第10話

 モカのために始めた洋菓子店。

 来夢っていう名前にも意味があるのかな。やって来る夢……来てほしい夢、ミントに叶えたい夢があるとしたら。

 1番はモカが笑ったり喋ってくれることだろうけど。

 モカは僕といてもずっと黙ってる。僕がやることを見てて、話すこともちゃんと聞いてるのに。部屋から出す時は黒うさぎの姿。この頃は母さんに抱っこされると、安心したように眠ってしまう。


「あのさ、ココは知ってるの? モカが喋らない理由わけを」

「それには触れないであげて。ミント様を傷つけないためにも。……そうだ」


 僕から離れ店の入り口へ駆け出したココ。ドアが閉められ鍵をかけた音が聞こえる。なんでお店を閉めたんだろう。


「1時間でいいかな? 大地君」

「何が?」

「魔法の世界のこと。私でよければ、話せるだけのこと教えてあげる」


 僕と話すために店を閉めるなんて……いいのかな。お客さんに迷惑かけちゃうし、ミントが知ったらどう思うだろう。

 だけど気になってることはいっぱいあるんだ。

 ミントってば、魔法の世界で何をしてるのかな。


「ちょっと待ってて、お茶を淹れてくるから。大地君、ハーブティー飲んだことある?」

「ううん、美味しいの? ハーブティーって」

「もちろん。なんたって私が淹れるんだから」


 ココがいなくなって僕だけになった店の中。

 驚いたな、ミントがいないだけでこんなに静かなんだ。

 甘い匂いと陳列棚に並ぶ可愛らしいケーキやお菓子。モカのためにって閃いた時、ミントはどんな気持ちだったのかな。嬉しさと楽しさでワクワクした気持ち。想像した喋るモカにドキドキして……ミントも、イマドキの魔法にかかってるのかな。




「お待たせ〜。熱いから気をつけてね」


 トレイに乗った真っ白なティーカップ。

 すごくいい匂いだけど1個しかないな。


「ココは飲まないの?」

「私は仕事中だもの。どうぞ、大地君」

「うん、ありがとう」


 初めて飲むハーブティー。僕が飲みやすいようにミルクを入れてくれたのかな。ほんのり甘くて口当たりがいい。


「ミント様はね、大地君。魔法の世界で1番の魔法使いと呼ばれているの」

「ほんとに? そうは見えないけどな」

「ふふっ。人間界でも言うでしょ? 能ある鷹はナントカって」


 ココの顔に笑みがこぼれる。

 いつもは遊んでるミントに呆れ、ツッコミを入れる女の子なのに意外だな。


「私は魔法の世界で見下された存在だったの。魔法の力を持たずに生まれてきたんだ」

「……え?」

「時々生まれてくるみたい、力を持たない異端の子が。白い目で見られてた私に、ミント様は居場所を作ってくれたのよ。ミント様を慕う仲間達の中に入れてくれた。その中には私と同じ異端の子がいて、しばらくは悩んでたの。私みたいなのがここにいてもいいのかなって。今にして思うと、ミント様が魔法から離れようと決めたのは、私達……力を持たない存在もののためだった気がする。ミント様はね、来夢を始める前にこう言ってたの。『人間界での僕はただの人間です。ココ、学べるだけのことを学びながらこの世界を楽しみましょう。僕を嫌う者達にも、幸せな繋がりが流れていくように願いながら。僕のひとつだけの願いが叶い、モカの幸せに繋がるように。僕は魔法を使わずに願い続けていく』って」


 考えもしなかった。ココが魔法を使えないなんて。

 魔法の世界に住んでるみんなが魔法を使えると思ってた。ミントが魔法から離れたのはココ達のため……そうだ、僕が小学生の時の誕生日のケーキ。

 魔法で作ってくれたけど、あの時ミントはどんな気持ちだったんだろう。ミントが魔法を遠ざけたのは仲間達と願いのためだったのに。


 ティーカップが僕の手から離れ落ちた。

 割れた音がやけ響く。


「大地君、大丈夫? ハーブティー熱すぎたかな」

「違う。……ミント」

「何? ミント様がどうしたの?」


 胸が苦しい。

 あの時ココも笑ってくれた。だけどミントが……魔法を使ったことどう思ってたんだろう。ミントが何を願ってるのかわからない。どれだけ大切な願いなのかも。

 ケーキなんて、何処にでも売ってるのに。

 なんで……ミントは僕のために。


「大地君? ねぇ、大地君」


 謝らなきゃ、ミントに。

 ココにも……ココだってきっと、悲しい思いを。


「大地君ってば」

「ごめん、ココ」

「何? ティーカップは気にしなくていいのよ」

「違うよ」

「え?」

「ケーキ。……僕のために、ミントが魔法で」

「誕生日の時の? それがどうしたの?」


 ココは笑ってくれる。

 だけど……謝らなきゃ。



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