち続けること。

 支えてくれる仲間達と共に。





 カレンに大きな変化を与えたのは仲間達との出会い。

 そのきっかけになったのはイオンだ。

 仲間達に話したカレンに会っていること。隠すことはないと思ったものの、返ってきたのは予想外の反応だった。


「ミント様。それって、言っちゃだめな冗談だよ」


 イオンの大声にうなづいた仲間達。

 神のような存在に会えるはずがない。そう思われるのはわかっていたものの、まさか冗談とまで言われるとは。ズリ落ちた眼鏡をかけ直したピケといい、みんな揃いも揃って。


「冗談なんて言ってませんよ。誰か人間界に行って、カメラを借りてきてください。なんなら写真を撮って」

「黄金のなんとかって言ったよね? 人間界に行かなくても、みんなを連れてってくれればいいだけなのに」

「はい?」

「だからさ、ミント様の案内で会いに行くんだよ。カレン様に」


 イオンの提案に続くざわめき。

 立場にこだわらず接してくれる仲間達。イオンは僕の背中を押してくれる存在だが、その片鱗へんりんはこの時から現れていた。


「あのですねイオン、僕が会えたのは長老の口添えで」

「今度はミント様の番‼︎ ミント様の口添えで僕達が会いに行くんだよ。証拠を準備するより簡単じゃないか」


 簡単なものだとは思えなかった。

 神と崇める者のために作られた場所。そこに住人達を連れて行くことが許されるのか。世界を統べる者……僕の立場は、望みもせずに与えられたまやかしだと言うのに。

 イオンの発言は場の空気を一変させた。僕の案内でカレンに会いにいく。膨らんでいくみんなの期待を前に、残された選択はひとつだけだった。


「その……見張りもいますし、いきなり連れて行く訳にも。了承を得たらでいいですね?」

「何がなんでももらってきて。まぁ、証拠を準備するより難しいかな? 上手くいくよう願ってるよ、仲間だからさ」


 まったくイオンときたら。あの時は間違いなく僕を面白がっていた。だがイオンの提案がカレンを変えるきっかけになり今の僕がいる。仲間達と育てていく来夢、来客と紡いでいくいくつもの繋がり。


 とはいえ、カレンに提案を持ちかけた時は緊張でいっぱいだった。断られるんじゃないかと思っていたから。


「来客……ここに?」


 黙り込むカレンの横で、僕が考えていたのはイオンへの言い訳だった。許可が降りるはずもない。カレンと会えるのは大きな木の下……それも、見えない所から見張られている状況だ。屋敷に入れてもらえないのに来客を呼ぶなんて。


「どのような方々を」

「僕の仲間です、友達のように接してくれる。ひがみや妬み……それらを忘れさせてくれるような」

「仲間……友達。あなたは恵まれているのですね」


 カレンは僕から離れ、咲き乱れる花へと手を伸ばした。

 しなやかなうしろ姿と風になびく髪。カレンを包んだのは憂いなのか寂しさなのか。


「すみません、その……自慢とかじゃなくて」


 息を吸い込み空を見上げる。

 同じ空の下、いい知らせを待つ仲間達がいる。


「僕を支えてくれるんです。僕はひとりじゃ何も出来ない。長老に言われるまま引き受けたこと、続けていられるのはみんながいるから」

「本当に……あなたは恵まれています。私のそばにいるのは世話をする者達。指示されるまま動いているだけの」

「違いますっ‼︎ あなたには……今は……ここに、僕が」


 震えた声と振り向いたカレン。

 薄青色の目に滲んだ動揺と、微かな赤みを帯びた白い肌。


「すいません、馬鹿なことを言って。その……僕の仲間達は、あなたに会いたいと願っています。自信を持って言えるんです。仲間達はあなたを……あなたとして見るだけだと。……だからここに」

「私として? あなたは? ……あなたは私を」

「見ています、僕のそばにいるあなたを。僕を見てくれるなら……僕は」



 カレンの顔が赤みを帯びていく。

 美しい顔に浮かんだ笑み。


「信じていいのですね? 私は……あなたを」

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